魔女の罪
「......っ」
キマイラがこちらを向く。
魔犬は現行生物に似ていたが、こいつは既存の生物のどれとも異なるフォルムだ。
それだけに衝撃もデカい。
しかし、驚き、立ち止まっていれば、すぐにやられる。
つまり死ぬ。
「美樹、そこに倒れている人を連れてこっから離れろ!」
理科室の血まみれで倒れている男を指さし、叫んだ。
あの様子だともしかしたら死んでいるかもしれないが、放置するわけにはいかない。
それに美樹もこの未知の相手に対して戦力になるとは思えない。
「え......でも......」
「いいから!」
「......分かりました」
美樹は指示に従い、血まみれの男を引きずりながらこの場から離れた。
素直ないい子だ。
後で褒めておこう。
......生きていたら。
「さあ来いよ、化け物。こっちも全力でいってやるから」
俺の呼び声に反応するかのように奴の頭は咆哮し、尻尾の蛇もチロチロと舌をのぞかせた。
やはり異形だ。危険だ。
早々に俺は魔法をかける。
同時に頭を締め付けるほどの痛みが襲ってきた。
右目の痛みが遂に頭全体まで影響を与え始めたらしい。
昨日の痛みよりも一回り上の痛さだった。
しかしなんとか集中を保ち、魔法を維持する。
魔法が無ければ、ただの人間だ。
魔獣には勝てない。
一たび魔法を解けば、昨日のようになる。
しかも今日は雄二も居ない。俺一人だけだ。
キマイラは俺との距離をジリジリと詰める。
俺も距離を詰められないよう、理科室内を円を描くように逃げる。
緊迫。
さて、相手はどうでる?
突然、奴は口を開いた。
「?!」
炎を吐いてきたのだ。
直撃したら燃える。
なんとか横に飛び、炎を避けれた。
しかし、視界から敵を外してしまった。
致命的なミスだ。
突然正面から強い衝撃を受けた。
キマイラが突っ込んできたのだ。
衝撃に耐えられず、俺は後ろの壁に叩きつけられた。
「うぅ......」
うめき声もまともに出せない。
まともに動くことすらできない。
止まったら終わりなのに。
俺は顔を上げた。
キマイラが俺を見下していた。
「はは......ははは......」
どうやら気の利いた遺言すら残せないらしい。
キマイラは俺をじっと見つめている。
噛み殺すか、焼き殺すか迷っているのだろうか。
奴は俺から少し離れた位置で口を開いた。
どうやら焼き殺す方に決めたらしい。
キマイラは炎を吐く。
俺にその炎が真っすぐ向かってきた。
だめだ......。
俺は覚悟を決め、目をつぶった。
しかし、少し待ってもその時は来ない。
まさか気づかない内にサックリ死んだのだろうか。
もう既に死後の世界なのだろうか。
恐る恐る目を開けると、先程までと変わらず、俺は理科室にいた。
キマイラもいる。
しかし、俺とキマイラの間には氷の壁が出来ていた。
「え......」
俺の隣には麻子部長が顔に大粒の汗を浮かべながら立っていた。
「部長......」
「沙耶、今よ。奴の頭を燃やしてしまいなさい。」
突然キマイラの頭が燃え始めた。
沙耶だ。
キマイラは怒り狂ったように頭を振りまわし、咆哮を上げた。尻尾の蛇も叫びながら、俺目がけて向かってくる。
その尻尾の蛇の動きが突然止まった。
雄二が掴んだのだ。
「はぁぁぁぁ!」
雄二が尻尾の蛇を両手で掴み、引き裂こうと力を込めた。
燃えている獅子の顔が雄二の方を向く。
ヤバい。
痛みを堪え、なんとか魔法を発動する。
痛みが更に一段階増す。
頭が割れそうだ。
「雄二!」
雄二が蛇を引きちぎったところで、獅子が口を開く。
あの至近距離で炎を受けたら......。
「こんのぉ!」
そのとき動いたのはなんと部長だった。
俺の手元に落ちていたナイフを拾い上げ、キマイラの頭目がけて全力で刺した。
獅子の頭の位置がずれ、天井目がけて炎が吐かれた。
天井の照明が割れて、ガラスが理科室に降り注いだ。
