集団戦のすゝめ
「おし沙耶、あそこの犬にファイヤーだ!」
「えぇ! 無理だよ出来ないよ」
「いけるいける! ほらボワッとやっちゃって」
「うーん......まぁやってみるけど......」
新生サバイバル部最初の相手は、やはり魔犬だった。
作戦の開始は三時間前に遡る。
「とりあえず親から使えそうな道具は貰えたわ」
「ありがとうございます、部長」
5人分の軍服とナイフ、非常食として缶詰、野宿用のテント、キャンプ道具一式が一日にして揃った。
一日で、だ。
いくら金持ちといっても軍服(アメリカ陸軍仕様)5人分とかどうやって集めてるんだ。
わけわからん。
でも今回は助かった。
「追加の装備も見つけ次第届けてくれるらしいけど、残念ながら銃は無理らしいわ」
銃社会アメリカなら簡単に手に入り使えるのだろうが、残念ここは日本。
緊急事態とはいえ一般市民に銃は持たせられないらしい。
平和ボケともいえるが、ある意味正解なのかもしれない。
現に、少なくともこの居住区内は治安が安定している。
緊急時にクーデターなど起きたらたまったもんではない。
それが起きないのは銃を市民が持てないから、というのも理由の一つだろう。
まあとりあえず、銃は使えないというわけだ。
「銃なしですか......。センパイ、これじゃ魔獣を倒せないんじゃ......」
美樹が不安そうな顔をしている。
「銃など不要......。この拳さえあればな......」
「雄二君はナイフ使わないの?」
「あぁ。武器などには頼らないさ」
雄二は相変わらず馬鹿なことを言ってるが、皆一つ大きなことを忘れているようだ。
「おいおい皆、忘れてるのかい?」
「俺達が......魔法を使えるってことを!」
映画ならここで皆から、oh!そうだったぜhahaha、となる流れだ。
しかし、現実は非常である。
女子三人からは痛い人を見る目を向けられる。
「分かってるな巽。銃などなくても剣と魔法で魔獣は倒せる。世界の常識だ」
雄二だけが味方だ。
これってつまり、俺は雄二と知能が同レベルってことか?
いや、今はその考えはよそう。
「巽、魔法って言っても私のは大したものじゃないわよ。それに一回しか使ってないのだし、魔獣になんて......」
「そうだよ巽君。さすがに魔獣を倒せるような物じゃないよ」
麻子部長と沙耶から反対を受けた。
しかし彼女らは分かっていない。
こういうのは沢山使うと徐々に強くなっていくものなのだ。
最初はちょっとの火しか出せなくてもレベルアップすれば大火球を、そして最終的には地球に影響を与えるレベルの業火を出せるようになるはずなのだ。
「そこらへんは経験値つめばなんとかなるって。それに俺だってそんなにヤバい奴と戦おうってんじゃない。最初だし、俺か雄二一人でも倒せる位のやつにしか挑まないからさ」
そういうと二人は渋々と従った。
美樹はまだ少し困った顔をしている。
「美樹は傷治せるんだろ? だったら魔獣と戦おうって思わなくていいから。俺とか雄二がケガしたとき治してくれたらそれだけでホントに十分だからさ」
美樹は少し考えたようだが、
「それ位なら出来そうかな......。分かりました。私もセンパイ達のサポート頑張ります」
説得完了。
こうして遂に、俺達の新しい活動が始まった。
そして今に至る。
居住区内の魔獣を探しまわって約三時間。
一匹の魔獣、魔犬を発見した。
三時間歩き回ったこともあり、皆少し疲れも見える。
しかし、たった三時間で魔獣が見つかるとは。
幸い今はこの魔獣の周りに俺達以外の人間がいないからいい。
だが、もしこれがもっと別のところに現れて居たら。
そう考えると中々恐ろしい状況だ。
不純な動機で始めたこの活動だが、本当に必要なものだったのかもしれない。
そんなことを考えていると、横で沙耶が真剣な顔で何か呟いている。
「燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ......」
傍から見たら完全に危ない人だ。
美樹と麻子部長も少しビビっている。
しかし当の本人は真面目にやってるんだからどうしようもない。
そしてその頑張りは報われた。
沙耶が詠唱(こう表すとカッコいいな)を始めて少しすると、魔犬のしっぽから火が出た。
「やったよ巽君! 出来た!」
「落ち着いて、こっちに気づかれるわ」
沙耶は魔法の成功に興奮したが、それが仇となった。
麻子部長の注意も虚しく、魔犬はこちらに気づいた。
魔犬の双眼が俺達を射抜く。
怒りと殺気。
強烈な二つの感情が俺達に浴びせられた。
沙耶と美樹は注がれるその感情に圧倒され、身動き一つとれずにいた。
麻子部長は一見平然としているが膝が笑っていた。
魔犬はしっぽを地面にこすりつけ、火を消した。
これで振り出しに戻ったか。
魔犬は一歩一歩距離を詰めてくる。
今まともに動けるのは俺と雄二くらいか。
ちらっと横に立つ雄二を見た。
空手の構えをとっていた。
口元には笑みが浮かんでいる。
ようやく俺の力を皆にみせられぜ!よっしゃあぁぁって表情をしてる。
