神河流偵察術&交渉術
さて、朝食を食べ終わったら昨日の疲れを癒すべく、一日中ゴロゴロしていたいところだが、そうはいかない。
当面の目標である警察本部の攻略に向け、何かしら動かなければならない。
現状では攻略に必要な情報が少なすぎる。
というわけで、まずは警察本部の偵察から始めよう。
しかし、一人で行うのは寂しいので誰か仲間を呼ぶとしようか。
「で、何で私なのよ......」
日中の町中、閑散とした通りを部長と二人で歩く。
何かデートっぽい。
あとはこの居住区全体の雰囲気が明るく、空いている店があれば良かったのだが......。
改めてこの居住区には、活気が全くと言っていいほどなく、人は存在するのに居住区外の廃墟となった街並みのようであった。
「なんでってそりゃこれから警察本部に偵察に行くんですから、雄二みたいな短絡的馬鹿は問題起こしかねませんし、美樹も沙耶もアリスも万が一のことが起きかねない危険なトコに連れてきたくないです。それ考えると部長しか頼める人いないですから」
「ああそう、私は危険なトコに連れてっても良いわけね。あとお前も中々の馬鹿よ」
グサッ。
言葉が刺さった音がした。(脳内SE)
俺が......馬鹿......だと......。
「いやいやいや、馬鹿ってのは雄二みたいな奴のことで俺は違いますから」
「まああいつは確かに馬鹿ではあるけども、その陰に隠れてお前も頭のねじゆるゆるだから。気を付けた方がいいわよ」
部長は溜息をついた。
「まったく、入部当初はそうでもなかったのに。いつからこんなになったのだか......」
入部当初の頃。
約一年前。ぼんやりと思い出せる。
確かにその頃の俺はあまり話す方ではなかったような気がする。
その当時の俺が何を考えて行動していたかは覚えていないが、もっと楽しんでおけば良かったなーと思う。
もう二度と訪れないかもしれない、貴重な平穏な日々であったのだから。
ちょっとセンチな気分に浸っていると、見覚えのある建物、警察本部前に着いた。
さて、ここで本題の偵察開始。
警察本部は五階建ての、ちょっと大きめなビルである。
正面玄関前には警官と魔犬のペアが二組。それから一定の間隔ごとに警官魔犬ペアが一組ずつ配置されている。
正面だけで八ペアはいた。そして側面にもペアの姿が見える。
このことから正面や側面から堂々と侵入することは困難であると考えられる。
だいたいこういう時は空中、即ち、他のビルから目的の建物の屋上へと飛び移り、そこから侵入というのがセオリーである。
しかし今回は駐車場が広いため、他のビルとの距離が離れている。そのため、ビルの屋上から侵入ということは不可能である。
「うーん、他の建物の屋上から飛び移って侵入とかロマンあっていいんだけど無理かー。......ん?」
警察本部の建物の左後方、敷地内であるはずのスペースに三階建ての灰色のアパートがあった。
「あれは......」
「多分警察の人が住んでいる官舎か何かじゃない? それかあの本部の建物の別の棟か。いずれにせよあそこの警備も頑丈だから、あの建物を利用しての侵入は困難でしょうね」
その灰色のアパートも、警官と魔犬によって厳重に警備されている。侵入出来そうにない。
「どうしたもんかね......」
「おやおや、そこのお二人は何を悩んでいるのかね」
後ろから男の声。
反射的に振り返ると、そこには昨日アリスを逮捕しようとした警官が、ニヤニヤ笑いながら立っていた。
「おお、お前は昨日のガキじゃねぇか。そこのお嬢さんと二人で何を企んでいたのか、拘置所で聞かせてもらおうかな」
そう言うと共に、警官は手錠を取り出した。
「まあまあ落ち着いてくださいよ。とりあえずここから立ち去りますから、それで勘弁してください」
「おっと逃がさないぞ。大体昨日お前が言っていたメアリーなんて奴は調べたがこの居住区にはいなかった。警察にウソをつくなんて、それだけで逮捕するには十分なんだよ」
