部外活動
警察本部、玄関前。
そこには変わらずに気絶した警察官と魔犬の死骸があった。
「......どうやら、まだ、気づかれて、いないようね」
美樹を背負った部長がクール風に言う。
しかし、息も絶え絶えで膝もガクガク。
見てられない。
しかし、そこは紳士の雄二。
部長に背負われている美樹をひょいっと取り上げて背負いあげた。
「ちょっと雄二......」
「部長、もう限界そうじゃないか。後輩に良いところを見せたいならもっと鍛えることだ」
「......。」
「部長先輩、ドンマイです」
「......分かったわよ。ただし、変な気は起こさないように」
「安心しろ。俺はそういうものとは無縁だ」
やだなにこの子、カッコいい。
普通の男なら絶対そんなことはないといいきれるが、この男はホントにそういう欲を捨ててそうだから怖い。
さて、ここらへんで切り出すか。
「悪いんだけど、皆は先に軍のとこ行ってきて」
「え、どうしたの巽君」
「......ちょっとトイレ。長くなるから」
そう言って急ぎぎみにこの場を離れた。
そして皆が見えなくなったところで、地図をみながら更衣室へと向かった。
警察本部、5F。
本部長は机の隠し引き出しから鍵の束を取り出していた。
「これさえあれば、私はまだ終わらん......」
どうやら縛り方が甘かったらしい。
本部長を拘束していた縄は床に散らばっている。
鍵束を前に本部長が向かった先は、壁に掛かっている大きな絵画の前。
その絵画をおもむろに取り外すと、その陰から扉が顔を見せた。
見取り図に書かれていた、本部長室と繋がっている空き部屋の一つがそこということだろう。
本部長がカギをあけ、扉を開く。
その先では、檻にはいった魔犬達が唸り声をあげていた。
「こいつらを使えば、あのガキどもも始末できる。私に逆らったらどうなるか、見せてやるぞ」
どうやら温存していた隠し戦力ということらしい。
本部長は鍵を差し込んだ
......このあたりでいいだろう。
パン。
軽めな発砲音にはそぐわない重い衝撃で、狙いがそれてしまった。
しかし、本部長を驚かせるには十分だったようだ。
「誰だ! また裏切者か......、いや、さっきのガキだな」
「ありゃ、あっさりばれたか。せっかく警官の制服借りたのに。あと拳銃が更衣室におきっぱなしってどうなってんだよ。管理体制が雑過ぎない? まあいいけどな」
俺は拳銃を向けたまま、ゆっくりと本部長へと近づく。
後ろでは檻に入れられたままの魔犬達が吠えている。なかなかうるさい。
「何しに戻ってきた。それにお前ひとりか、仲間はどうした」
「まあ落ち着けよ。とりあえず武器になりそうなものとかは全部捨ててもらうよ」
身ぐるみを一通りははいで縛っていたのだが、取り上げた持ち物はそのまま部屋に置きっぱなしにしていたため、今の本部長は一警官並みの戦闘力を持っている(はず)。
まずは武器をおき、手をあげていてもらう。 これが交渉の基本。
本部長はゆっくりと警棒を床に置き、拳銃にも手をかけた。
その時、一瞬こちらに殺意のこもった目を向けた。
「くそ、ガキが......」
「遅い」
本部長は拳銃を抜き、こちらに発砲しようとしてきた、が、遅い。
俺の魔法により動きが遅くなっているうえ、こちらは警戒して拳銃を構えているわけだ。
それに対して早打ち勝負などと。笑わせる。
パン。
今度の射撃は本部長の右手に華麗にヒット。
本部長は拳銃を落として絶叫しながら転げまわった。
その本部長のもとに近づき、俺は床に落ちた拳銃を回収。
そして本部長の服を掴んで無理やり立ち上がらせた。
「一つ気になることがあるんだけど、あんたの警察手帳を貸してくれない?」
「これだ。これをやるから命だけは......。」
本部長は左手で警察手帳を取り出し、俺に差し出した。
俺は本部長を解放した。
ドサッという音と共に本部長が床に倒れる。
どうやら左手一本の受け身にはまだ慣れていないらしい。仕方ないことだけど。
俺は警察手帳のエンブレムを見る。
それは飯塚から見せてもらったものと同じ五芒星がモチーフではあったが、全体的に豪華なデザインとなっていた。
「なるほど。ヒラの警官たちに配っていたのとは少し違うわけか。なんでなんだ、本部長さん?」
「......」
「黙秘か。まあいいか。大方効力がアップってとこだろ。例えばこの部屋に飼っている魔獣たちにも効果あるとかさ」
本部長の表情からすると図星のようだ。
つまりこの魔犬達は本部長専用の魔獣。警官が裏切った時にも対処できる秘密部隊といってところだろうか。
恐らくあのマンモスもだろう。だから警察手帳とあのエンブレムを持っていたはずの飯塚もマンモスに殺されたというわけだ。
想像の上をいく真っ黒さ。
まあどうでもいいけど。
「あともう一つ、あんたにこのエンブレムを渡した奴の特徴は?」
「特徴......」
本部長は必死に記憶を辿っているようだ。
「確か......背は普通、体型も普通な男だったような......」
「いや、もっと細かい特徴言えよ」
「それ以上は思い出せん。二か月以上も前の人間のことなど覚えているもんか」
