支倉沙耶の回顧録
沙耶はゆっくりと一つずつ、自分の過去を話し始めた。
両親が共に警官という恵まれた環境。
二人の仲も良く、経済的にも余裕があったため、不自由なく過ごしてきたこと。
休日に、仕事ばかりで疲れている父親にせがんで遊園地に連れて行ってもらったこと。
それなのにずっとニコニコして、見守っていてくれてたこと。
母親の料理が好きだからって、お出かけした時も毎回食事は家で作ってもらっていたこと。
野菜を食べると、よく食べれたね、偉いねと二人から褒められたこと。
毎日、当たり前のように幸せに過ごしていたこと。
だが、その環境は居心地が良さ過ぎて、学校に友達を作る必要性を感じられなかったこと。
そして、そのためにこれまで苦労してきたこと。
「学校で友達がいなくたって、家に帰ればお父さんやお母さんがいるから良いって思ってて、友達の作り方を学びそこなっちゃったんだ。それ位、二人は優しくて、時には厳しかったけど、それも私のためで......」
俺は沙耶と初めてあった日のことを思い出す。
確かに言われてみれば、友達とかを作るのが苦手そうな感じであった。
現に入学して少し経った6月、大きな事件が起きたりもした。
まあともかくも、それほどまで家庭環境に恵まれていたということだ。
親とかそういった思い出の無い俺にとっては眩しすぎるほどに。
「でもまあいつまでもそれじゃだめかなってことで、中学校に入ってからは友達とか作れるように頑張ってみたんだよ。中々上手くいかなかったけど」
中学に入ると沙耶も親にはいつまでも甘えられないと思うようになったようだ。
友達を作ろうと努力し始めるが、中々上手くいかない。
地元の人間が多いこともあり、学校生活が始まる前から既にグループが出来てしまっていたことや、小学校時代に同年代相手の対人スキル培えなかったことも大きかったのだろう。
結果は失敗。
結局中学校も学校ではあまり上手くいかなかった。
そして、そのリベンジを懸けて臨んだのが高校生活だった、というわけだ。
学校での沙耶は俺が知る通り。
色々あったが、なんだかんだ言って楽しかったんじゃないかと思う。
家族との仲も依然として仲が良かったようだ。
......あの日までは。
「......前置きが長くなっちゃったね。それで、魔獣が現れたあの日なんだけど」
サバイバル部の部室で去年の合宿を思い出しながらいつも通り雑談し、いつも通り帰宅。
ただ一つ違うのは、いつもは両親のどちらかはいるのに、その日は二人ともいなかった。
仕事が長引いているのかと思い、貯金でスーパーの弁当を三人分買って帰りを待つ。
仕事で疲れ、ご飯を作る余裕なんて無いだろうから。
しかし、いくら待っても帰ってこない。
退屈でテレビを点けてみると、そこには魔獣が出現し、各地で人を襲っているというニュースが。
「......!!」
慌てて二人の携帯に電話するが、電話には出ない。
メッセージを残しても既読すらつかない。
相当忙しいのか、それとも......。
不安だけがどんどんたまって胸が苦しくなる。
しかし今までそんな時に手を差し伸べてくれていた親は今は居ない。
叫ぶことも、泣くことも、眠ることも、出来ずに一晩が明けた。
学校に行くべき日であるが、なにもやる気がおきない。
学校をサボりただ何をするわけでもなく呆然とニュースを眺め、時折親に電話をし、メッセージだけを残す日々を数日続けた。
その間、政府は居住区の設定や海外軍の要請など様々なことに動き、現在の日本の状況を作り上げていった。沙耶が住んでいる家は居住区の内側であったため、移動などの煩わしいことをせずに済んだのは幸いであった。
ただ一つ、政府の対策のなかに気になるものがあった。
それは、警察を魔獣の対応にあてるというものであった。
そしてそれは、魔獣が出現した当初から、現場の判断で行われていたものだったというのだ。
嫌な予感が徐々に確信へと変わっていく。
そしてそれにとどめを指すように、一本の電話がかかってきた。
それは極めて事務的な物だった。
二人の警官の娘と言うことを確認すると、両親が魔獣討伐に行ったっきり、その部隊ごと連絡が途絶えていることを伝えると、一切の質問を受け付けず、切られた。
それを聞いた瞬間、やっぱりという感情とともに、どこか信じられない自分もいた。
現実感が薄れていって、でも体も心も擦り切れて、疲れ切っていて。
眠ろうとしても眠れなくて。
沙耶が魔法を使えるようになったのはそんなときであった。
布団に入るのに眠れない。
これは先程から近くを飛ぶ虫のせいだ。
さっきからぷんぷんぷんぷん耳障りだ。消してしまいたい。
虫がいる方にだらんと腕をあげ、全ての怒りと恨みを虫に向けて、呟いた。
「......燃えて」
その瞬間、虫の羽音は消えた。
それからしばらく、何もしない日々は続いた。
お腹がすいたときは家にあるカップ麺を食べ、毎日午後八時に親に電話とメッセージを入れる日々。
魔法は不気味で怖くて、それ以来使わなかった。
そんなある日、家の中の食べ物がつき、何か食べ物を買いに行かなくてはいけなくなった。
外に出て夏の日差しを久しぶりに浴びる。
びっくりするほど眩しかった。
そしてそれと共に、去年の夏合宿の思い出が蘇ってきた。
「......それで学校に行って、巽君と会って、そこからは巽君の知ってる通り」
沙耶が話し終わるころにはすっかり辺りは静まり返っていた。
どうやら家の中にいるアリスや部活の皆は寝ているようだ。
「ありがとね、色々聞いてくれて。楽になったよ」
そういうものの、沙耶の顔は悲しみに沈んでいるようだ。
無理もない。だって、今の話を聞く限り、沙耶はまだ......。
「沙耶、皆も寝てるんだ。辛かったら、泣いてもいいんだ」
沙耶は驚いて俺を見つめてくる。
「無理にいつも通り振る舞わないでさ、今は泣いてくれたっていいんだ。必要なら俺の胸でも背中でも貸すから」
最後の言葉を言うのはだいぶ勇気が必要だった。
沙耶は呆然としたように俺を見ている。
「......俺じゃ頼りないかな」
「そんなこと、ない。ありがとうね、甘えさせてもらう」
そう言うと、沙耶は俺の胸に顔をおいた。
「......なんで、なんでお父さんもお母さんはこんな目にあうの?」
そこからはもう言葉にならない声で、沙耶は泣き崩れた。
俺の胸に少女一人分の体重がかかる。
重い。それだけ信頼して、沙耶は俺に体を預けてくれているのだ。
胸の中で泣く少女を見ながら、俺は改めて覚悟を決めた。
必ず沙耶を、皆を俺は守って見せる、と。




