到着
行軍開始から4時間。まだ午前九時。
これなら日が落ちる前には余裕で新しい居住区に着けそうだ。
俺達は途中二度の休憩を挟みながらも、既に折り返し地点までは進んでいた。
幸いなことに魔獣からの攻撃も受けてはいない。
そしてこのタイミングで丁度いい空き地をみつけた。
恐らくもとは公園であったのであろう。
前回の休憩から約一時間が経とうとしている。
まだ先は長い。
しっかり休もう。
「よし、ここでいったん休憩だ」
皆の疲労の度合いは様々だ。
雄二と俺は少し疲労があるが、まだまだ余裕がある。
沙耶は俺達二人には劣るが、そこまで疲れてはいないようだ。
美樹は目に見えて分かる程に疲れている。いつもより口数も少ない。
だがそれ以上に疲れているのが麻子部長だ。疲労がかなり溜まっているようで、肩で息をしており、手を動かすのもダルそうだ。
「部長が一番疲れてどうするんですか」
俺がカップにインスタントティー(砂糖増量)を入れ、部長に渡してやる。
「......ありがと」
部長は受け取ると、そのまま口元へとカップを持っていく。
が、動作が弱弱しく、口元から紅茶がこぼれそうで見てるだけでハラハラする。
「いやサバイバル部の部長がこんなに弱ってちゃだめでしょ」
「......いいのよ、私は策士。体を動かすのは他の人の仕事だから」
そう言って部長は用意していたお菓子に手を伸ばした。
......この人、一人で遭難したらどうするんだよ。
サバイバル魂の欠如を感じた。
三十分程休憩をとったところで行動を再開させる。
休憩から行軍へと戻るところで皆名残惜しそうにしたが、休んでばかりではいられない。
「さっさと居住区にいってゆっくり休もうぜ」
行軍開始から7時間。正午になった。
さすがに全員疲れ切っている。だれも言葉を発する余裕もない。
休憩中も黙々と栄養を摂取するだけだ。
俺自身、道中をなんとか盛り上げようとは思ったが、なにか冗談を口にするような余裕はない。
それに居住区まではもう少し。
そこまでは淡々と歩こう。
「......これが報告だ」
「......なるほど。興味深いな」
静まり返った道中。そのどこかから声が聞こえた。
久しぶりに俺達5人以外の人間と会ったことに興奮し、声をかけにいこうとするが、すぐに一つ疑問が生じた。
彼らは何者なのか。
軍人か警察官か。
しかしだとしたら、何故彼ら以外の人間の気配がしないのか。
こんな居住区外に人間が二人だけいるのは不自然だ。
美樹が声のする方へ駆け寄ろうとするが、それを無言で制した。
この状況、あやしい。
本能的に、なにか嫌な予感がする。
「......ここは迂回しよう。慎重に」
出来るだけ小さな声で、俺の指示を待っていた4人に伝えた。
ただの軍人である可能性もある。
警戒のしすぎなのかもしれない。
だが、念には念を、石橋は叩いて渡るが俺のモットー(大嘘)。
ともかくも、この向こうにいる二人に合うことは危険だと本能が警告しているのだから仕方ない。
俺達は無言でその場を離れた。
「......向こう人間がいるようだが」
「......問題あるまい。終末は近いのだ。残りの僅かな時間くらい自由に生きさせてやる。それが慈悲というものらしい」
「......貴様も随分と人間に近づいたものだな」
離れる間際、そんな会話が聞こえた。
十分に距離をとったところで、体中から汗が噴き出してきた。
「なんなんだよ......あれ」
彼ら(男の声だったことからこう表記しよう)の会話の内容は理解不能だったが、普通とは違う、危険な臭いがビンビンだった。
「あのオーラ、只者ではないな」
雄二は重々しく言うが、目はキラキラ輝いている。
何故だ。なぜこいつは興奮している? 変態か?
