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下僕勇者  作者: はまさん
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 緑の美しい平原の国だった場所を、見渡せる峠にサンチョはいた。平原の国はいまや、国ごと暗く深い穴に呑み込まれている。穴の底は異次元にも地獄にも通じているそうだが、重い闇がわだかまっていて、どのみち見通せない。

 穴の底からは無数の触手が湧き上がり、周囲に破壊を撒き散らしていた。ひとつ、中でも特に大きな勢いよく一振りされる。それだけで山がひとつ削られ、なくなった。


 穴の縁は外へ外へと、広がり続けている。理屈でなくても分かる。自分たちの住む世界が、今ここから終わろうとしている。

 世界自体が終焉を迎えようとする現象。これが大邪神ゴルゴンゾーラの正体か。


 それにしても……

「ププッ(笑)」

 勇者サンチョは思い出し笑いが漏れてしまう。いかん、いかん。

 にしても本当に、愚かな若者だった。


 勇者として戦った。だが守るべき人類の愚かさに裏切られ、全てに絶望した。

 果てに出会った人間も愚かだった。愚かではあったが、守るに値する、真っ直ぐなバカだった。

 あんなキラキラした目で英雄に憧れていた頃が、自分にもあったな~。サンチョはどうも背筋がこそばゆくなってしまう。


 故郷を失い、仲間を失い、絶望していた自分が。もしも本当に生き残れて、故郷が出来るとしたら。嬉しいことだ。そのためにも、まずは大邪神との戦いに勝たねば。

 サンチョは呪文を唱えた。鑑定屋が使うものと同じ、相手のレベルを計る魔法だ。

 大邪神ゴルゴンゾーラ。レベル無限大。

 サンチョは鑑定結果に、憂鬱な溜息をついてしまう。どうやら邪神の封印がいくつか解けてはおらず、ゴルゴンゾーラのパワーを抑えているらしいが。

 それで、このレベル。


 勝てる気がしない。だが退くわけにもいかない。

 なぜなら弱き民を守るのは、勇者の勤めだから。

「やれやれ、全く世話の焼ける世界だ」


 どうやらゴルゴンゾーラに自分の存在が気付かれたらしい。無数の触手が一斉にサンチョへ向く。

 サンチョは聖剣マルゲリータを掲げた。

「必殺剣・聖魔爆炎……」

 暗雲が散り、空から光の糸がまっすぐ聖剣に落ちてくる。聖剣は光を増幅させ、まるで天へと続く梯子が立ち昇ったかのようだ。いや、聖剣はいまや天を衝く巨大な刃と化していた。

「スーパー剣帝バスター!」

 いま激しい戦うが始まる。



 アルフレードは帰郷後。ずっと部屋に閉じこもって出てこなくなっていた。運ばれてくるメシを食うだけの、抜け殻のような日々。

 だが一ヶ月も過ぎた頃に異変は起こった。


 今日も今日とて部屋から出てこないアルフレードのところにまで、獣めいた咆哮が聞こえてきた。

 城の外にはモンスターの軍団が居座っている。中でも最も巨躯のモンスターが、大音声を上げた。

「ワガハイは大邪神ゴルゴンゾーラ様の忠実なる兵! 暗黒神官様の託宣により、この土地に生け贄を捧げればゴルゴンゾーラ様の封印が解けると出た。喜べ人間ども。今より貴様ら名誉ある供物として、皆殺しにしてやる!」

 敵襲の報を知り、アルフレードは矢のように飛び出した。人と会うのはまだ恥ずかしい。だが自らに課した勤めまで破れば、自分は自分でいられなくなると思ったのだ。


 所領は既に戦場と化していた。

 武装した民兵が小鬼たちと戦っていたが、小鬼たちの統制がとれていて苦戦している。2~3匹で隊を組み、ひとりに対して一斉に襲いかかる。見覚えのある戦法だ。かつてサンチョと別れた村で自分が戦った小鬼の群れに似ている。

 ならば……アイツが小鬼たちを統率していた、指揮官か!


 軍団の中心には、巨漢の食人鬼がいた。腰蓑を着けただけ、全裸にも近い風体だが。そのために余計、人間ではあり得ない程の異常に隆起した筋肉が見て取れる。持つ武器は、丸太を削りだしただけの棍棒を、軽々と振り回していた。

 岩をも砕くであろう。食人鬼の膂力と、棍棒の威力を恐れて、誰も近づけない。

 だがコイツが指揮官だというならば。ヤツを叩けば小鬼たちの統率も崩れるはず。


 ならば迷う暇はない。

「俺様はこの所領を治めるナポリタン家が継嗣アルフレード。貴様に一騎打ちを申し込む!」

「身の程知らずが……」

 食人鬼はアルフレードの剣戟を易々と受けた。返答とばかりに食人鬼は棍棒を振り回すが、アルフレードは連撃を全て回避してみせる。


「ほう」

 少し関心してみせる食人鬼。

 しかし一番驚いているのはアルフレード自身だった。

(あっぶねぇぇぇ~)

 どうして避けられたのか。自分でも分からない。


「少しは楽しませてくれるようだな。ならば、どんどん行くぞ!」

 食人鬼の棍棒は旋風のように早さを増す。だがアルフレードは更に避け続けた。攻撃が、見えている。今なら分かった。

(こんな攻撃、サンチョの高速機動術に比べれば遅い遅い!)

