第七話 人助け
木々を利用しながらウルフ狩りを続けること一日。
魔法としての存在は上がり、アクアボールもエネルギーショットも威力がだいぶあがった。後はランクアップさえしてくれればいいのだが……。
そんな思いを抱きながら、一つの実験を行う。
「グルル……!」
夜。
冒険者が少ないこの時間帯に、俺は地下一階層の主レッドウルフと対面していた。
昼に比べ、他者の戦闘による騒がしさがないこの状況は、一人でいることの多かった俺にとってはまさにホームだ。
『エネルギーショット!』
俺の一撃がレッドウルフの顔を捉える。しかし、レッドウルフは撃たれづよくすぐに反撃の爪を振り下ろす。
紙一重で回避する。続く攻撃を後方へと移動して避ける。
『アクアボール!』
レッドウルフの隙をついて魔法を放つ。水球をレッドウルフは器用に身をそらし後ろ足で蹴りつけてくる。
やはり実力は互角。好敵手に思わず笑みを浮かべたくなるが、喜怒哀楽を表現できるような顔はない。
俺はここで、自分の身を削る。
これが今回俺のやりたかったことだ。
レッドウルフに襲われている冒険者を偶然見る機会があったのだが、そのときに冒険者は魔法の経験値を消費して威力を強化したのだ。
魔法はその後弱体化こそしたが、一時的に強力な魔法を放つことができていた。
これを使用すれば、自分よりも強い相手を狩ることができる――。
レッドウルフへ俺はアクアボールを槍のように鋭くして放つ。
俺の魔法の速度が予想以上に早かったからか、レッドウルフは回避のタイミングを失う。
俺の一撃に目を貫かれたレッドウルフはのけぞる。
倒しきることはできない。しかし、視力を失った魔物を狩ることなど造作もない。
エネルギーショット、アクアボールの二発でレッドウルフは消滅する。
……入手した経験値は失った分くらいだろうか。
これではダメだな。もしも、失った経験値よりも獲得のほうが多ければ、この狩りを採用していたのだが。
そうラクな手段もないか。現状合体魔法によるボスの横取りが一番効率が良いようだ。
最近はウルフ狩りにも限界が見え始めている。こうなると階層をあげるか、トロール狩りにするしかないだろう。
しかし、トロール狩りは一回あたりの疲労が大きい。成長した今となっても、確実にトドメをさせるかは分からない。
ひとまず、現在の俺の実力を知るために地下二階層へと移動する。
転々とついた魔石の明かりを頼りに、階段を下りていく。光が差し込み、一階層と変わらない緑あふれる地下二階層へ行き、早速魔物を発見する。
「……くっ、この!」
叫ぶ一人の冒険者。美しい女性は一人で、バードという魔物と戦っていた。
ぷっくりと膨らんだ風船のような体から、大きな羽が生えた魔物だ。攻撃の主な手段は鋭いくちばしによるつっつき。
バードは一定の高さを浮遊しているため、剣で戦うのは厳しい。多くの冒険者は魔法で苦労なく倒しているが、冒険者はなかなか使わない。
冒険者の服は時々見る制服だ。この街には冒険者を育成する学園があるが、そこの生徒はここで訓練を積むことが多いんだな。実践訓練とか厳しい学園だな。俺じゃあ絶対ついていけねぇよ。
胸が服を押し返しているが動きにくくはないのだろうか。その服がはじけとばないかをじっくりと見守る。
「はぁ……っ!」
女性は叫び剣を振り上げる。バードへのカウンターを狙ったようだが、バードもそれを予測して上手く身をかわす。
そして、バードは奇声のような声をあげる。……二階層のバードはピンチになると仲間を呼ぶ特性がある。
「くぅぅ……あと少しなのだっ。そこをどけ!」
ちらと女性は一階層へあがる階段を見やる。
一階層に逃げたいのか。
……姿を見られる可能性はあるが、一瞬だけの魔法行使ならば大丈夫だろう。
茂みから魔法を放てば、他の冒険者が横取りをしたと判断するだろうしな。
早速近くの茂みに隠れて、俺はバードを見る。
太った体が原因か、動きはそれほどではない。魔法速度は抑え、一撃でしとめられるように威力をあげたアクアボールを構える。
『アクアボール!』
たまった魔力を解放し、突き進む俺。
バードが俺を捉え、驚いたように羽をばたつかせる。遅い。
バードの体を突き破り、俺は経験値を獲得しながら魔法を解除して姿を消す。
……こうすれば、見つからないだろう。
冒険者はホッとした様子で、階段のほうに向かおうとして、それから振り返る。
「む……? もしかして野良魔法か?」
『え……?』
「お、おう!? 喋ることができるのか! ははっ、珍しい奴だな……!」
女性は俺のほうを見て、からっと笑ってみせる。
俺は……自分の姿が見える彼女に驚いてしまった。
魔法である俺を視認できるのは高位の魔法使いのみだ。
……目の前の彼女からは一切の魔力さえ感じることができない。どうなっているんだ?
