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外の世界へ

 

 午前四時二十分、居住区境界戦線前。

 俺達はそこで息を潜めつつ、脱出のチャンスをうかがっていた。

 感動とともに。


「......凄い」


 無事に脱出ポイント前までに移動した時、誰からともなくそんな声があがった。

 

 居住区内と居住区外。

 元々は明確に区切られれてはいなかったそれらを隔てているのは、まずはバリケードの数々。

 これによりまずは物理的に遮断している。

 しかし魔獣はそんなもの、簡単に壊して侵入してくる。

 そこで必要なのは、魔獣を寄せ付けないための圧倒的武力。

 ......戦車と大砲だ。

 居住区を守るべくずらっと一列に、大砲と戦車が規則的に並べられていたのであった。

 その姿はまさに圧巻の一言。

 現代の鋼鉄の魔獣たちが居住区を守護しているのだ。

 前々から知識としてこういうことになっているのは知っていたが、実物を見ると、その頼もしさを改めて実感できる。

 

「こりゃあ魔獣なんてのが登場しても平和に暮らしていけたわけだよ」

「こんな凄い兵器があるなら魔獣の一体や二体、瞬殺ですね! 居住区に魔獣が出た時も、軍に通報していれば大砲一発ではい終了って感じだったんですかね?」


 美樹が純粋な疑問としてそれを口にしたが、ぶっちゃけ俺の発案って無駄だったとかそんなことを考えちゃうから心が抉られる。

 そんな俺に助け船を出してくれるかのように、沙耶が美樹の疑問に答えてくれた。


「それは難しいんじゃないかな? 少なくてもここの戦車や大砲は市街地で使える代物じゃないしね。それに今は軍も警察も魔獣退治に忙しいから、私達の行動も無駄じゃないと思うよ?」

「そうね。軍人や警察も銃を持ってることだし、多分魔獣討伐は出来るでしょう。でも、誰かが出来る仕事だからって、それが価値の低い仕事というわけではないわ。誰かが出来る仕事を誰かがやることで世界は回っているのだから。私たちもその歯車の一つとして役割をこなしたのだから、胸を張りましょう」


 麻子部長も沙耶に賛同する。

 賛同しないと、やっていられないのだろう。

 行動の対価として、こうして居住区から出ていくことになったのだから。

 その行動を意味が無かったなんて、思いたくない。


 

「おい見ろよ、あれ」


 そんなことを考えていると、雄二が居住区の外側を指さした。

 そこには、まるで原始人がこの時代に現れたのかと錯覚するほどに文明レベルが低そうな人型の集団が居た。

 馬鹿そうな顔をして、右手には棍棒を握っている。服なんかぼろきれを一枚腰の周りに纏っているだけで、ほぼ裸に近い。局部を見せていないだけだ。

 ただ問題はそのサイズである。

 一般的日本人男性は大体171cmである。

 だがこのアホ面はなんとその二倍以上ありやがるのだ。

 推定4m。

 巨人とかトロールとかそんな風なものだろう。

 新手の移民か。いやまさかな。


「まずいよ! 居住区にあんなのが入ったら......」

「丁度いい機会だ。みんな、今からバリケードを突破するぞ」


 沙耶の驚きをよそに、雄二が居住区からの脱走作戦開始を宣言する。

 

「雄二センパイ本気ですか? こんなタイミングで......」

「いや、雄二の判断は今回は残念ながら正しそうだ。雄二、お前一回脱走経験あるんだよな? こっからはお前がエスコートしてくれ」


 任せろと言わんばかりに雄二が先導を開始した。

 トロールの軍勢の撃退。そちらに軍は集中するであろう。

 その隙をつけば幾分脱走も簡単になるはず。


「ここだ。ここのバリケードはが壊れている」


 雄二に案内された先にあったバリゲードは確かに壊されており、そこからなら簡単に外に出られそうだ。


「ところでこれ、なんで壊れてるんですかね......」

「俺の疾風拳の犠牲になった、といっておこう」

「えっ、センパイが!」

「まさか最近魔獣が侵入してるのって雄二君のせいなんじゃ......」

「いいえ。もとよりこのバリゲードは人がむやみに居住区外に出ることを封ずる、人のためのものであるから、一連の魔獣騒動とは無関係でしょうね」


 そんな会話が後ろで展開されている内にも、トロールが徐々に迫ってきていた。

 バリケードの先にある大砲も戦車も、狙いをトロールに定めている。

 恐らく距離を測っているのだろう。

 