「雄二君!トドメを!」
沙耶の言葉と同時に、キマイラの胴体も燃え始めた。
キマイラの動きは魔法の効果を差し引いてみても、十分に鈍っていた。
これなら......。
「風よ、我が右手に宿りて敵を引き裂け。疾風拳」
雄二の人間離れした速さで繰り出された右腕がキマイラの顔にめり込む。
キマイラは後ろに吹き飛び、そのまま動かなかった。
俺達の勝ちだ。
そして、何とか生き延びた。
「みんな......ありがと......」
「センパイ! 良かった無事で。警察も来ましたから、ゆっくり休んでください」
視界の端に、美樹の姿が映った。
そうか、休んでいいのか。
なら遠慮なく......。
俺の意識はここで途絶えた。
目が覚めると、何か諍いが起きていた。
「こいつら普通じゃない! そこの女は火を出してたぞ!」
「見間違えじゃないの。それに私達、この人たちに助けられたんだよ? それを悪く言うなんて......」
「でも俺は確かに見たんだ! それにそっちの女は手から氷を出していたんだぞ。こいつら絶対おかしいって」
「そういえば俺も見たかも」
「私も」
「......こいつら、魔女なんじゃ」
「まさか、漫画じゃあるまいし」
「でも、魔獣も現実にいるし......」
「もしかしてこいつら、あっち側の人間なんじゃ......」
「おいおい、こいつ、俺のクラスメイトだぜ。それが......」
「じゃあ他に何だっていうのよ! この人たちは確かに同じ学校の生徒かもしれないけど、異常よ! もしかして私達の学校が襲われたのもこいつらのせいなんじゃ」
「確かに」
「ありえるな」
良くない流れだ。
俺は何とか立ち上がり、周囲を見る。
他の生徒は俺達から距離を取っていた。
俺達を見る目は様々だ。
感謝する者、尊敬する者、そういう人間も確かにいた。
先程のカップルは少し戸惑いながらも、好意的な視線を向けてくれている。
だが、ほとんどはそうではない。
怯え。憎しみ。怒り。非難。敵意。
あらゆる負の感情を凝縮したような目ばかりが向けられていた。
皆の方を向く。
美樹は今にも泣きだしそうに顔を伏せていた。
沙耶はそんな美樹をかばうように前に立ちながらも、それらの視線に怯えていた。
部長は怒りに震えていた。今にも爆発しそうだ。
雄二も珍しくキレていた。普段は悪意とかには気づかない鈍感なヤツなのに。さすがにこれは気づいているか。
場は緊迫している。
多分次に何か非難の声が挙がれば、まずは部長が爆発するだろう。
そしてその権利は彼女にはある。
何故命をかけて戦ったというのに批難されなければならないのか。
ふざけている。
俺もキレそうだ。
しかしこの場で怒り狂うのは逆効果だ。
なんとか場を治めねば。
「うーん君たち、人が寝ている間に随分と面白い話をしているじゃないか」
俺は生徒の方に向かい話しかける。
視線が俺に集中した。
正直、キツイ。
怒りや敵意もかなりつらいが、それ以上に怯えられているのはこたえる。
「俺達が魔法を使えるってか......。いいなそれ、夢があるなぁ」
「なにとぼけてんだよ!」
男子生徒の声があがる。
「そこの女、火を出してたんだぞ! この目で見たんだ」
「へぇ、火を。どんな感じに?」
「その女が犬に向かって手をかかげたら、突然犬が燃え始めたんだ。そっちの男もそれを見計らったように犬に殴りかかりにいったし、あれはあの女がやったとしか考えられない」
なるほど。厄介な現場を見られたようだ。
さて、どう言い逃れようか......。
「それは......粉塵爆発だ」
「......は?」
男は呆気にとられたような表情をした。
「窓が何個か割れていたし、今日は風が強かったしな。学校内にチョークの粉が蔓延してたんだよ。お前、沙耶の手元見たか?」
「いや......見てないけど......」
