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下僕勇者  作者: はまさん
3/4

3

「宿賃はココに置いておくぞ、主人」

 アルフレードは早々に旅支度を済ませ、そそくさと宿を出ようとした。すると、どこからか声がする。

「法螺吹きが」

 振り向いたが誰も見あたらない。


 通りを城門へ向かっていても、町人たちの冷ややかな視線が背中に突き刺さった。

「なにが聖剣だ」

「どうせお前は戦ってないんだろ」

「口ばっかり」

 わざと聞こえるように喋った悪口がしても、アルフレードはもう振り返りすらしない。ひたすらに耐えて、歩を進める。


「坊ちゃま~、待ってくださいよお」

 背後から呼ぶ声。今度は悪口ではない。サンチョだった。サンチョは息を荒げて、追いつく。

「どこへ行くのですか」

「魔物退治の依頼だ。義務は果たさなければ」

「だったら。どうして、黙って宿を出たんですか。置いていくとは酷いですよ~」

 サンチョは努めて軽口で応えようとしたが無駄だった。


「どうしても、酷いもない。貴様が実は勇者だったとはな……騙されたよ」

「騙したなどと。そんなつもりは毛頭」

 サンチョは慌てて弁解するも、アルフレードの耳には入らない。平行線のまま、目も遭わせないで、ふたりは進む。

 途中でアルフレードは鑑定屋の存在に気付いた。


 鑑定屋とは、アイテムや魔法などの、秘められた能力を見抜き教えてくれる店だ。そして同時に、その人が持つ戦闘力もレベルというかたちで教えてくれる。

 鑑定屋の看板を見て、アルフレードはあることを思いついた。

「おいサンチョ、鑑定屋でレベルを見てもらうぞ」

「えっ、別にレベルなんてどうでも良いじゃないですか」

 渋るサンチョの手を引っ張り、アルフレードは無理矢理に鑑定屋へ入った。


「おい親父。レベル鑑定をふたり頼む」

「へいへい、まずは旦那から」

 鑑定屋は特殊な眼鏡をかけ、いろいろと呪文を唱えると告げた。

「アンタはレベル17ですね」

 聞いてアルフレードは驚いた。故郷を出た時、自分のレベルは3だった。それが格段に上がっている。旅の成果か。思わず上機嫌になってしまう。

「次はそちらの方ですね……えっ? ヒイイイ!」

 鑑定屋は悲鳴を上げて、腰を抜かした。

「れ、レベル89ぅ!?」


 レベル89という結果を聞いて、再び驚く。人類の限界、最強と呼ばれる戦士でも、伝説にある中ではレベル50が史上最高だとされる。大陸を戦火に巻き込み、諸国を滅ぼした魔王ペパロニでレベル70。

 レベル89といえば、もはや憧れるといった牧歌的な段階すら超える。喩えるなら目の前に猛獣やドラゴンが牙を剥いているというのですら甘い。嵐や火山といった、自然災害が迫っているのと同じ恐ろしさだ。


 アルフレードも恐怖を前に、たじろぎそうになったが、辛うじてその場に踏みとどまった。退いてはならぬ気がしたのだ。だが声を出すのには、精一杯の気力を振り絞る必要があった。

「やはり騙したのだな」

「ち、違います。これには事情が」

 だがアルフレードはサンチョの言い訳を途中で切った。

「聞きたくない。クエストならひとりで充分だ。もう、ついて来るな!」

 アルフレードはサンチョを置いて、ひとりで村へ向かった。



「ええい、数が多すぎる」

 目的の村に着いたアルフレードはさっそく魔物退治に出る。件の魔物とは、小鬼[ゴブリン]の群れだった。

 小鬼は一匹一匹ならば、大して強くはない。だが数が多すぎて、ひとりでは対処しきれない。しかも聖剣が重すぎて、行動が遅れてしまう。

「聖剣まで俺様をバカにしやがって!」


 その上、本来なら小鬼といえば、頭が悪く、仲間と協調を取るという考えすらできないはず。だがこの小鬼どもは明らかに連携を行っていた。

 アルフレードがある一匹の小鬼を攻撃しようとすれば、後ろから他の小鬼が邪魔をする。別の小鬼が右から攻撃をしてきたので避けようとすれば、左から違う小鬼が殴りかかってくる。

 まるで小鬼たちに戦い方を教えた指揮官でもいたかのような動きだ。


「俺様はレッドドラゴンとだって戦った男だというのに。まさか小鬼相手に手こずるとは」

 いや違う。本当はアルフレードも分かっていた。自分はドラゴンから逃げていただけだ。本当に戦っていたのはサンチョの方……。


 一匹の小鬼を斬り捨てる。その背後に隠れて、もう一匹。他の小鬼がいた。アルフレードは完全に不意を打たれる。小鬼は両手に抱えた、カボチャほどもある石を投げつけてきた。