しばらく固まっていると、女性はバッと手をあげる。
「助けてくれてありがとう! ではなっ!」
遠くからやってくるバードを見て、女性は階段へと走り出す。
『お、おい!』
俺は慌てて彼女を追って一階層へと向かう。このまま放置しておけば……彼女によって俺の存在が国に伝わってしまう。
そうなれば、俺は処分の対象だ。
さっきまでの甘い考えを捨て、俺はもうバクバクと慌てる心臓を感じる。
階段を上りきった所で、女性は短く息を吐く。
「む……ついてきたのか? パンをあげたつもりはないのだが……」
『俺は犬でも猫でもねぇっ』
「そうであったな……して、ここに何をしにきたのだ?」
女性はもう当たり前のように会話しながら、歩いていく。
……本当に俺の姿が見えるのか。それだけならまだしも、声まで聞こえるのか。
一体こいつは何者だ。
怖いという感情もあったが、久しぶりの人間との会話に嬉しさもあった。
『おまえ、かなり有名な魔法使いとかか?』
「学園では私のことを落ちこぼれと言うな」
……落ちこぼれ? あれか、マイナスすぎて逆に魔法が見えたり聞こえたり。んなわけねぇか。
女性もなぜ声が聞こえるのかわかっていないようだ。質問しても無駄だな。
女性はさして気にした様子もなく頷いている。
『……本当に声聞こえてるんだな』
「む、何かおかしいところでもあるか?」
『いや……だって俺のことが見えるのは、実力者くらいだろ? 声が聞こえる奴はそもそもいるか知らないし……』
女性は腕を組み、眉間に皺をつくる。
「そういえば、そんな話を授業で聞いたことがあったな。しかし、話すほうもおかしいのではないか?」
『まあ……そうだけどさ……』
「とにかくだ。助けてくれてありがとう。私はあまり強くはないから、正直死ぬかと思っていたのだ」
あっけらかんと言い放つ。この世界での死は俺のいた地球よりも身近なのだろう。
『だからって、無茶する必要はねぇんじゃないか?』
「うむ。なるべくならば気をつけたいところだ」
やがて女性は一階層から外の世界へ繋がる扉に到着する。
俺はそこで、彼女を追いかけてきた理由について切り出す。
『……なあ、俺を見逃してくれないか?』
「分かった」
あっさりだ。これから逃亡生活が始まるのではないかと不安になっていた俺だが、女性はニコやかに微笑んだ。
美しい姿に一瞬見とれるが、俺は首を振って聞きなおす。
『……本当にいいのか?』
「当たり前だ。命を助けてもらったのだから、そのぐらいは当然であろう?」
話の分かる相手でよかった。
別に彼女を助けたというわけではないが、彼女がそう受け取ってくれて今の状況に至るのならば黙っていよう。
もしも、彼女が問答無用で言うようならば……できるかはわからないが彼女を殺す必要が出ていた。
俺がホッとしているのに女性は意外そうに顎へ手を当てる。
「それにしても、こんなに感情豊かな魔法もいるのだな。私はとても驚いているぞ」
『……もともとは人間だったんだよ』
「なぬ? ふむぅ……そんな話は聞いたこともないが、とにかく、がんばって生きるのだぞ! あとたまに困ってる人いたら私のように助けてあげるといいと思うぞ! では!」
片手をあげて女性は去っていった。
見ているこちらが元気をもらえるような笑顔に俺は数日の疲れも吹き飛んだ気がした。
助ける、ね。
さすがにそれはできない。……まあ、他人であっても目の前で誰かに死なれるのは嫌だが、人助けなんてしたって……な。