崩壊したバランス
警察本部、F1。
五階もある警察本部の一階とだけ聞くとまだ序盤と思われるかもしれないが、我々現代人にはエレベーターという非常に文化的な機械がある。
すなわち一階のエレベーターまでたどり着けばあとはダンジョン最深部の五階まで一気にいける。
そして正面玄関からエレベーターは目と鼻の先、なんとも親切仕様な設計になっているのである。
昔からのゲーマーな方々はこのゆとり仕様に大変お怒りになるかもしれない。
だが待ってほしい。
このゲーム、一度死んだ仲間はどんな魔法や道具を使っても復活せず、セーブポイントも無い。
さらに主人公が死ねば一発ゲームオーバー、ディスクも粉砕され二度とプレイできないという鬼畜仕様なのである。
プレイミスが出来ないのだ。
だから雑魚戦もめちゃくちゃ緊張する。
だから今もドキドキだ。
「魔犬が三体......、ちょっといつもより数が多いね」
沙耶が溜息とともに魔法を使うべく集中モードとなる。
「巽、どっちが多く倒すか、勝負だ」
言うや否や雄二が先頭にいる魔犬へ殴りかかった。
「皆さん立派に戦闘慣れしたようで......」
どうやらドキドキしているのは俺だけらしい。
皆、この死と隣り合わせの部活動にも十分慣れたようだ。
人間の適応能力って恐ろしい。
「さて、俺も行くか」
早くも魔犬は一頭、火をあげている。
そして雄二が一頭と熱いタイマンを繰り広げているため、無傷なのは残り一頭、雄二を襲おうとタイミングを見計らっているそいつに魔法をかけ、俺は戦場へと躍り出た。
「新しい部活体制にも慣れてきたもんだねぇ」
エレベーターの中で、俺はしみじみと呟いた。
戦闘結果。
魔犬三体撃破。死傷者0。
俺、雄二、沙耶でそれぞれ一体ずつを倒すという結果であった。
よって俺と雄二の勝負も引き分け。
まあ雄二は目の前の魔犬しか眼中になく、俺が狙った方は完全にノーマークだったようで、実質俺が命を救っているわけだから、俺が勝ちでいいと思うのだが。
「お前はもうちょい他の敵にも気を配れよ」
雄二には戦闘後、そう小言を言っておいたのだが、
「俺は前だけしか見ない。背中はお前らに任せているからな」
とのことである。
つまり好き勝手暴れるからサポートよろしく!ってことのようだ。
勝手な奴め。
ただ、こうして無事に戦闘を終えられたのはよいことだ。
これから先も沢山の戦いが控えていそうであるが、一つ一つ、着実にクリアしていく。
それがリセットできないこのゲームの正しき攻略法だ。
エレベーターの5の数字が点滅すると共に扉が開く。
正面にデカデカと本部長の部屋が現れた。
ボス部屋前といった雰囲気。
セーブポイントが無いのが残念だが、そうとなったらこのまま突入するしかない。
俺は深呼吸と共に覚悟を決め、扉に手をかけた。
扉を開けた先には、まず予想通り本部長がいた。
俺達が突然現れたことに驚いてはいるようだが、そこに焦りや怒りといった感情は見受けられない。
ただの驚き。それだけである。
この部屋の内装の豪華さ、例えば壁を金ぴかにしていたり、照明を立派なシャンデリアにしていたり、絵画を飾っていたりとそういったところにもとうぜん目はいくわけだが、そんなもの達よりも目をひくのが、部屋の真ん中に堂々と居座る、毛皮に覆われ、立派な牙を生やした巨大な象、いや、マンモスの姿である。
傍らにいる本部長の二倍ほどの背丈もあるそいつは、足元に転がっている棒状の人の背丈ほどもある氷を食べている最中であった。しかしその氷、どことなく見覚えがあるような気がする。
俺は氷の先端、楕円状になってる部分に焦点を合わせた。
すると、透明な氷の壁の先に、人の顔が見えた。
飯塚だ。
裏切りが発覚して、魔獣のエサにされたと見るのが妥当だろう。カネと権力の欲望にとりつかれた裏切り者の哀れな末路であった。
しかし、それより問題なのはこの魔獣だ。
過去最大級のサイズのうえに、人を凍らせることが出来るわけだ。
危険。しかし、退くわけには行かない。
「おやおや、こんな時間に何か用かね?」
本部長の言葉を無視して、俺はマンモスに視点を合わせる。
魔法発動。マンモスの時を遅らせる。
他のメンバーもマンモスへの攻撃を開始した。雄二がマンモス目がけて一直線に駆け出し、拳を突きだす。
「疾風拳!」
今の雄二の拳なら魔犬程度は直撃すれば一撃でノックダウン出来るほどの威力をもつ。
しかし、マンモスは怯みもせず、雄二の方を向くと、その長い鼻を雄二目がけて突きだした。
「雄二先輩!」
鼻をもろに喰らった雄二は突飛ばされて壁に激突。
美樹がすぐさま治療にむかう。
「......これで!」
沙耶がマンモスに向かって手を掲げる。
同時に、マンモスの頭部が燃えはじめた。
「何だこれは!」
本部長は突然の発火という怪奇現象に動揺していたが、肝心のマンモスは火元に向けて鼻を伸ばすと、一息でそれを消して見せた。
「え......そんな......」
通じない。俺達の攻撃が、どれも。
マンモスはゆっくりと俺達五人の元へと歩み寄ってくる。
俺の魔法は効いている。しかし、圧倒的強者の動きが、例え少々スローになったところで逆転に繋がりはしないのだ。
「これなら!」
先ほどから壁に手をついていた部長が叫ぶ。同時に、天井からマンモス目がけてシャンデリアが落下した。
壁伝いに天井にあるシャンデリアの支柱部分まで凍らせて、破壊したようだ。
この状況でその機転は神がかっている。
俺達ができる、最大威力の攻撃だ。
しかし、マンモスにはそれすらも通じない。
シャンデリアの直撃には、さすがにダメージを負ったようだが、それは致命傷にまでは至らない。
鼻でシャンデリアを放り投げると、再び俺達の元へとゆっくり近寄ってくる。
「あ......あぁ......」
その場で部長がへたりこんでしまった。
無理もない。
これまでにないほど魔法を使ったことによる疲労とそれが全て無駄に終わったダメージは、部長を絶望に叩き落とすには十分であった。
マンモスは十分な近さまで近寄ると、ゆっくりと鼻を伸ばし、それを鞭のようにしならせて、俺達全員をなぎはらった。
たった、一撃。それだけで俺達を一掃した。
無理ゲー。負けイベント。
かろうじて残る思考に浮かんだのは無数のそんな言葉達だった。
だってそうだろう?
スライムとか下級ゾンビばかりのステージのボスがエンペラードラゴン。
そんなレベルの理不尽さだ。
しかし、現実ははそのレベルで理不尽であった。




