サクラカイロウ
「タクヤ、ちいとその辺回ってきてくれないか?」
俺とリナが買い物から帰ってきたら、船の改修は終わっていた。
ゴン爺さんの凄腕っぷりがありがたい。
というのは、半分本当、半分は嘘。
俺の宇宙船は『copy』の大量生産品。
もはや飛べない中古品なら、二束三文で売られている。
中古から、部品を引っぺがして張り付けたのが正解なんだろうなぁ。
「ピカピカだよ、お爺さん!」
「ははは、ワシにかかれば朝飯前。微調整がまだだから、危ないことするなよ」
「爺さん、中身は大丈夫なのか?」
「任せておけ」
俺たちは、早速修理された船に乗り込み、
ゴン爺さんに見送られて、近場を一回りしてくることにした。
「行ってくるよ~。お爺さん」
リナが、見送りのゴン爺さんに、元気に手を振る。
出会ってはや1週間。意外となじんでるな、コイツ。
一度、爺さんに彼女の事を相談してみた。
俺が知っている中では、一番頼りになる「大人」の爺さんが言うには、
「まぁ、好きなようにさせておけ」だったので、素直に従うことにした。
■
ドッグから、ゆっくりと宇宙船が離陸場に運ばれていく。
騒がしいのが居なくなり、1人きりになったドッグで、ゴン爺さんは腰をさすりながら独り言を言う。
「さすがに歳だのう、徹夜が応えるわい。アレ?」
赤と黒のケーブルが作業台の上から何処かにむかって伸びている。
爺さんが、ケーブルを引っ張ると、一群の機械類がずるずると引っ張られてきた。
「あ、通信機付け忘れた……。Good Lack!」
誰に言うともなく、親指を立ててニカッと笑う爺さん。
■宇宙都市
『臨時ニュースをお伝えします。
隕石警報が発令されました。繰り返します。隕石警報が発令されました。
一群の隕石が宇宙都市近辺に確認されました。
ドッグが閉鎖されます。宇宙船の発進は控えてください』
街頭TVが臨時ニュースを伝える。
「隕石だって」
「あちゃ~。国連軍がなんとかするでしょ?」
「こういうときに働け、税金泥棒!」
「あんた、税金払ってたっけ?」
「す、少しは」
「もうちょっと遊びたかったけど、早めに『move』で地球に帰ろ」
■
加速、減速、旋回。
基本的な操船を軽く試してみる。
メンテされた宇宙船は、かなり癖のある改造をされていた。
最初は戸惑ったが、加速や旋回性能に優れ、直感的に動かせる。
慣れてくれば、前の船よりも(中身は同じ船だが)使い勝手がよさそう。
「前の船より、ずっとはや~い!!」
リナはご機嫌で窓の外を眺めている。
「お~い、爺さん、なかなかいいな、これ」
通信機を立ち上げて、爺さんに通信をしてみるが、帰ってくるのは砂嵐。
「ん~、電磁嵐でもおきてるのか?それにしては、予報も警報も無かったような」
稀に局所的な電磁嵐が起きて、通信が妨害されることがある。
地上で言うところの、「雷」ってやつだ。
だが、ふと気になって、コンソールパネルを開けて中を見た。
通信パネルの中では、赤と黒のケーブルが、目前でぷらぷら揺れていた。
「……リナ、ちょっと、大事な話がある」
「え!?まだ心の準備が……」
リナは、ワザとらしく頬に手を当てるが、無視して話を続ける。
「この船、通信機が無い。あのジジイ、付け忘れやがった!」
「でも、大丈夫でしょ?ちゃんと今まで、操縦できてたんだし」
確かに、操船していて気になる問題は無かった。
もちろん、レーダーはちゃんと生きていて、周囲の情報を拾っている。
非常用通信はレーダー帯域も利用するので、SOSを出すことは可能だろう。
たぶん、通信波を解析して、音声復調するあたりの機器がごっそり逝ってる。
宇宙都市からそれほど遠くまで来ていないので、リナが言うようになんとかなると思いたい。
「爺さんには、晩飯を奢ってもらわないといけないな」
もう一度、コンソールの中を確認する。また何かあると嫌だ。
「タクヤ、なんか後ろから来てる」
リナに呼ばれて、レーダーを確認すると、
レーダーには後方から近づいてくる、大きな船が映っている。
「やばいな。通信ができないと、何か言われてもわからんぞ」
「ねぇ、宇宙服の通信機とか使えないの?」
「お、それ良いな」ご褒美にリナの頭を一撫でした。
「へへへ~」リナがちょっと照れている。
宇宙服に付属している通信機は発信性能は低いが、受信だけであれば問題ない。
早速、倉庫まで予備の宇宙服を取りに行く。
倉庫から戻ると、その船は俺たちのすぐそばまで来ていた。
白銀色のド派手な高速空母。
所属コードは、国連軍制御命令管理部隊。
慌てて宇宙服のヘルメットを被り、通信機をONにして発信出力を最大にする。
電力は食うが、このくらいの距離なら宇宙服の通信機でも出力を上げれば届く。