こんな状況を楽しめるとは、馬鹿とは思うが心強い。
「雄二、俺がこれから魔法を使うから、そしたら突っ込むぞ」
「了解だ」
ホントに分かってるかな。
まあ信じよう。
俺は前方の犬を睨んだ。
右目に力が集まってくる。
よし、まだ十分距離はある。
右目に十分な力が溜まった。
間に合った。
発動。
魔犬の動きが途端に遅くなる。
その異変に雄二が気づいた。
「これがお前の魔法か......。やるじゃないか」
「評価は後にしてくれ。行くぞ」
俺と雄二は同時に魔犬のもとに走り出した。
魔犬も自身の体の異変に気づいたのか、俺達から距離をとろうとする。
こうなるとやっかいだ。
犬の動きは遅くなっているとはいえ、元々人間と犬では圧倒的に犬のほうが速い。
俺達の武器は拳とナイフ。
接近しないと当てられない。
「くそ、この犬なに逃げてるんだ。正々堂々勝負しないか」
雄二は遂に犬に話しかけ始めた。
しかし当然そんな誘いに乗ってくれない。
犬との距離を詰めあぐねていると、俺の右目が痛み始めた。
限界か。
まずい状況で限界がきたものだ。
「悪い雄二。魔法の効果、もうちょいできれるわ」
魔犬の動きは徐々にもとの速度に戻っていく。
魔犬もそれを自覚しているのか、先程までの防御から一転、攻撃に転じ始めた。
......女子三人組に向かって。
「まずい雄二! あいつ、沙耶たちの方に」
いつの間にか、俺達二人と残り三人は魔犬を挟み打ちにするかのような位置関係になっていた。
そんな状況で魔犬が三人に襲いかかったら、俺達は間に合わない。
「沙耶! 美樹! 部長! 逃げろぉ!」
しかし三人は呆然と魔犬を見るだけだ。
命の危機を前にして動ける人間は少ない。
俺と雄二も助けられない。
この状況は......。
死ぬのか......? あの三人が?
途端に右目に激痛が始める。
「ぐぐぐ......」
こんな状況なのに、動けない。
その場にうずくまってしまう。
残った左目でなんとか状況だけ確認する。
魔犬は手始めに沙耶に狙いを定めたようだ。
......嘘だろ。
魔犬が沙耶に飛びかかった。
終わりだ。
見たくないのに、左目を閉じることすら出来ない。
俺の見る前で沙耶が命を落とす。
そうなるはずであった。
しかし、現実は違った。
魔犬が沙耶にかみつく直前、横に吹き飛んだ。
「これが疾風拳......。どうだ巽」
沙耶の近くには最高にドヤ顔をしている雄二が立っていた。
「ナイスだ雄二。最高にカッコいいぜ!」
右目の痛みも引いてきた。
俺は立ち上がり、皆に呼びかけた。
「沙耶、美樹、部長。休憩の時間は終わりだ。戦闘開始!」
俺の言葉で三人はようやく正気に戻った。
「ありがとう......、雄二君。助けてもらって」
「なに、気にするな。」
雄二には後から俺もお礼言わないとな。
それより今は目の前の魔犬だ。
「雄二はそのまま三人の護衛! 沙耶はさっきの感じでもう一回魔法を使え 他の二人はなんかいい感じに!」
俺も4人と合流する。
第一優先は女子三人の護衛。
魔法をもう一度使うのはちょっときつそうだ。
どうやって倒そうか。
悩んでいる間に体勢を立て直した魔犬がこちらに走ってくる。
飛びかかられるとマズイ。
俺は魔犬との距離を詰める。
「とっととやられろよ!」
飛び上がる直前の魔犬を全身を使って抑え込む。
何とかナイフで刺せないかと試みるが、力が均衡した今はそれが難しい。
「巽君、そいつから離れて!」
声にはじかれるように俺は横に飛びのく。
その時、魔犬の頭部が燃え始めた。
沙耶の魔法だ。
「巽君、雄二君、今がチャンスだよ!」
「チャンスって言われても......」
魔犬は激しく燃え始めた。
こんなところにナイフを刺しにいくのはキツイ。
熱そう。それにほっといても死ぬんじゃないかと思える。
しかしその見通しは少し甘かった。
魔犬は最後のあがきをしようとこちらによたよたと向かってくる。
どうしよう。
「巽! ちょっと右手とナイフ出して!」
いつの間にか横にいた麻子部長が俺のナイフを握った右手を両手で包んでいた。
「あんたなにを......」
ついあんた呼ばわりしてしまった。
ばれないと良いが......。
そんなことを考えていたら、急速に右手が冷えてきた。
「冷たい! どういう......」
「それならあの火の中にも手を突っ込めるでしょ」
なるほど。これが部長の魔法か。
確かにこれならあの火の中でも大丈夫かもしれない。
というかもうやるしかないだろ。そういう流れだ。
魔犬は火に包まれながらもジリジリと俺達に近づいてきていた。
止めを刺さねば。
覚悟を決めた。
「終わりだあぁ!」
俺はナイフを魔犬の燃えている喉目がけて突き出した。
手には鈍い感触が伝わってきた。
部長の魔法のおかげか、あまり熱くは無い。
しかしあまり心地よい感触では無かった。
ナイフ越しに、魔犬の痙攣と死が感じられた。
俺はナイフを引き抜いた。
魔犬は息絶え、その死体はやがて灰になっていった。
こうして、新生サバイバル部魔獣討伐は、何とか成功に終わった。




