赤い髪のL
今は24世紀。
宇宙は人類の身近にある。
地球から出たことの無い人の方が珍しい時代。
俺はタクヤ=ミツキ。日本出身の20歳。
宇宙空間を飛び回る、宇宙船の操縦士を仕事にしている。
免許を取ってから、2年。
操船技術は、子供の頃から鍛えぬいてきた自信がある。VR上では。
だが、昨今の宇宙船はほとんどが自動化されているので、実は子供でも操縦できる。
宇宙船の操縦士が憧れの職業だったのは遥か昔のこと。
今では、低年収の肉体労働筆頭職業。
だが、夢が無いわけではない。
未知の物質が含まれた隕石や過去の探査船でも見つければ一攫千金。
はたまた、操船技術を見込まれて、豪華客船や軍の戦艦とかもありうる。
それを夢見て、俺は今日も宇宙を突き進む。
■
現在位置は、ラグランジュポイントの近くを航行中。
この辺りは国連で管理された領域なので、自動操縦が義務付けられている。
転送されてくるデータにより、船は滑るように目的地へと向かっていく。
しばらくすると、眼下に巨大建造物「サンフラワー」が見えてきた。
サンフラワーは、ラグランジュポイントの中心に位置する。
正式名称は「双地球間移動命令管理施設」。
本体は、半径10km厚さ2kmの円盤状をしており、
円盤表面には太陽光発電のパネルが隙間なく並ぶ。
そして、円盤円周部を大量のアンテナと姿勢制御ロケット群がとりまき、
姿が、ひまわりの花のように見えるので「サンフラワー」と名付けられた。
サンフラワーは、「始まりの地球」と「第二の地球」の間を移動するのに欠かせない、重要な役割を担っている。
所定の位置まで船は誘導され、制動がかかって停止した。
サンフラワーから通信が入り、
いつもながらの事務的な通信がスピーカーから流れる。
「こちら、サンフラワー01、第38制御室です。
これから、制御命令を送信します 『move』に備えてください」
「あいよ~よろしく頼むぜ」
メインディスプレイに、一連の文字が流れる。
制御室から、制御命令が入力されている。
【mv ./SUNflower01/CON38/* ./SUNflower02/CON38/】
ほんの一瞬だけ、窓から見える景色がゆがみ、すぐもとに戻る。
眼下には、相変わらずひまわりが咲いている。
「こちら、サンフラワー02、第38制御室です。
『move』完了を確認しました。旅の無事を祈っています」
声のトーンは異なるが、やっぱり事務的な通信が出迎えてくれた。
まったくもって味気ない。
しかし、この一瞬で地球の公転軌道反対側へ、およそ3億キロを移動している。
『move』は、いわゆる瞬間移動。
こちら側には、もうひとつの地球「第二の地球」がある。
全てが地球と同じなので、同じように重力があり、ラグランジュポイントもある。
2つの地球の間の長距離『move』を行うための施設が、サンフラワーだ。
こちら側にもサンフラワー(こっちは02号)が存在し双方向移動を実現している。
■
およそ300年前、異星人の宇宙船が地球に落ちた。
生き残っている異星人は発見できず、ファーストコンタクトは不発。
数十年をかけて、宇宙船の解析で得たものが「制御命令」と呼ばれる2つの技術。
一つ目は、『copy』。
ありとあらゆるものを無から複製する。
俺が使っている宇宙船も、最初のオリジナルを元にして
数百万台複製されたうちの一隻。
その結果、いくらでも増やせるのでお値段はタダ同然。
しかし、人間だけは複製が出来ない。
肉体的な複製はできるものの、本能で動く動物になってしまったり、
肉体が崩壊したりして、1カ月以内に死んでしまう。
未だに解決されない謎だ、
二つ目は、『move』。
物体を瞬間移動させる「制御命令」だ。
