クライムリリス
■サンフラワー02
「周辺の民間船、全て退避完了しました」
「まったく。制御命令管理部隊は、一体何様なんですか。
民間船を周辺から全て排除しろ だなんて」
「そうぼやくな。各員に通達がある。
これから起こることを、絶対に記録に残すな、誰にも言うな」
サンフラワー02の局長は部下に厳命する。
「転移反応開始。対象が『move』して来ます」
サンフラワー02の眼前に広がる管理空間が歪み、1隻の高速空母が現れる。
その外殻は眩しいまでの白銀色。
転移直後のほんの一瞬だけ、鮮やかな縞模様のある惑星が外殻に映っていた。
「こちら、制御命令管理部隊所属、高速空母クライムリリス。
サンフラワー02 ご協力に感謝します」
「……、よい旅を」
オペレーターは、転移してきた空母からの通信に、
かろうじて、いつも言っている言葉を絞り出す。
クライムリリスは、ゆっくりと動き出し、
宇宙都市群の方に向かって消えていった。
サンフラワーの乗組員は、単なる事務員ではなく、
『move』について、何千時間もの講義を受けている。
『move』の2点間移動は、移動起点と移動終点の相関座標情報を、
どれだけ正確に与えられるか がキモになる。
サンフラワー01と02は、相互の位置情報を極限まで正確にシュミレートすることで、3億キロの旅によって生じる誤差を軽減するために造られた、巨大な座標測定・演算システム。
『move』そのものの機構よりも、座標測定・演算機構の方が大部分を占める。
眼前の白銀の船は、サンフラワーのシステムを利用せずに誤差無く転移してきた。
その外壁に映っていた惑星が「本物」だとすれば、その移動距離は3億キロよりもはるかに長い。
「なんなんですか、アレは!?」
耐えきれなくなったオペレータの一人が叫ぶ。
「罪深きリリスのことは忘れろ。
さもなくば、私がお前を処分しなければならない」
いつになく厳しい表情をする局長に、乗組員達は従うことにした。
■高速空母 クライムリリス艦内 ブリッジ
クライムリリスの艦内には、ソラリスと1人の少女の、あわせて2人しか居ない。
本来は人がいるべきブリッジの、操縦や索敵、武器管制、航空管制の座席は空いている。
ディスプレイが点灯はしているもの、全ては自動操縦。
ブリッジを見渡す艦長席には、大きく黒いカウチソファーが据え付けられており、
ソラリスはその上に座ってる。
隣にはさっき起きてきたばかりの、寝ぐせだらけでパジャマ姿の少女が寝そべっている。
「そらりす~、どこに行くの?」
「リリスは、何処か行きたいところある?」
「カビが生えるまで、夢の中に居たい」
艦体と同じ、白銀の髪の少女が答える。
食っちゃ寝生活のくせに、スタイルが崩れない美少女補正が何処から来るのか、
ソラリスの演算能力でも理解できていない。
「じゃ、寝心地の良いパジャマと枕でも買いに行こうか?」
「行く行く!」
似たもの同士のコンビであった。
■宇宙都市 ショッピングモール タクヤ目線
「どうして、こうなるかな」
隕石群の中で派手なチェイスをしたせいで、船は結構痛んでいる。
細かなチリでも、高速で移動する宇宙船にとってはヤスリのように外殻を削る。
直撃は無かったが、隕石群の中でのチェイスで、宇宙船はぼろぼろ。
「うっかり、デブリにひっかけた」と誤魔化してはみたが、
補修しなければいけない事には変わりはない。
サービスでメンテしてくれる との言葉を幸い、俺とリナはゴン爺さんのドッグに駆け込んだ。
そして、船はゴン爺さんの手で修復中。
俺はリナと手分けして、爺さんに頼まれた買い物をしている。
『当局は、小型船、識別番号AHOMANUKEの情報を……』
街頭TVでニュースが流れる。
いつのまにか、殺人事件の重要参考人になっていた。
「あほまぬけ なんて識別番号無いわ~」
「うんうん、そんな船あったら引くわ~」
2人組のOLがニュースの感想をもらす。
俺も、そう思う。
識別番号は、アルファベットの組み合わせ。
意味が通るような語句は、「いい意味」で無い限り、すべて排除される。