 小鬼は非力ゆえに勢いこそないものの、石は頭に命中。視界に星が散る。まだ小鬼がいたのかと後悔しても、既に遅い。死ぬほどの怪我ではないが、衝撃で完全に動きを止めてしまった。


 まだ動けないアルフレードに、小鬼たちが一斉に飛びかかろうとする。アルフレードはレッドドラゴンの時よりも鮮明に死を意識した。サンチョがいなければ、自分なんてこの程度か。

 考えた次の瞬間。小鬼の群れの中を何者かの影が疾走した。早すぎて姿も捉えられない。

 一走りだけで小鬼どもがまとめて、何匹も吹っ飛ぶ。あの動き、見覚えがある。酒場でも見せた、高速機動術。サンチョだ。

「助かった……」

 サンチョはみるみるうちに、小鬼の群れをなぎ払ってしまう。

 アルフレードは安心のあまり、その場に座り込んでしまった。



 既に日が暮れようとしている。村に戻る暇はない。アルフレードとサンチョのふたりは、近くにあった猟師小屋を借りて休ませてもらうことにした。

 アルフレードは大人しく、怪我をした頭に包帯を巻いてもらう。

「今回は小鬼どもの数が多すぎた。だが本当なら俺様ひとりでもやれたはずなのだぞ」

「分かっておりますよ」

 誰に聞かれたでもないのに、アルフレードはひとりで勝手に言い訳をしている。


 暖炉には既に薪がくべられており、吊した鍋を温めている。治療をしている間に調理を済ましておいたのだ。サンチョは鍋からシチューをよそって、皿をアルフレードに手渡した。

「坊ちゃま、これがサンチョの作る最後の料理となりますね」

「王の命令通り、邪神退治に行くのか?」

 最後の、という意味をアルフレードも正しく受け取っていた。サンチョは困った顔で頷く。


 皿を両手でかかえながら、アルフレードはずっと抱いていた疑問をサンチョにぶつけた。

「なあ、国の英雄たる誇り高き勇者サマが、こんな田舎貴族の息子にしもべとして仕えていて、恥ずかしくはなかったのか」

「長い、話になるのですが」

 サンチョは話すべきか、少し迷ってから、訥々と語り始めた。魔王を倒した勇者の物語を。


「かつては自分も勇者としての力を認められ、魔王討伐の使命に燃えていた時期がありました。

 仲間には、剣の師匠でもあり兄のような存在だった戦士。亡き父の代わりに自分を導いてくれた大魔道師。わたしに勇者だという神の託宣を与えた、戦いの神に仕える司祭は、結婚を約束した恋人でもありました」

 さすがに伝説の勇者自身の口から語られる物語だ。アルフレードも勇者に憧れていた身としては、話に聞き入らざるを得ない。


「激しい戦いの後。我らは遂に魔王を倒し、王国へ凱旋しました。王宮では魔王討伐を祝う祝宴が盛大に開かれ……そこで我らは毒を盛られたのです」

 夢中で聞いていた武勇伝が、唐突に崖に突き落とされたかのような。アルフレードは背中に冷や水をぶっかけられた気分だった。

 毒殺という言葉の意味は分かっても、頭で理解したくない自分がいる。


 なぜ、救国の英雄である勇者を毒殺しようなどと。理由が分からない。

「考えるに魔王をも倒すほどの強大な力を、国王様は恐れたのでしょうな。平和になれば力など、邪魔になるだけですから」

 哀れとも見える、国王の姿の意味が分かった。自分が頼れるのは、かつて自分が恐れたゆえに、殺そうとした人間。ならば、もう、すがりつく以外の手段はない。


 サンチョを恐れた鑑定屋のオヤジと、国王の姿とをアルフレードは同時に思い出していた。アレは一緒だったんだ。鑑定屋と同じ、国王も勇者を恐れていたのだ。

 それにしても一度は邪魔だからと殺そうとした相手に頼るとは。王ともあろう人間が、なんて虫の良い話だ。


「謀殺に気付いた仲間たちにより、わたしひとりだけ逃がされました。ですが今まで自分は何のために戦ってきたのか。生きる気力を失い彷徨っていたところ。人買いに捕まり……」