「なら気づかなくても仕方ないか。実はあいつ、ライターを持ってたんだよ。サバイバル部で使うから、あいつ持ち歩いてるんだ。チョークの粉が待っている中で、風向きを見計らってタイミングよく着火することで、あの犬に発火させた。それが魔法のトリックだ」
男は何か言おうと口を開けたが、何も言わずに考え込んだ。
ちょっと考えればすぐにでまかせだと分かるような言いわけだ。
だが、同様に魔法というものも中々おかしな主張だと思うはず。
魔法などと言う突拍子の無いものよりは、既存の科学体型に則った説明の方が、まだ信ぴょう性が高い。
水素水やマイナスイオンのように。
科学チックなものに、人は弱い。
「でも、理科室に氷の壁が出来てたわ! あれは何なのよ」
「後、俺の傷口も君たちにあった後一瞬で塞がったんだけど、あれは一体......」
質問がいっぺんに二つ来た。
しかも一つはあのカップルからだ。
黙っとけ、とも思うがまあ仕方ない。
なにか説明を考えよう。
「あぁ......。悪いけどあんたの傷が治ったのは、オカルト現象でも何でもない。元から大した傷じゃなかっただけだよ」
「え?」
「多分あんたの足、犬に噛みつかれたって言ってたけど、実際は犬の牙が太ももにちょっと刺さった位だったんじゃないかな。その程度の傷口だった」
「いや......めちゃくちゃ痛かったんだけど。死にそうなくらい」
「それ、多分食われそうになった恐怖で、脳が痛みを誤認したんじゃないかな? 目を隠して物を食べると、好きな食べ物でもあまりおいしく感じないだろ? 視覚からの情報ってそのくらい脳に影響を与えるんだ」
「だから多分、あんたは自分が食われかける光景を見たことで、脳が必要以上に痛みが大きいと誤認したんだろう。」
「あと確か理科室の氷の壁、だっけ? それは多分理科室の薬品とあの魔獣が出した炎が化学反応でも起こしたんじゃないかな?」
「そんな適当な......」
「魔法の方が適当な理由じゃない?」
女子の方も黙り込んだ。
「あとは部長の手から氷が、だっけ? 多分それ会長特注のナイフだよ。この人の家めっちゃ金持ちだから、このご時世、護身のためとかいってダイアモンド製のナイフ買い与えられてんだよ。全く、庶民な俺は羨ましいぜ。金持ちずりーよな。まあそんな愚痴は良いとして、それと見間違えたんじゃないか」
まあこんなところか。
皆の方を見る。
美樹はこのあまりに適当なウソに堪えられず、口元が笑っていた。
沙耶は完全に呆気にとられていた。
部長は馬鹿を見るような目をしていたが、怒りは静まったようだ。
雄二は感心している。まさかこいつ俺の説明を信じちゃったとか......?
「まあそんなわけだけど、魔獣相手にして疲れたから、俺達は先に帰るよ。 ほら、行こうぜ皆」
皆を連れ、俺は学校から立ち去った。
「待てよ、まだ疑惑は......」
背中に誰かの声が浴びせられた。
俺は振り返り、そいつに向かって言った。
「魔法ってのも夢があっていいけど、現実みようぜ。俺達はそんなものに頼らずに魔獣をどうにかしないといけないんだから」
「ありがとう、巽」
帰り道、美樹と沙耶を家まで送り、二人になったところで声を掛けられた。
「あのままだったら私、多分我慢できなかったと思う。感謝するわ」
「なら貸しってことにしてください。いつか返してもらいますから」
「でも、これからどうする? あの場はあれで収まったけど、多分明日にはまた私たちは疑われるわよ。魔女じゃないかって」
それは俺にも予想できた。
あんな説明、持って一晩だ。
色々矛盾が多すぎる。
明日には俺達は異常な者だと排斥されるだろう。
だからこそ......。
「あの、部長。一つ頼みがあるんですけど......」
俺は部長にこれからについての考え話をし、その場で携帯で他の三人とも話した。
そして俺達はこの居住区を出ていくことを決めた――。