「いや、不思議グッズ持ってきた奴だぞ。もう少しなんかあるだろ」
「......いや、思い出せない。記憶に靄がかかっているような......」
使えないことにこれ以上の情報は得られないようだ。
本当に使えない。
ただ、異世界にいる知的生命、おそらく異世界の王と名乗る物も同じ種族だろうが、そいつは人型であり、男性の姿をしている。
これは少しは有益な情報かもしれない。
「なるほど。もう用件はすんだから、後は罰を受けて、地獄でゆっくり罪を償うんだな」
拳銃を構えた。
至近距離。素人でも余裕で当てられる。
「まて。物騒な物を持って、何をする気だ」
「分かんないのかよ」
座り込む本部長の右腿目がけて一発。
命中。
本部長は右腿を押さえ、うずくまりながら絶叫した。
「こういうことに決まってるだろ。察しが悪い」
「......何が目的だ。カネか、地位か」
息も絶え絶えにこちらをにらみながら俺に問いかけてきた。
「カネは貰ってもいいけど、あんたに殺されたいろんな人に呪われそうだし止めとこうかな。地位は興味なし」
「ならなぜ......」
「さっきも言ったろ、罰を与えるって」
本部長もさすがに察したのか、顔が青ざめた。
「止めろ。お前の親が悲しむぞ」
必死に考えた末の懇願の言葉。
だが俺には全く効果が無い言葉だ。
「悪い、俺、親居ないんだ」
「なら、だったらお前の仲間だ。友達が人殺しなんて知ったら......」
「大変だろうな。だからここに一人で来たんだよ」
そう、これは皆には見せられない姿だ。
明るく楽しく健全な部活を目指す新生サバイバル部では扱えない案件。
だからこそ一人で来た。
「皆とはもっと綺麗な、勧善懲悪物のヒーローたちのような活動をしたいから、こういう裏方の仕事はばれないようにしないといけないんだよ。めんどいけどな」
「クソが、なにがヒーローだ!」
本部長は顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。
「罪を与える? 貴様にそんな権利があってたまるか、社会も知らないガキが! 社会すら知らない癖に口だけはよく回るようだがな、そんなガキがその重大さも分からぬまま人を殺して、全うに生きていけると思うか! 身の程しらずが生意気なことをするんじゃない!」
まあ割と正論。
こいつの言葉じゃなければ一考の余地はあったかもしれないな。
だが、今目の前にいる男はこれまで見てきた中でもっとも説教の説得力の低い男だ。
「全うに生きていけない、ね。もう社会が全うじゃないんだ、そりゃ全うになんていきていけないだろうさ」
「まあ確かにお前が人類を裏切った罪や、ここに住んでた多くの人間を不当に拘束し、殺してきた罪なんてものを裁くのはちょっと荷が重いな。それにそんなことは正直言っ
て俺にはどうでもいいことだし」
本部長の顔に僅かに希望が宿る。
「だからそれらは不問にしとくよ。だからこれはお前の最大の罪、俺の聖域に手を出したことへの個人的な復讐だ」
「な......」
発砲。
残っていた弾を全て打ち切った。
血の海に沈んだ本部長はもう一言も発しなかった。
始めての人殺しの感想は、なんともあっけなく人は死ぬんだなと、それだけであった。
「さて......」
復讐はまだ終わっていない。
俺は刺さったままの檻のカギをあけ、魔犬達を解放した。
「食えよ、餌の時間だ」
魔犬は本部長の手帳を持っている俺のもとには襲ってこない。
代わりに本部長の死骸を我先にと食べ始めた。
俺はそれを尻目に、血の染みついた借り物の制服と拳銃を放り投げ、部屋を後にした。
「遅かったじゃないか、巽」
警察本部の敷地を抜けた先、何故か一人、雄二が立っていた。
「え......。何してんの、お前」
動揺。
予想外の事態だ。
「何してるんだって、お前一人じゃちゃんと場所分かっているのか不安だから待っててやったんだ」
「いや、そんな馬鹿じゃないから、お前じゃないんだからさ」
動揺を表に出さないよう、いつも通り振る舞う。
大丈夫だ、普通にしていたらばれないはず。
皆のところに合流しようと歩き出したところで、雄二が俺の右腕を注視していることに気づいた。
「......どうした」
「いや、右腕の袖のところ、真っ赤になってるぞ」
「......!」
返り血対策に着ていた制服だったが、まさか下に来ていた服にまで血がついていたとは。
油断していた。
「右腕、ケガしたのか?」
「あ、あぁ。さっきの戦闘でちょっとな。でももう痛みもないし、問題ない」
「......分かった。だったらその袖、しっかり隠しておけ。女子共に無駄な心配かけることになる」
「そうだな」
嘘がばれそうで雄二の方を見ることが出来なかったから、その表情は読み取れなかった。
だが多分ばれなかったはずだ。
ここからまた俺は、明るく楽しく健全なサバイバル部の一員、神河巽に戻る。
聖域にそぐわない面は全て隠す。
だが、お前は全うに生きられないという本部長の言葉は心の奥底にモヤモヤと残り続けた。
人を一人殺した罪と、これから起こる事件を引き起こした罪、この二つの罪に対する罰を受ける日が、何時の日かくるのだろうか。
次でラスト。