「こちら、制御命令管理部隊所属、高速空母クライムリリス。
隕石群の接近により、ここは進入禁止区域に指定されています。
早急に退避してください って、ねぇ、ちゃんと聞こえてる?」
ヘルメットの通信機から、呆れたような声が聞えてきた、
つくづく、コマ部隊と縁があるなぁ。
「あ~すまねぇ。船の通信機がちょっとイカれてるんだ。
操船関連の方は大丈夫だから、勝手に帰れる」
宇宙服の通信機を使って応える。当然、画像無しの音声通信のみ。
「ふ~ん、それは良かった。
今、隕石群がこっちに向かってて、相手出来ないのよ。
整備不良は見逃してあげるから、自助努力でヨロシクね」
「は?隕石?」
レーダー情報を広域に切り替える。
既に、かなり近い空域まで隕石が来ていた。
その数は数百個に及び、進行予定方向は宇宙都市の直撃コース。
「国連軍だろ。増援とかは無いのか?」
「増援ねぇ。あまり言いたくは無いけどさ、僚艦は事故って動けない」
「はうっ」
思い当たることがある。後ろめたいこともある。
「な、なぁ、なんか手伝おうか?」
「じゃ、サッサと帰って。あんた居ても邪魔」
ちょっとカチンと来た。
音声のみの通信からは面倒くさそうな声しか聞こえない。
隕石群の進行方向には宇宙都市群があり、数十万、数百万の人間がそこにいる。
「たった1隻で何ができる!」
「1隻じゃないわ、空母だもの」
白銀の高速空母は、それほど大きくない。
最大級の宇宙空母でも艦載できるのは数十隻程度。
あの華奢な高速空母なら、この船を10隻も搭載すればあふれてしまう。
案の定、艦載エレベータで空母の艦橋に出てきたのは、ほのかに薄いピンク色をした1隻の宇宙船。
この船の半分にも満たない大きさの小型艇。
その艇は風に撒かれた花びらのように、弱々しく離艦し、宇宙に舞う。
「あれ、遠隔操作だね」
リナが囁く。
既に、肉眼でも隕石群が近づいてくるのが見える。
その中の数個は宇宙都市と同じくらい大きい。
この状況は俺が作り出した。
クシャトリヤが居れば、あのいけすかない雷槍鳥で隕石を砕ける。
俺は、俺たちは、クシャトリヤの代わりに、それをやる義務がある。
「頼む、何でもする。手伝わせてくれ」
「要らない」「あれれ、お兄さん?」
何か、言い返そうとした時。
回線の向こうから、リリスの声が聞えた。
ちょっと前に聞いたばかりの、少し間の抜けたような、透き通った声。
「お兄さんがみててくれるんだ。リリス、頑張っちゃうよ~」
「リリスか?何をするんだ?」
「『サクラカイロウ』」
少しの沈黙の後、繋がったままの通信から、リリスたちの声が聞えた。
「桜回廊」。
その意味は、記憶よりも先に視覚が教えてくれた。
我々の周囲の空間が、無数の桜色の小型艇で埋め尽くされていく。
まるで、舞い散る桜の木の下に居るような錯覚。
クライムリリスの白銀の外殻は、周囲の桜色を映す。
『copy』の連続使用で、爆発的に小型艇が増加し、巨大な桜の咲き誇る空間が作られ、視界は一面の桜で覆われた。
「きれい……」
「あぁ……」
満開の桜と、宇宙の漆黒。
俺も、リナも、その情景に見とれてしまった。
桜の花びらが風で散るように、増殖した小型艇は散開し、
船体と同じ桜色の電磁バリアを展開して回廊を構築した。
接近してくる隕石は、巨大な桜の回廊に入っていくと、
回廊の湾曲に従って進行方向が修正され、回廊の出口から虚空へと消える。
宇宙都市くらいありそうな、一際巨大な隕石が回廊に入る。
時折、花びらが散るように爆発が起こるが、すぐに新しい桜で穴はふさがった。
一群の隕石は、全てが進行方向を桜回廊にずらされ、
宇宙都市の衝突コースから外れた。
「リリス、一体、何をしたんだ?」
「へへへ~。あたしの賢者の石で…ムグっ」
「軍事機密!花見代まけとくから、さっさと帰りなさい。リリスは反省文!」
「あ、あぁ。わかった」
クライムリリスからの通信が切れる。
Uターンして、宇宙都市に帰る。
「リナ、あれは何だ?」
「『copy』を一瞬でとてもたくさん行った んだと思う」
『copy』。
人間を除く、ありとあらゆるものを複製する制御命令。
最近、妙な制御命令ばかり目にしていたので解らなかった。
『copy』は指定領域にあるものを複製する。
1隻を2隻、2隻を4隻 と増殖させれば、10回で1隻が1000隻になる。
20回で100万隻。
もし、あれが「戦闘機」なら。
100万の戦闘機を運用するには、大型空母が1万隻、必要になる。
そんな数の大型空母は、この世に存在しない。
「クシャトリヤって、実は弱かったんだな」
制御命令管理部隊の恐ろしさを肌身で感じた。
次話「賢者の石」
賢者の石。
それは宇宙人がもたらした、コマンドの触媒