春風家の謎
「そういえば、春風のお父さんは市長になろうとしているという噂を聞いたが、本当か?」
「本当ですよ。・・・・・だけど、どうして、そんなことを聞くんですか?」
「・・・・・いや、ちょっと、きになってな。」
職場から帰宅した後、岡本は、教え子の樹依莉との会話を思い出していた。
小学校で、政治の話や、家庭の話を、教師が生徒相手にするのは、タブーだ。
しかし、それでも、岡本が話しかけた理由、それは、「樹依莉の出生の秘密」にあったのだ――――いや、岡本も、樹依莉の出生の真相は、全く、知らないのだが・・・・・。
給食のとき、春風樹依莉と仲良しの大倉花音が、春風に話しかけた。
「そういえば、樹依莉って、お父さんにも、お母さんにも似ていないよね?」
子供が知るべきではない話だ――――そう、反射的に判断した岡本は、大倉の話を遮り、冒頭の会話となる。
親に似ていない美少女――――この時代、珍しくはない。
精子提供や卵子提供で、美男美女の遺伝子が高額で販売されているからだ。すでに、アメリカでは20年以上前から、このシステムで子供が産まれている。
おそらく、樹依莉も、それで産まれたのだろう。失礼ながら、その容姿からして、親の遺伝子を引いていない事は確実だ。
あるいは、もしかすると・・・・いや、そっちの可能性は考えないでおこう。
市長を目指すだけあって、春風祐樹には、美女の遺伝子を買うだけの経済力はあるのだから・・・・。
同じころ、飛行機の中で、浅川の仕事用の携帯に着信音が鳴った。
先輩秘書からの、ビデオチャットの申請だった。すぐさま、許可する。
「はい、なんでしょう?」
でてきたのは、ベテラン秘書の増田光一だった。
確か、今日は休日で、東京に出かけていたと聞いたが・・・・。
『君、今、ケータイかノトパソか、どっちを使っている?』
「携帯電話です。」
『それじゃあ、すぐさまノートパソコンを開いて、社長がグループチャットをできる用意をして!』
「わかりました!あいては、誰ですか?」
『山川優斗、東京都副知事だ。』
「え?」
『細かいことは君は知らなくてもいい。私は今、都庁にいるんだ。で、準備はできたか?』
「はい、これでいいでしょうか?」
携帯のカメラ越しに、ノートパソコンの画面を見せる。
『うん、それでよい。・・・・ところで、今、社長の姿が見えないが?』
「社長は、もう、寝ています。今からおこしましょうか?」
『あ、ちょっとまて、今から大事な話がある。』
「なんでしょうか?」
すると、増田は声を潜めていった。
『社長には聞こえ無いようにしろよ。社長の家庭に関する話だ。いつかは、お前にも伝えとかないといけないと思ってな・・・・・。これから、変な噂を君が耳にすることもあるだろうから。』
浅川は、先輩秘書の語った言葉を、頭の中で反芻していた。
愛妻家で有名な、春風祐樹。
大学生の頃、当時中学生であった今の妻と交際。時、奇しくも東日本大震災の直後である。
ここで、春風の息子と娘の事を、浅川が思い出していたら、恐らく、背筋が凍っていたであろうが、幸か不幸か、浅川の考えはそこまでには至らなかった。
この時の大学の同級生が、東京都副知事の山川優斗。彼とは、小学生のころから、ずっと同じ学校であったが、それほど仲が良いわけではない。ただ、腐れ縁のようなものがあるようだ。
今、春風祐樹は、カーテンの向こうで、山川とビデオチャットで何やら話している。
どこか、社長の口調が脅迫っぽく聞こえるのは、気のせいだろう。
社長は、悪いことはしない人間である。もっとも、浮気をしないのは、愛妻家と言うよりも、容姿の問題なのかもしれないが・・・・。
まさか、この日の出来事が、日本どころか世界を揺るがず、大変動の前触れであるとは、浅川は思ってもいなかった。