こっちは、人間でも移動させることができる。
難があるとすれば、空間を移動させる仕組みであるため、
「通信」を移動させることが出来ないことと、多少の誤差があること。
この2つの「制御命令」により、
人類は飢餓とエネルギー危機から解放された。
そして150年前、火星の複製実験に成功した人類は
地球そのものの複製に挑んだ。
全ての人類を衛星軌道上に退避させた上で、行われた、人類の命運を賭けた挑戦。
その結果は、成功。
「第二の地球」が、オリジナルの地球の公転軌道反対側に複製された。
人類の支配領域は2倍に広がったが、その反面、行き来が課題となった。
『move』には、わずかながらの誤差がある。
誤差は、移動距離が広がれば広がるほど大きくなる。
地表から静止軌道くらいなら1ミリ未満だが、3億キロを移動すると誤差は数m。
そのため、事故防止も兼ねて両地球間の超長距離『move』は、
サンフラワーを使用することが法律で定められている。
そこで、衛星軌道からサンフラワーまでの移動のために、
俺のような「宇宙の運び屋」の商売がなりたつわけだ。
サンフラワーから離れて、地球に向かって飛び立つ。
目的地は、こちら側の静止衛星軌道に広がる宇宙都市群。
今、俺が運んでいるのは、郵便公社から依頼の「手紙」。
『move』の特性上、電波や、電磁波を扱うことは出来ないので、
データ記録媒体の「手紙」は、重要な連絡手段だ。
そして、一人の乗客。
フードで顔を隠した、ガリガリに痩せ細った男。
話すたびに、妙な咳をしているのが少し気になっている。
郵便公社の仕事を請け負う場合、『move』の費用は公社持ち。
こういった乗合の乗客は、こっちにとっては割のいいボーナスになる。
まぁ、決まり上、公社の荷物運搬中なので、本来はタクシー業務を
やっちゃダメなのだが、その辺は有名無実化している。
「お客さ~ん、向う側につきましたぜ」
俺は、目的地をセットし、客室に居るはずのお客のところに行く。
客室といっても、8畳程度の、ベッドと机がある簡素なもの。
客室の自動ドアを開けると、我が船唯一の乗客は床に倒れていた。
「おい、大丈夫か!?」
駆け寄って助け起こす。まるで、枯れ木のように軽い。
「ゲホ、悪いな。ここまでのようだ、済まない。約束の……金だ」
男は、懐から無記名のマネーカードを何枚か取り出す。
「いや、それより病院行かなきゃ」
立ち上がろうとした俺を、男が掴んで引き留める。
その腕は、がりがりに痩せて、女性なみに細い。
「いいんだ。俺が死んだら、宇宙に流してくれないか?
子供のころからの夢……だったんだ」
「わかった」
「ありがと……な 迷惑をかけるがよろしくな……」
そう言って男は、こと切れた。
■夢
子供のころを、よく夢に見る。
俺が産まれる、ずっとずっと前から、働かなくても生きていける時代が始まった。
政府は、誰にでも衣食住を与えた。
働く意味が変質し、かなりの月日が流れている。
父は「いつか、小説家になる」と言い続け、
母は「いつか、女優になる」と言い続けていた。
学校でも、「いつか」「いつか」というヤツばかり。
俺が「宇宙飛行士として働く」と言ったとき、
「そんな下層階級になるな」と無職の両親は笑った。
そして、毎日、施設で与えられる飯を食っていた。
配給を「管理」する公務員の、俺たちを蔑んだ目が夢に出てきた。
「う~、久しぶりに、いやな夢を見た」
目をこすりながら、狭い私室のベッドから起き上がる。
昨日の、死体のショックがまだ残っているらしい。
死体を見たのは初めてではない。
子供のころ、施設で死んだ爺さんを見たことがある。
施設で生まれ、施設だけで生きて、施設で死んだ爺さん。
それと比べると、この広い宇宙で死ぬ ってのは理想だと思ってたんだがなぁ。
