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許されざる裏切り

 翌日、飯塚との待ち合わせの居酒屋に部長と共に向かう。

 今回は一人でも良かったのだが、向こうから同行を申し出てきた。

 一人にすると更に汚いことをしそうだから、というのがその理由らしい。

 さすがの観察眼、感服である。

 

 待ち合わせ場所の居酒屋『西洋民』に予定より十分早くたどり着いた。

 かつて沢山の人で賑わっていた店内は机も椅子もカウンターも埃をかぶっていた。

 

「これ、営業再開できるのかしらね」


 近くの蜘蛛を握りつぶしながら部長が呟く。

 蜘蛛を......握りつぶす......?

 

「部長、なにやってんすか。グロいっすよ」

「あぁ大丈夫、凍らせてるから」


 部長は拳からパラパラと氷を落とした。

 便利な能力なこって。


 適当な椅子を掃除して待っていると、時間通りに飯塚が訪れた。

 

「やあ君たち、なかなか有益な情報を持ってきてやったぞ。さて、約束の物をいただこうか」

「分かった」


 俺は飯塚に二十万を渡す。グッバイ諭吉。

 しかし飯塚は不満げだ。

 

「おいおい二十万ほど足りないのだが」

「それは情報を受け取った後だ」

「そういうことか。分かった。ただし、約束は守れよ?」


 そう念押しをすると、飯塚は情報を開示し始めた。


 まずは警備のシフトについて。

 これについては余りめぼしい情報は無かった。

 偵察に行った時と同じシフトが夜中も含めずっと続くらしい。

 だが、現在警備の人間の気は緩みまくりであるとのことだ。

 また、警備のマニュアルとして、なにか不審な動きを見つけた警官は、近くの警官に報告後、魔犬とともにその原因を調べる。決して複数人が同時に持ち場を離れないようになっているらしい。

 また、建物内には魔犬が各フロアごとに数体徘徊している。

 侵入すれば万事オッケーというわけにはいかないということだ。

 

「そんな詳しく教えてくれるって、どんだけ俺達に侵入して欲しいんだよ」


 あまりに俺達に協力的な飯塚のその調査に、思わず声がでた。

 すると、飯塚は急に真面目な顔になった。


「俺もさすがにこの現状は一警官として良くないと思っている。今の腐った本部長を倒してこの居住区の警察組織を生まれ変わらせないといけない。君たちはその助けになってくれそうだからね」


 

 あぁ、素敵な言葉だ。

 飯塚がこんな人間だったとは、評価を改める必要がありそうだ。


「綺麗な言葉を吐く飯塚、略して綺麗事の飯塚と呼ばせてもらうかな。まあともかく、俺達が今のこの居住区の警察組織を倒した暁には、飯塚さんのような人が上に立つのもいいかもな」


 上に立つ、という言葉に飯塚は目を光らせた。

 つまりこの男は今の本部長を失脚させて権力を握りたいから、こうして俺達が警察本部に潜入できるように取り計らっているのだ。

 なんという俗物。

 しかし残念ながら俺達の目的は今のこの居住区の警察をぶっ潰し、アリスの両親を助け出すことなので、こいつが出世するなどということはあり得ないのだ。

 可哀想な道化だ。

 まあ今は気持ちよく情報を吐いてもらうことに集中しよう。


 次は建物の間取りについて。

 こちらは間取り図のコピーを渡された。

 主な情報は以下の通り。

 警察本部の敷地内にあった建物は罪人の収容場であること。

 つまりあそこにアリスの両親がいると思われるのだが、鍵は本部長がもっているということらしい。

 まあ結局本部長をぶっ倒す必要があるということだ。

 そして警察本部の建物は少し広いくらいで至って普通の建物なのだが、その本部長の部屋だけは異常に広いのだ。

 建物の五階にその部屋はあるのだが、五階のほぼ全てのスペースは本部長の部屋で、部屋と繋がったところにいくつかの小部屋がある。

 あとは廊下が少しあるくらいで、五階は本部長専用フロアといっても差し支えない。

 

「随分と本部長の部屋が広いようだけど、これは前からなのかしら?」

「いや、確か魔獣が現れる一か月前くらいかな、そんくらいから急ピッチで工事があって、そんな感じの部屋が出来たんだ。しかもその部屋スゲェことに完全防音なうえ、中は金ぴか、耐震設計もばっちり。絶対に億はかかってる部屋だね。あの部屋の中から見る景色はさぞ綺麗なんだろうなぁ」


 飯塚は自分がその部屋の主になる妄想に浸っているのか遠い目をしている。

 億越えで部屋を改修しただって。それに時期も異世界と繋がる一か月前。

 色々と怪しいことがありすぎる。

 部長もさすがに戸惑いを隠せないようで、なにか言いかけては止めて、というのを繰り返していた。


「......市民からは、何か反発とか、なかったのかしら」

「勿論あったさ。だけどこの異世界騒動で全てぶっ飛んだ。しかも魔獣も手にして以降は文句を言う奴は全員逮捕したから、もうそんなことを言う奴はいなくなったってわけだ」

「あぁ......」


 もう言葉も出ない。

 魔獣が現れるようになる前からここの警察は腐っていたということらしい。

 それが最近の混乱に乗じてますます腐敗が進み、今では誰も手が付けられない放射性廃棄物並みの汚染物質になったと。

 いや、まだ驚くのは早いかもしれない。

 建物の建て替え時期、魔獣を使役しているという事実。

 ここから当然一つの疑惑が生じるわけだ。

 そしてその疑惑の答えのカギは、最後の情報が握っている。


 

「そして最後にどうやって俺達警察が魔獣を操っているのかってことだが、それは詳しい原理はよく分からんのだが......」


 飯塚は警察手帳を取り出し、開いた。

 身分証明書と立派なエンブレムがある。

 しかしエンブレムの形に違和感があった。

 警察手帳の実物は見たことが無いが、五芒星の魔法陣のようなエンブレムを警察が使うだろうか。

 

「何、このエンブレムは。普通は旭日章、いわゆる桜の代紋といわれる形で、太陽と日差しをかたどった物。少なくてもこんな形ではないはず」

「その通りだ嬢ちゃん。本来は違うものだった。だが魔獣が現れた始めて数日後、本部長がこれを俺達全員に配ったんだ。こいつがあれば魔獣に襲われず、操ることさえできるってな。事実、町中に現れていた犬どもはこれのおかげで言うことを聞くようになったんだ。まあ外の魔獣には通じなかったがな」


 

 俺達は約束の二十万を払い、店を出た。

 どの情報も中々衝撃的であったが、その中でも最後のものは格別であった。

 そして俺の疑惑は確信へと変わった。

 家へと帰る途中、周りに監視の目が無いことを確認して、俺は口を開いた。


「......一つ、重大なことが分かった」

「......私も何となく思うところがあるのだけど、あなたの口から言ってもらったほうがすっきりしそうね」


 やはり部長も気が付いているようだ。

 俺は、重大な、許されざる事実を口にした。


「本部長は、異世界の奴らと通じている。それもあの動画がアップされる前からだ」

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