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「聖剣の英雄、我らがアルフレードに乾杯!」
旅人の集う宿屋兼、酒場は喧噪に満ちていた。騒ぎの中心にはアルフレードがいる。
試練の洞窟で聖剣を入手したアルフレードたちは、その後、無事に帝都まで帰還していた。そして現在、多くの冒険者たちから勝利を祝福されている最中である。
「いや全くレッドドラゴンのヤツには苦戦させられた。だが俺様の敵ではなかったということだ! ガハハハ」
「いや、つい先日まではデカい口をきくだけの若造と思ってたんだが。大したもんだ。さあさ、もっと食え食え!」
ベテラン傭兵が料理を催促する。
「はーい、ただいまー!」
給仕の娘は大忙しで広間を駆け回っていた。だが聖剣見たさにやって来た人が多すぎて、給仕が間に合わない。とうとう、ひとりの客とぶつかって、手にしていたジョッキを落としてしまった。
しまった、と思った瞬間。何者かが落ちるジョッキをキャッチ。中身の酒も一滴としてこぼさないよう、空中で掬い上げる。目にも止まらぬ早さだ。
「大丈夫ですかな」
拾ったジョッキを娘に渡したのは、サンチョだった。
余りの神業に、騒がしかった酒場が思わず静かになってから、驚愕の声に溢れた。
「おおー」
「すっ、すげえええ」
「御主人も大物なら、従者も大したもんだ」
自分が中心でなくなって、少しムッとするアルフレード。だがそのアルフレードに酔っぱらいが提案をした。
「なあなあ、オイラにも聖剣てのを見せてくれよ」
「構わないぞ。とくと見るが良い。これが、全ての邪悪を刈り取る光。聖剣マルゲリータだ」
アルフレードは腰に佩いていた剣を抜き、うやうやしく両手でテーブル上に置いた。魔力で微かに輝く刃と、複雑な意匠の柄。圧倒的な存在感に酒場中から感嘆の声が漏れる。
再び輪の中心になり、ちょっと得意気な顔のアルフレード。
「ちょちょちょ、ちょ~っとだけ、この聖剣サマ、持ってみてもええかな?」
「別に構わないが……気をつけろよ」
無礼とも取れる頼み事を、アルフレードはニヤリと笑って許諾した。
酔っぱらいが柄を握り、持ち上げようとする。だが途中で重心を崩し、聖剣と一緒に転んでしまった。
「なんだこの段平、重い重い、誰か助けてくれぇ!」
「だから気をつけろといったのに……」
他の男が不思議に思って、アルフレードに質問する。
「旦那、こりゃどうしたことだい」
「いやな。コイツを見ての通り。聖剣は重いのだ。正直、さっきテーブルに置くのにも苦労した程度にはな」
聖剣自体はそう大きいものではない。戦場太刀としては短すぎる。それこそ普段から佩剣しても構わない、装飾刀程度の長さだ。
だが、いま地面に転がっている男を見る限り、聖剣には大戦斧並の重さがあるようだい。その重さが細身の聖剣にかかってくるのだから、初めて持つ人間が耐えられなくても仕方はない。
「今度はこっちが大丈夫ですかな」
聖剣にのし掛かられて悲鳴をあげる男を救ったのは、再びサンチョだった。サンチョは枯れ枝のように、ヒョイと聖剣を持ち上げ、テーブルに戻す。その様子を見て、酒場にいた大勢が違和感を抱いた。
人が重い荷物を持ち上げるには、相応の力の入り方というものがある。だが、さっきサンチョが聖剣を持ち上げた様子は、あまりにも気軽すぎた。怪力というわけでもない。まるで重力に逆らったかのような、不自然すぎる光景だった。
何となく冷めてしまった場。そんな雰囲気を我知らず、アルフレードは他のことに気付いた。酒場の隅に見たこともない子供がいる。
「誰かに用かな?」
アルフレードは場の中心から離れて、少年に話しかけた。
「おっ……オイラの村に魔物が出るようになって。誰か退治してくれる、用心棒を頼みたいんです。お金も村で集めました」
仕事ならと酒場にいた連中も興味を示しだした。
少年は、じゃらじゃらと音のする布袋を見せる。だが中身は銅貨ばかり。途端に落胆した空気になる。
訳も分からず、周囲をキョロキョロと見回す少年に、ひとりが説明してやった。
「あンな、魔物退治の依頼は構わねえんだけど。相場ってのがあるんだよ。それっぽっちじゃあ……悪いが必要経費にもならねえや」