 どうやらサンチョの動きを間近で見ていたためか、アルフレードの早さも一緒に鍛えられていたらしい。


 しかし反撃の糸口も見つからなかった。

 たまに何とかして剣を振るってみるも、食人鬼の強靱な肉体に、刃が上滑りするだけだ。代わりに、アルフレードの体力が削られてきた。足は重くなり、だんだんと食人鬼の攻撃を避けきれなくなってくる。

 辛うじて致命傷だけは避けるが、生傷が増えてきた。


 食人鬼は唐突に攻撃を止め、呵々大笑した。

「愉快だ、愉快だぞ人間。貴様、手合わせした加減ではレベル20弱といったところだろう」

 合ってた。

「だがワガハイのレベルは34。逃げてばかりいても、敵う道理はないぞ。なぜ無駄に抗う。それともナニか? 貴様も勇者になりたいとか、英雄を目指してとかいった輩か?」


 食人鬼のセリフに、アルフレードはムカッと来た。

「だが諦めるが良いぞ。ワガハイはそうした人間どもを何十人と打ち砕いてき……」

「うるせえ」

 話を切って、不意に呟きが出てしまう。

「はあ!?」

「レベルとか関係ねえよ! こっちにも負けられない意地があるんだ。そんなもん、俺が戦わない理由にはならねえんだよ!」


「ますます活きの良いヤツ。だがな、そのナマクラで我が攻撃、あと何度受けられるかな?」

 確かに、棍棒を受けすぎた。そろそろ剣が限界だ。いつ折れても不思議ではない。だが、その程度。

「それに英雄とか勇者とか、なーに戦いの最中に寝言いってんだ」

 自分が戦わない理由にはならない。

「ンなモン、もう、どーでもええんじゃー」


 今度はアルフレードが猛攻を仕掛ける番だった。相手の攻撃を受けては負ける。ならばと息の続く限り剣を振り続けた。

「馬鹿なこんなナマクラで」

「一山幾らでも、竜殺しの剣だぞ。舐めんな」

 と大きく振った一撃が棍棒に当たって抜けなくなり、捻りも加わって、刃が折れてしまった。


 やっぱり、このナマクラがぁぁぁ。

 唖然としたところに、棍棒が振ってきた。勢い余ってアルフレードの体は宙を舞い、地べたを転がった。

「戯れ言を。もう構わん」

 やはりレッドドラゴンの時と同じ。サンチョのようには行かないなあ。

 アルフレードは自嘲しながら立とうとした。あばら骨が何本も折れている。けど敵の気配が近付いているなら、戦わないと。


「頭蓋を砕き、トドメを刺してやる」

 食人鬼の棍棒が迫る。アルフレードは剣で受けようとした。だが刃が折れてしまっていることに気付く。このままでは棍棒を受けるのに、長さが足りない。

 ええい。だったら相打ち覚悟で剣を振り抜いてやる。

 ま、勇者っぽく、名誉の死を迎えてやろうか。いや、やはり勘弁だな。本当の勇者ならもっと……。

 そうだ。こんな時に確か、サンチョならどうしてたっけ?


 アルフレードの口を突いて、不意にある言葉が出た。

「プチ剣帝バスター」


 食人鬼の棍棒がアルフレードの頭を打つことなく、半ばから地面に落ちる。滑らかで綺麗な断面だ。

 次いで棍棒をフルスイングした遠心力が余って、食人鬼の下半身は動かないまま、上半身だけがズレてゆく。遅れて、食人鬼は真っ二つになって倒れた。


 見ると、折れた剣の先から、果物ナイフ程度の大きさだが。淡く光る魔力の刃が発生していた。

「馬鹿な……なぜ勇者の剣技を貴様程度の人間が」

 このセリフが食人鬼の遺言となった。


 理由はいろいろ考えられる。サンチョの使っていた剣だからこそ、魔力が残存していたか。勇者の剣技を間近で見続けいてために、体で憶えたか。

 だが

「アホか。だから勇者とか、俺には関係ねえっての」

 アルフレードは鼻血まみれの顔で、土で汚れた姿になり、ガクガクに笑う膝で、毅然と立った。

「俺様こそ、ナポリタン家の継嗣アルフレード。民を守るは俺様の勤め。とくと見よ、誇り高き俺様だ」


 指揮官の喪失により、小鬼たちは一目散に逃げ出す。

「あー、しんど」

 アルフレードはその場に、大の字になって寝転んだ。

「やっぱこの程度とか、俺にゃ勇者は無理だわ。しかもプチかよ、プチ。へへっ、俺って格好悪」

 兵たちの勝ち鬨を他人事のように聞きながら、アルフレードはずっとボンヤリ考え事をしていた。

「なあ勝ったぞ……アイツは大丈夫でやってるかなー」



 かくしてナポリタン家の長子アルフレードは戦いの後、立派に跡を継がれ、つつがなく所領を統治しました。だが今度こそ勇者の生死は不明。誰も行方を知らないままである。


 ……と以上で老人はピリオドを打った。本の表紙には「ナポリタン家の歴史」とある。ふぅと溜息をついて自分で肩を叩こうとした。

 と執務室のドアをノックする音がする。

「どうぞ」

 ドアの向こうから顔を覗かせたのは小さな男の子だ。オモチャの木剣に、ブリキの兵隊を持っている。この館の主人、その長男だ。


「じいや、お腹すいたー」

「昨夜の余ったパンがあるでしょう」

「いやー、じじいが作って」


「はいはい、いま行きますから、少し待ってください」

 老人は羽ペンを取ると最後に「著、ナポリタン家執事サンチョ」とサインして本を閉じた。

「やれやれ、世話の焼ける坊ちゃまだ」

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