「そういえば例の動画に、異世界の王とか名乗る輩の声がはいっていたわね」
部長は目をつぶり、異世界による侵略が始まったあの日に世界中に流された動画を思い出しているようだ。
そう、異世界の王。
そいつは確かに日本語で宣戦布告をしてきた。
魔獣ばかりがクローズアップされ忘れられがちだったが、異世界サイドには少なくても日本語を操ることは出来る知的生命体はいるのだ。
そしてこの現代世界のように、得てして知的生命体は生態系の頂点にいるもの。
だとすると先程の声の主たちは異世界の軍勢のトップである可能性も......。
「声かけなくてよかったねぇ......」
沙耶の言葉は皆の総意であった。
そして行軍開始から9時間。午後2時。
その時はようやく訪れた。
「あれはまさか、伝説の......」
ずらっと一列に並んだ機械の魔獣。
人類の英知の結晶。
命の危機から俺達を守るザ・守護神。
軍隊だ。戦車と大砲の防衛網だ。
つまりは......。
「......ようやく......着いたわね......」
部長はテンション控えめだ。
喜びが薄いわけではない。
ただそれを表現する体力が無いだけだ。
「やったあ。私達、生きてますよ! 絶賛生存中ですよ! リビングでアライブでサバイブですよ!」
美樹は疲れと喜びでぶっ壊れた。
ハイテンションで小躍りする様子は正直可愛い。疲れが癒される。
「さて、どうする巽? この戦車達をどう突破するんだ。やはり男なら正面から殴りこみか?」
「いや、普通に移民だって言って通してもらうだけだから」
居住区は出るのは大変だが入るのは簡単なものだ。
人間は居住区内にいるべしという方針なのだから。
それにイマドキ居住区が崩壊して移民、なんてパターンは珍しくない。
なのにこの脳筋はなんで戦うことしか考えないんだろうな。
「ふう、ようやく休めるー。とりあえずホテルとかでぐっすり寝よー」
沙耶さんもだいぶお疲れのご様子。
「よし、さっさと居住区いって休もう!」
念のため白旗を掲げつつ、俺達は居住区へと向かった。
「なるほど、つまり君たちはここで暮らしたいというわけだ」
居住区の正門の前、50代くらいの優しそうなおじさん自衛官に俺達はチェックを受けている。
居住区にはどこにも正門があり、本来、出入りはそこで行う。
ちゃんと居住区には出入り口があるわけだ。
出る方にはほとんど使われず、その理由、安全対策が厳しくチェックされるだけで。
「でもここはねぇ......。正直あまり、というより全くお勧めできないよ」
「それはどういうことですか」
部長の疑問に、自衛官は苦々しい顔をしながら答えた。
「ここの居住区はだめだ。警察官が腐っている。法は滅び、悪政がはびこっている。地獄だよ」
俺達はその言葉に絶句した。
法が滅びた?
地獄?
この日本でそんな場所があるのか?
「それを知っているあなた達はなにか対策しないのか?」
雄二が自衛官に疑問をぶつける。
責めているような口調にもとれるが、本人はなぜそんな状況を見逃しているのかただ不思議なのだろう。
自衛官は苦笑いしながら答えた。
「残念ながら自衛官は居住区内のことに口を出す権限はないんだよ。居住区内のことは警察に。外のことは自衛隊や同盟国の軍に、というのが政府の取り決めだからね。自衛隊が中のことに口を出すのは権利の濫用にあたるわけだ」
それに、と自衛官は言葉を繋げた。
「私たちは居住区外のことで手いっぱいだ。中のことに口を突っ込む余力はないんだよ」
「権利がどうとか面倒なことを言って。正しいと思っていることならやるべきだろ。ごちゃごちゃと理由をつけていないで」
珍しく怒っている雄二をなだめつつ、俺達は新しい居住区、ナンバー33に入った。
自衛官には最後まで入ることを止められ、別の居住区まで行った方がいいとまで言われた。
だが勧められた先の居住区はナンバー36、俺達が元々いたところだ。
残念ながらそこに戻ることは出来ない。
それは無理だと伝えると、ようやく門を開いてくれた。
俺達が門へと入っていく時、最後に一言、と自衛官から忠告を受けた。
休んだら早く別の居住区を探した方が良い、と。
「それにしてもここで何が起きているんだろ。あそこまで自衛官さんが止めるなんて」
沙耶はこの居住区がどのような状況か気にしていた。
警察官が腐敗、というのも彼女は親に警察官を持つ身として気になっているのだろう。
景色を見る限り、至って普通の田舎町と言う感じであり、建物や道路が壊れているなどの異常は見当たらない。
ただ一つ異常な点と言えば、その静けさである。
普通は家の中やどこかの公園など、様々なところから人の声が聞こえてくるものだ。
だがこの居住区にはそれが無い。
活気が全くないのである。
居住区内は静まり返り、まるで生きている人が誰一人居ないかのようである。
近くを見渡すと、スーパーやコンビニエンスストアすらも営業を停止しており、無人の町に放り出されたかのような印象を受けた。
「気味が悪いな。さっさとホテルでも探すか......」
自衛官にせめてもの情けと貰った地図を広げたところで、突然放送が流れた。
「これから刑の執行を行う。市民は直ちに警察本部前に集まれ。繰り返す。これから刑の執行を行う。市民は直ちに警察本部前に集まれ」