 以降はアルフレードも知っている。

「……そして坊ちゃんと会ったのです」

 話を聞き終わり。アルフレードはしばらく呆然としてから、胸に怒りが湧いてきた。


 感情にまかせて、皿をテーブルへ乱暴に置く。

「くっだらねえ。下らねえよ、王の命令とか、大邪神とか。サンチョが行く必要はねえよ」

「なりません」

 サンチョは静かに、首を横に振った。

「何でだよ。相手は自分を裏切った人間だぞ。ソイツらが与える地位とか、名誉とか、見返りとか、そんなモノ。戦う理由にはならねえじゃないか」


 喋りながら、アルフレードは自分の言葉が自分に返っているのに気付いていた。

 地位や名誉や見返りを求めていたのは、かつての自分だ。だが今はその、地位や名誉や見返りといったモノをくれるヤツらが、どんなのか知ってしまった。

 自分では戦いもせず、他人にねだってばかりの下らない人間たちだ。まるで、俺みたいに。


「行く当てがないというのならば。ウチに来い。故郷を失ったっていうのなら、俺んちを故郷にしたら良いじゃないか」

 その一言にサンチョは心底、驚いた様子だった。だが、やはり首を横に振る。

「そうではないのです」

「ならば、なぜ行こうとする」

「弱き民を守るのは、勇者の勤めですから」


 その一言で今度こそ、アルフレードはサンチョを止められなくなってしまった。

 僅かながらでも知ってしまった、サンチョをめぐる現実は、アルフレードの想像を超える酷いものだった。民からは尊敬されるどころか、恐怖され。王からは名誉を与えられるどころか、毒杯を賜る。

 出来れば、もう逃がしてやりたい。そう。我が勤めとして、サンチョという弱き者を守ってやりたい。 だがサンチョは、どんな目に遭おうとも民を守りたいという。それはアルフレードが寝物語の中で憧れ、夢見てきた、理想の勇者の姿そのものだった。

 自分の理想まで否定はできない。


 言葉に詰まりながらも、辛うじて、ひとつだけ試しに訊いてみる。

「俺も一緒に行くことはできないのか」

「いいえ」

 あっさり断られた。

「正直、レッドドラゴンの時もわたくしが、もう少し遅れていたら危なかったところでした。今後の旅はもっと恐ろしい敵も現れることでしょう。もう、守りきれるとも限りません。足手まといです」

 アルフレード程度の力量では手助けもできない。分かってはいた。分かっていたはずだが、改めて言葉にされると悲しいものがある。


 説得する材料も尽きた。ならば、これ以上は足を引っ張れない。仕方ない別れを告げようとした瞬間、アルフレードは思い出してしまった。

 さっき料理を俺に手渡す際、サンチョは何といっていた? そうだ確か……。


「最後の料理となります」


 最後。つまりは、もうサンチョは帰ってくる気がない。かといって国王の元にも戻れない。生還したとしても、再び毒を盛られるのがヤマだ。ならば、どうなるか。

 サンチョは死ぬ気だ。


 駄目だ。それだけは駄目だ。サンチョのような男が、まるで理想の勇者のように、誇り高い男が、無碍に死んではいけない。死なせるわけにはいかない。

 だが非力な自分に何が出来る。ハリボテの理想しか持っていない自分に。ほんの一瞬だったがアルフレードは考え、そして決意した。

 さあて道化芝居の始まりだ。


「ヌハハハハ!」

 アルフレードは精一杯の虚勢を張りながら、サンチョの前に立ちはだかった。出来る限りの尊大さでサンチョに告げる。

「よぉし、了解した。サンチョ、貴様にはしばらく暇を出してやろう。だがな、貴様は俺が助けた。いわば俺の所有物だ。勇者とか、そんな大層なモノ。俺は知らん!」

 語り上げながらも、アルフレードの目尻には涙が溜まっていた。話し方も棒読みで、芝居なのがバレバレだ。

 サンチョも笑いを堪えて、真顔でいるのが必死だ。

「ゆえに、これは主命である。家臣サンチョよ、邪神を討て。そして帰ってこい。この役に立たない、クソ重いクソ剣は、餞別にくれてやる」


 アルフレードは聖剣をサンチョに手渡した。するとサンチョは交換に、腰の剣をアルフレードに差し出した。

「わたくしはこれから、大邪神との戦いで手一杯となります。ですが試練の洞窟で、憶えておいでですか。弱い者を守るのも貴族の勤め、と」

「おう当然だ」

「ですから、あの時のように。わたくしの代わりに、弱い人々をこの剣で守ってやってください。なんせ、レッドドラゴンの首をも刎ねた、竜殺しの名剣ですぞ」


 もう胸がいっぱいで喋ることもできない。アルフレードは涙を堪えながら、こくこくと頷いた。

「では、アルフレード様は立派になってください」

 猟師小屋の扉が閉まる。アルフレードはひとりきりになってしまった。


 手元に残されたのは、一山幾らのナマクラ剣。聖剣などより、今の惨めな自分には似合っている。


「なあ、国の英雄たる誇り高き勇者サマが、こんな田舎貴族の息子にしもべとして仕えていて、恥ずかしくはなかったのか」


 さきほどの質問を思い出す。余りに不用意な質問だった。恥ずかしいのは俺の方じゃないか。

 俺の方こそ、勇者という幻に振り回されていた、自分を持たない、絵空事に仕える奴隷じゃないか。

「なんだよ……アルフレード様って。坊ちゃんじゃないのかよ」

 アルフレードはその夜、ずっと泣きじゃくった。泣き疲れてから、故郷の所領へ帰ったのだった。

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