その話がよほど衝撃だったのだろう。少年は途方に暮れ、泣きそうになっていた。
だがアルフレード。子供の肩に手を置いて。
「ならば、その依頼。俺が引き受けよう」
「本当ですか!?」
「弱き者を助けるのも貴族の役目。困っているなら尚更だ。なあに、俺様の手にかかれば軽い軽い」
すると拍手喝采が起こり、再び酒場中がアルフレードを称える。
「旦那やるぅ」
「ヨッ、未来の勇者さま」
アルフレードは胸を張って応えた。
「勇者ならそうしたであろうしな。なあに、この聖剣があれば大丈夫よ」
「今ごろは王宮にも聖剣の話が届いているって噂も聞いたし。こりゃあ凄いことになるかもなあ」
「マジっすか」
話を聞いたアルフレードはますます興奮した。
「やれやれ世話の焼ける」
いつの間にか給仕を手伝っていたサンチョは、アルフレードの様子を離れたところから見ていて、溜息をつく。すると輪の中に入らず、ひとりで酒を呑んでいる者がいることに気付いた。仲間内でも凄腕で知られる戦士だ。
戦士はずっと暗い顔をしていた。
「どうしました」
「いやな。さっきのガキがいってた村の地方は、まだ魔物の出るような季節じゃないはずなんだが。どうも最近は魔物が増えてきたという報せが多くなっていてな。試練の洞窟も、なぜ封印が解けたのか分からないままだし。魔王は勇者の手によって倒されたはずだというのに。何か悪いことの前兆じゃないかと思ってな……」
戦士は一気に酒をあおり、そこで話を切った。
「いや忘れてくれ」
サンチョは黙ったまま、何も答えない。
騒ぎは夜通し続き、明朝を迎えた。
※
翌朝。いつの間にかベッドの上にいたアルフレードは、だが飲み過ぎて二日酔いが残っているというのに、ひとりでに目が醒めた。どうにも騒がしくて、寝ていられない。どうやら外の様子がおかしいようだ。
二階の窓を開けてみると、宿の前には何百人という兵隊が整然と並んでいる。中には兵士に混じって、宮廷服の男たちまでいた。アレは王国の家臣団だ。
一体、何が起こっているというのか。
考える暇もなく、どんどんと部屋のドアを叩く音がした。サンチョだ。
「坊ちゃま、大変です。今すぐ起きて、着替えてください!」
「おい、あれは王国の……」
「仰るとおり。そして我らを呼び出しています。早く行かねば」
急いで旅支度の中でも正装に近い服に着替える。腰には聖剣を忘れずに。
すでに国王に話が届いていたか。しかも直々に家臣団がお出迎えとはな。アルフレードは浮かれきっていたまま、宿を出て家臣団の前に出た。
「王宮の方々、お待たせした!」
すると兵隊と大臣たちを割って、疲れ切った人相の老人が現れた。頭には黄金の冠が輝く。まさか? 疑問に思ったアルフレードだったが、サンチョの呟きが答えとなった。
「国王陛下……」
いやサンチョ。お前がなぜ国王様の顔を知っている。
疑問を置いて、国王が杖をつきながら歩を進める。こここ、こんな時は跪かないといけないんだっけ。焦るアルフレードだったが、もう暇がない。国王は目の前にまで来ていた。仕方がない。堂々と胸を張って迎えよう。
さあ来い!
と臨んだアルフレードを、国王は無視。更に歩み、後ろにいたサンチョの眼前に立つ。
「懐かしいな……」
「はい陛下」
ちょっと待て。なぜサンチョが国王様と話している。というか国王様もなぜサンチョの顔を知っているのだ。アルフレードの脳裏は混乱して、どう判断するべきかも分からない。
国王は、その場に跪いて、サンチョの手にすがりついた。
「頼む、ワシはまだ死にたくない! 我が元に戻ってきてくれ。助けてくれぇい」
一国の主ともあろう者が、誇りも何も捨て去った。まるで、みじめな乞食のような姿だ。
「何が起こったというのですか」
何があって王はこうまで懇願しているのか。そして王の懇願を受けているサンチョとは何者なのか。
「魔王ペパロニはきゃつの尖兵に過ぎなかった……大邪神ゴルゴンゾーラの! このままでは大陸の平和どころではない。世界の全てが滅んでしまう」
今や国王は地面に顔をこすりつけ、サンチョの足にしがみついていた。
「昔のことなら謝る。じゃから世界を救ってくれ、勇者サンチョよ!」