 張り詰めた空気を破るかのように、指揮官と思われる男が声をあげた。


「今だ。打ち方はじめ」


 その合図とともに、戦車も大砲も、一斉にトロールを攻撃した。

 轟く爆音。

 近くの建物の窓ガラスも震えている。

 俺も耳を塞いでジッとしていたいが、チャンスは今だろう。


「よし、皆、行くぞ」


 声じゃ伝わらなさそうなので、袖を引っ張って意思を伝えた。

 雄二を先頭に、壊れたバリケードを突破した。


「打ち方止め」


 指揮官の合図とともにぴったりと砲撃は終わった。

 トロールの軍勢がゆっくりと地面に崩れ落ちた。

 文明の勝利。

 そしてその隙に、俺達は戦車と大砲の横を突っ切った。


「よし、魔獣の全滅を確認......、まて、子供が五人、居住区外に向かってるぞ。危険だ、止めろ」


 そんな声が後ろから聞こえたが、構わず俺達は突っ走る。

 ごめん自衛官さん、あなた達が守っている居住区内の方が、俺達にとっては危険なんです。

 そのまま走り抜け、遂に戦車と大砲の壁が見えないところまで着いた。

 脱出成功である。



「さて、ここからが本番。北東目指して地道に歩いていこうか」


 午前五時。居住区からの脱走に成功。居住区外の行軍が始まった。



「......酷い有様ね」


 居住区の外側を見た部長の第一声だ。

 そしてこの意見は皆の総意であろう。

 異世界による侵略前まで、居住区と内と外に境目は無かった。

 同様の文化的生活が営まれていたのだ。

 しかし、そうとは信じられない光景だった。

 崩壊したビル。

 灯り一つ無い街並み。

 穴だらけの道路。

 事前の情報で仕入れていた通りともいえる。

 だが、生で見るとやはりキツイ。

 まるで人類が滅亡したあとのような世界が眼前に展開していた。


 しかし立ち止まっている程の余裕はない。

 魔獣に警戒しつつ、俺達は目的地へと向かった。

 途中に何匹かトロールを見かけたが、気づかれなかったのでスルーした。

 俺達があいつと戦うのは危険そうだ。

 それにここは居住区外。放置したところで直ちに問題が生じるわけではない。

 慎重かつ足早に、俺達の行軍は続いた。


「ねぇ巽君、この辺りから、何か臭わない?」


 行軍開始から二時間程度。

 沙耶が付近の異常を口にした。

 実は俺も少し前から気になっていた。

 この辺りからなにか臭いが漂いだしていた。

 それも決して良い臭いではない。むしろとても不快であり、本能が警告するレベルだ。

 だが立ち止まれない。

 そのまま俺達は前へと進んだ。

 前進するたびに臭いは強烈になっていく。

 鼻がツーンとする(タイプとしてはそんな感じだがもっと強烈)、そんな臭い。

 鼻をつまみながら俺と雄二が皆の少し先を歩く形で進む。

 頭の片隅では、臭いの正体にはもう気が付いていた。

 しばらく進むと、予想通りの物があった。


「......皆、一旦ストップ。ちょっと迂回していこう」


 女子三人には出来れば見せたいものではないだろう。

 ......腐った人の死体など。


 家族で逃げようとして襲われたのか、それは大きい死体がふたつと小さいものが一つだ。

 手足の有無など細かい差異はあれど、どれも腹を食い破られているという点では同じであった。

 内臓がグロテスクに散らばっている。

 そして大量の虫がたかっている。

 夏の日の、カラスに食い破られたゴミ袋のように成り果てていた。

 あの日まで、平和な日常を営んでいた人間が、である。


「......こんな最後で......。人間がだぞ......。そんなのって許されんのかよ......」


 思わず声が漏れた。

 こんなの、人間の死に方じゃない。

 人としての尊厳が無視されている。

 魔獣がいなくても発展途上国ではこんな死に方はたくさんあるとか、人間も所詮生物、死ぬときは死ぬとか、そんな意見は聞きたくない。

 人としてこんな死に方を許容してはいけないはずなのだ。

 目の前のこの無残な死に憤っていいはずなのだ。

 この光景を前にして憤る気持ちさえ無くしてしまったら、人間が築きあげた人権とか文明とか知性とかそういったものを捨て、野生生物と変わらないただの生き物へ堕落してしまう気がするのだ。




「......やっぱり、こういうことか......」


 隣にはいつの間にか沙耶が立っていた。


「......バカ。待ってろっていったのに」

「美樹ちゃんも部長も分かってたよ。巽君たちが何を見たのか」

「そりゃそっか」


 俺も沙耶も、そして雄二も、無言で三体の死体を見つめる。

 だがずっと立ち止まってはいられない。


「......戻って迂回しよう。美樹も部長も見たくないだろうしな」

「......ちょっと待ってて」


 そういうと沙耶は死体の辺りを少し見回すと、目をつぶって集中し、死体に向かって右手を掲げた。

 


「......燃えて」


 果たして、三つの死体は燃え始めた。


「せめて少しは人間らしい最後をさ......、まぁ気休めなんだけどね」

 

 最後の言葉をポツリと加え、沙耶は引き返していった。

 雄二はお経を唱えながら十字架を指できった。

 ......それ、宗教混ざってるからな。

 いまだ燃え上がる死体を背にして、俺達は残してきた二人のもとへと引き返した。

 死後の世界など信じてはいなかったが、こんな時だけは都合よく信じてしまう。

 そして祈る。せめて天国では安らかに暮らせますように、と。


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