初めての実戦
異世界がこの日本とつながってから、人が住む場所は制限されることになった。
自衛隊を始め、世界各国の軍が集まっているとはいえ、人が散り散りに住んでいては、どうしても市民を守ることは難しくなる。
そこで政府は日本人の居住区域を定め、その外側に軍を配置し、魔獣が居住区内に侵入してこないようにした。
こうして日本には各地に居住区が点在することになった。
この政策により失ったものも多いが、魔獣被害を減らすことには成功した。
現在のところ魔獣は空も飛ばないし海も泳がない。全部陸上生物だ。
そのため地上さえ封鎖してしまえば何とかなるというわけだ。
そんなこともあり、基本的に居住区内に魔獣が現れることは無い。
しかし、例外もある。
それがいまである。
さて、現実に目を戻そう。
目の前に居るのは一匹の犬。
現代の日本においては犬の放し飼いなんてもってのほかであるため、これだけでも中々珍しいのだが、問題はそれだけではない。
この犬、明らかにこちらを殺す気満々なのだ。
俺は特段殺気に敏感な方ではないのだが、それでも分かる、猛烈な殺気だ。
更に、このタイプの犬が人を襲い、殺している画像がネットに大量に溢れている。
動物愛護団体には申し訳ないが、殺処分するほかないだろう。
「夜飯は残念だけど後回しだな」
俺は椅子から立ち上がり、ゆっくりと構えをとる。
こういう時、目を反らしたらヤバいと聞いたことがある。
魔犬の血走った目を見据えながら、ポケットからサバイバルナイフを取り出した。
「入ってて良かったな、サバイバル部」
このナイフ、本来は部活で使う物なのだが、最近はいざという時に備えて携帯していた。
銃刀法違反?このご時世、警察もそんな罪を取り締まっちゃいない。
さて、無事ナイフを構え、こちらの準備は整った。向こうも虎視眈々とこちらに飛びかかるタイミングを見計らっている。
「いやまてよ、今回の場合は犬視眈々というべきか......」
下らないことを言っていると、魔犬はここぞとばかりに飛びかかってきた。
「のわっ」
最近の犬はツッコミも覚えたようだ。
賢くなったものだ。
だが次はもうちょっと加減を覚えよう。
「いてて......。危ねぇなホント」
魔犬の突進をギリギリ回避出来たものの、爪が右肩にかすってしまったらしい。
ドクドクと血が流れているのを感じる。
早めに止血しておきたいところだ。
「さっさと終わらせてぇな。仕方ない、アレ使うか」
相手を睨む。右目に内なる力が集まる。
そして発動する。
”魔法”だ。
異世界が現実世界と繋がった日、その日から俺は”魔法”を使えるようになった。
原因は不明。
そのため使うのは本当は嫌なのだが、生きるためだ。仕方ない。
魔犬が喉元めがけて飛びかかってくる。
しかし、遅い。
犬の動作の一つ一つがスローモーションになる。
これが俺の魔法の効果。
見た相手が一定時間スローになるというもの。
正直使いどころに困るものだ。
日常生活で見た相手がスローになることに何の意味があるのか、いや、ない。
それに使った後は右目がしばらく痛くなり、体から力が抜けるため、始めて使ったときから今までずっと封印していたのだが、今回始めて役に立ったわけだ。
「ふっ......遅いな......」
よくいる強キャラ風なセリフを呟きつつ、突進の軌道上から避ける。
さっきまでたっていた場所に魔犬の頭が現れる。
そのタイミングで、俺はナイフを魔犬めがけて突き立てた。
ちょうどそれは犬の目に刺さった。
「うわぁ......グロいな......」
魔犬は急に、止まれない。
目にナイフが刺さりながらも動き続ければ、傷口は広がってしまう。
だが喉元目がけて飛びあがってしまった魔犬には自らの動きを止める術は無い。
結果として魔犬は目を起点に耳、首、胴体に至るまで、一の字状に引き裂かれた。
魔犬は地面に落ちると、そのまま二・三度痙攣して動かなくなった。
「まあ正当防衛だ。許せ」
俺は息絶えた魔犬の冥福を祈りつつ、警察に公園の死体処理を頼み、コンビニ袋を手に帰宅した。
俺の魔物との戦いの初戦は、こうして無事に終わった。