『copy』のおかげで、同型機は数百万台が出回っているし、
識別番号さえ偽装してしまえば、バレようが無い。
「あとは、工具の類か」
工具なんてそうそう買うものではないし、店の位置はさっぱりわからない。
位置を確認するために、周りを見渡して全体マップを探す。
すぐに、カラフルな色合いのマップが見つかった。
しかし、そこには先客がいた。
リナと同年代の、白銀の髪の少女が、しきりに地図の各所をなでまわしている。
真っ白いワンピースを着て、白銀の髪の毛を緑のリボンで結んでいる。
どう見ても、富豪のご令嬢が御忍びで庶民の仮装をしている感が否めない。
「? 何をしてるんだ?」
「寝具店を探しているの。連れとはぐれてしまいました」
「寝具店なら、ここだろ?」
マップの一角を指さす。
「そこって、結構歩きますか?」
彼女が振り向いて俺の方を見る。
白銀の髪がふわりと広がり、シャンプーの良いにおいがする。
身長はリナよりも少し低いが、スタイルは彼女の勝ちだな。
俺の方を見ているはずの、その綺麗な青色の瞳に、微妙な違和感がある。
少し考えて、彼女は目が見えてないことを理解した。
彼女の手を取り、地図の現在地点に触れさせる。
「今がここ。寝具店は、こういって、ここ」
地図上で現在地から寝具店までの道筋をなぞってやる。
「と、とおいです…」
ここからの距離は、4,500mといったところだ。
そこまで遠いとは思わないが、目が見えないときつく感じるだろうな。
「『move』で、ばびゅーんといけたら良いのに」
「はは、いいよ、連れて行ってやるよ」
「そうですか?じゃ、おんぶ」
出会ったばかりの、白銀の髪の美少女をおんぶしている。
背中に当たる胸の感触が柔かく、暖かい。
役得だが、周囲からの好奇の視線が半端無く痛い。
「ねぇ、お兄さん」
「なんだ?」
「私が、『copy』された人間 って言ったら、驚く?」
「ほほ~。可愛い子が増えるのは大歓迎だ。
可愛いは正義 って昔の偉い人が決めたらしい」
「『正義』は熱いおじさんだよ?」
「そういう説もあるな。ほら、寝具店に着いたぞ」
この寝具店は高級志向のお店。
枕が変わっても安眠できる(むしろ、無くても眠れる)俺には、あまり縁が無い。
「お兄さん ありがとう。私は、リリス」
「俺は、タクヤ。じゃあな、今度は連れとはぐれるなよ」
100mほど歩いてから、少し心配になって振り向くと、
リリスは連れらしき黒髪の女性と会うことができたようで、
笑いながら2人で何か話していた。
工具店まで歩きながら、彼女の冗談を思い出す。
「『copy』された人間か……」
嘘か本当か確証は無いが、アングラのグロ系動画サイトに、『copy』された人間の動画が存在する。
■
重工業を牛耳る、エルレート財団という財閥があった。
5年前、エルレート財団は制御命令の不正利用が発覚。
一族は制御命令管理部隊に追われる身となり、
彼らは逃亡の際に、自分たちに『copy』を使用したといわれる。
動画は、制御命令管理部隊がその船に乗り込んだ時に撮影した映像の流出データ。
体が半ば溶けながらまだ蠢いている生物、その溶けだした液体をすする生物、
丸まってサッカーボールくらいの大きさになった生物。
怪しげな生物が映像には撮影されている。
それが、『copy』された人間の、愚かで哀れな末路。
■
「お~い、タクヤ。こっちの買い物は終わったぞ」
ツインテールを揺らしながら、リナが走ってきた。
「ん?なんか、いい匂いがするような?」
鼻をくんくんならしながら、匂いを嗅ぎに来る。
勘のいいやつだ。
「なぁ、リナ。人間を『copy』ってできるのか?」
「やってみようか?命の保証はしないけど」
「やめてくれ。さっさと帰ろう」
■
「神よ。世界の、迷える子羊たちをお導きください。
ついでに、私たちもお導きください」
純白の服を着た女性が宇宙船の床に跪き、熱心に祈りを捧げる。
すっぽりと被った白いベールで、彼女の表情は見えない。
「エルドラさん。アレ、どう見ても金星じゃないですか?」
宇宙船の窓からは、黄色がかった惑星が見える。
次話「サクラカイロウ」