サンフラワーから、静止衛星軌道の宇宙ステーションまでは、およそ2万km。
本来であれば数時間の距離ではあるが、少し遠回りをして、
地球や月の重力に引かれない場所で彼の遺体を宇宙葬にした。
そのため、船内で一泊することになった。
「朝飯は、何にするかな~っと」
顔を洗って、とりあえずコーヒーを一杯。
船内のキッチンは狭いが、一通りの調理道具がそろっている。
コーヒーを口に含み、ふと、横にある情報パネルを見る。
いつの間にか、船の操縦が手動操縦になっていた。
「あれ?おかしいな」
寝る前に自動操縦にしたはずだ。
それに、安全装置がついているので、30分以上入力が無い場合は勝手に自動操縦に切り替わる。
「故障かなぁ。最近メンテしてなかったもんな」
臨時収入もあるし、ここらでメンテしておくか。
そう思いながら、急いで操縦室に向かう。
操縦室の操縦席には、見知らぬ赤毛の少女が座っていた。
「ふふ~ん、ふふふ~、こうするのかぁ」
彼女は、眼前にパネルを大量に広げて、船体の情報をいろいろ見ている。
後ろからは、操縦席からはみ出た赤毛のツインテールがぴょこぴょこ動いている。
「おい、誰だ?お前」
「あたし?Red あ~……リナ、リナでいいや」
少女は、こちらを振り向かず、目線はパネルに釘づけ。
「おいおい、人の船にどうやって入りこんだんだ?」
操縦席の前に回り込む。高校生くらいの女の子。予想以上に、可愛い。
ツインテールにまとめられた赤色の髪が、彼女が動くたびにひょこひょこ揺れる。
セーラー服のスカートから伸びた、細く白い脚がまぶしい。
これは、家出少女ってやつかな。宇宙船に密航するとは、なかなかやるな。
あっちの宇宙ステーションを出たのは、およそ10時間前。
場所は太陽系の反対側だが、時間としてはそれほど経過していない。
いつの時代も、家出する子供ってのは居るもんだ。
俺は、まだ20歳になったばかり。子供への説教経験は無い。
どう説教しようか、切りだし方を悩んでいたら、メインコンピュータがアラートを報知した。
【デブリの存在を検知、デブリの存在を検知】
【至急、回避行動をとるか、自動操縦にモードを変更してください】
「らっき~、見ててね。あたしの操縦テクニック!」
「ちょっと待て。おまえ、操縦免許もってんのか?」
「免許?こうやればいいんでしょ」
彼女は、操船マニュアルが表記されたモニターを指さす。
「自動操縦に切り替えるから、ちょっとそこをどけ」
「やだ!あたしがやるんだから」
「免許も無いのに駄目だろ」力づくで、操縦席から引きはがす。
「や~ん、変なとこ触らないで」
「あ、悪い」思わず手を離す。
【緊急!緊急!衝突に備えてください!】
そんな場合じゃなかった!
ディスプレイの周辺モニターには船に接近する、何かの塊が見える。
この船よりはかなり小さい。
直撃しても、航行不能にはなるだろうが、大破・即死することは無いだろう。
そう判断して、俺は、とっさに少女を押し倒し、その上に覆いかぶさる。
赤毛の少女が何かをつぶやくのが聞えた。
『rm -r ../x20y30z40/』
しばらく待っても、船に衝撃は来ない。
【デブリ、消滅しました。周囲に反応無し】
メインコンピュータが状況を説明してくれた。
「やだな~。何時まで抱きついてるのよ」
「今のは、制御命令?聞いたことが無い……」
「ん?オプションのこと?
実は複数の隕石が重なってました とかじゃ困るから、エリアごと全部消したよ」
立ち上がり、周辺モニタを見ると、先ほどの塊は見当たらない。
鼻歌交じりにネットサーフィンを始める赤毛の美少女を前に、
俺はしばらく呆然と立ち尽くした。
対象を「消す」制御命令 『remove』