調べられたか。
だとするとこれ以上言い逃れできない。
だからと言って大人しく捕まってしまったが最後。もう帰ってこれないかもしれない。
警官の方をみる。
二つの手錠を持ちにやついている。
油断しきっていた。この状態ならこちらが何かリアクションを起こしてから拳銃を抜くまでの間にかたをつけられるだろう。
周りに魔犬の姿もない。
今なら確実に殺せる。
しかし問題は隣に部長がいることだ。
部長の前で人殺しをしてしまえば、健全な部活はそこで終わってしまう。
それはサバイバル部という俺の唯一の安寧の場所が消えることを意味する。
それだけは避けたい。絶対に。
俺が考えている間に、警官はニヤニヤしながら俺達の前に立ち続けた。
何故? さっさと逮捕すればいいのに。
まさか......。
「困ったな......。ここはひとつ見逃してくれませんか」
そう言いながら俺は財布から十万円取り出した。
すると警官は無言でそれをひったくった。
「おぉ、よく分かってんじゃねぇか。今回はこれで見逃してやる。だが次会う時はもっとカネをおろしておけよ」
そういうと警官は高らかと笑った。
隣を見ると、部長は憎悪と軽蔑が入り混じった目で警官を見ていた。
その氷のような冷たい視線に少しぞくっとする。
部長は本当に魔女になってしまったような顔をしていた。
まあ無理もない。これで俺はこの居住区にいる間、ずっとこの警官の金づるになることが決定づけられたのだから。
しかし、俺はそんなに落ち込んではいない。
むしろ大笑いしたいような気分だ。
「ちょっと警官さん、話があるんだけど」
俺は万札二十枚を取り出す。
警官はそれを獲物を狙う肉食動物の如き鋭い視線で睨んだ。
恐ろしいまでの金の亡者だ。だが、それは金さえ払えばなんでも頼めるということだ。
「ちょっと頼みがあるんだけど」
「ちょっと巽、あんな警官にワイロを送るなんて!」
いつもは冷静な部長も今回はご立腹のようだ。
「まあいいじゃないか。あいつが依頼をこなしてくれれば俺達も警察本部を攻略しやすくなるし」
「それはそうだけど......。あんな風に大金を使っちゃうなんて......」
あの警官、飯塚というらしいが、奴への依頼は三つだ。
一つは警察本部の間取りを持ってくること。
建物の内部構造を知ることは、攻略において不可欠である。
もう一つは建物の警備のシフト表を持ってくること。
これがあれば警備の穴を付ける。
そして最後に、警察が魔獣をどうやって手懐けているのか、その手段の報告だ。
あの魔犬が普通に犬と同じように、訓練すればいうことを聞くようになるものとはどうにも考えにくい。
そのあたりの情報を聞き出すことにした。
勿論カネは吹き飛ぶことになる。
まず手付金として二十万、それと成功報酬として四十万だ。
叔父からもらっていたお金があっけなく吹き飛んでいくが、それはまあ仕方のないことであろう。
ともかく、飯塚とは明日、現在は店じまいしているとある居酒屋で情報提供してもらうこととなった。
「それにあの警官が本当に情報をくれるって信じられるの? あんな男が」
どうやら部長のなかでの飯塚の評価は最低ランクのようだ。
まあそれは俺も同じだが。
しかし、俺は彼が依頼を果たしてくれると確信していた。
「大丈夫だ。あのバカはカネのことしか考えていないから、カネを得る為にはそのくらいのことはやるだろうさ」
警察本部前をうろちょろしたり、警官相手に平然と嘘をついたりした人間をカネで野放しにした飯塚のことだ、警察組織への忠誠なんてかけらもありはしないだろう。
私利私欲のことしか考えていない腐りきった人間だが、利用価値がある間は素直に使っておいた方がいいはずだ。
「まあ今は無事に終わったことに感謝しつつ家に帰ろうじゃないか」
俺達二人は疲労感とともにアリス宅へと戻った。




