表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
下僕勇者  作者: はまさん
1/4

1

 遂に入り口の封印が解けた試練の洞窟。中は全長数里にも及ぶ回廊が続き、多くの魔獣と、殺意に満ちた罠で溢れていた。多くの王国兵や探検家が挑んだが、生きて帰れた者すら僅かの恐るべき迷宮だ。

 洞窟の更に最深部、聖剣があると考えられている神殿前には、強大なレッドドラゴンが微睡んでいた。寝息のたびに口内から漏れる炎だけで、周囲の大理石が赤く焼けている。


 その竜の前に鎧甲冑をまとった若い剣士が立ちはだかった。

「我が名は貴族ナポリタン家の継嗣、アルフレード・ナポリタン! 邪悪なる紅蓮の竜よ、正義の刃を受けよ!」

 アルフレードと名乗った青年は鋼鉄の剣を抜くと、レッドドラゴンの鼻先に振り下ろした。途端、澄んだ音を立てて剣がぽきりと折れる。ドラゴンの鱗には傷ひとつ付いていない。


 だがレッドドラゴンは、さすがに眠りを邪魔されたようだ。不機嫌そうに、ゆっくりと立ち上がるだけで、城壁の高さを超える身の丈。アルフレードをひと呑みにできる大きさの口を開くと、怒りの咆哮を上げた。

 洞窟内の空間は神殿前だけ広大になっていたが、咆哮の凄まじさだけで洞窟が崩落してしまうのではないかという程に響く。

 それだけでアルフレードは既に心が折れていた。うん、無理。コッソリ立ち去ろうとしたところで、ドラゴンが自分を睨んでいるのに気付く。


「あ、やっぱり許してくれない?」

 途端にアルフレードは回れ右して、全速力で逃げ出した。次の瞬間、さっきまでアルフレードのいた場所にドラゴンが口から炎を吐き付ける。

 熱で地面の石畳が数秒とかからずに蒸発した。あと少しでも逃げるのが遅れていれば、アルフレードは確実に消し炭と化していただろう。


 だが、だからといって、まだ死から逃れられたわけではない。レッドドラゴンは鈍重な歩みで、アルフレードを追い出した。

 歩みが鈍重だとはいっても、巨躯ゆえにレッドドラゴンの一歩一歩は広い。アルフレードも全速力で走ってはいたが、すぐ追いつかれそうになった。


「ぎやぁぁぁぁ」

 再度、レッドドラゴンの炎が洞窟内を覆い尽くす。がアルフレードは走り幅跳びで足下の炎を飛び越す。辛うじて避けるも炎の向こうは、下りの大階段となっていた。

 着地もできず、そのまま落ちるとも転がるとも分からない状態でゴロゴロと階段を下りながら、アルフレードは叫ぶ。


「今だサンチョ!」

「了解です、坊ちゃま!」

 合図でレッドドラゴンのいた場所より高みの壁面から、ひとりの男が飛び降りた。


「必殺剣……」

 サンチョという男が持つ剣の刀身が魔力で鮮やかな輝きを持つ。そして落下のエネルギーも加えて剣を振り下ろした。

「スーパー剣帝バスター!」


 剣圧の凄まじさに大気は断たれ、真空の刃を発生。真空の刃は魔力を帯び、針葉樹ほどもある長大な刃と化す。魔力の刃は簡単に洞窟の壁面を裂きながら、レッドドラゴンの首筋に叩き込まれる。

 不意を打たれたレッドドラゴンは振り向く隙すら与えられない。強靱な鱗は火花を散らし、ほんの瞬時だけ剣撃を耐えた。だが耐えたのは本当に刹那の出来事。剣の勢いは止まらず、たった一撃でレッドドラゴンは首を刎ねられてしまった。


 ドラゴンの首級は勢い余って空中を数回転してから落ち、後で思い出したように体の方も地響きを立てて倒れる。

「ふう、やれやれ。ろくな作戦も立てずに飛び出すとは……」

 背負い袋から吊り下げた鍋やフライパンで、がらんがらんと音を鳴らしながら。粗末なチュニックに、汚れたエプロン、無精ヒゲの中年サンチョは着地。剣を鞘に収めた。

「全く、アル坊ちゃまは相変わらず世話の焼ける方だ」



 アルフレードとサンチョのふたりは神殿前にキャンプを設営。休憩してから、神殿内の探索を行うことにした。

「まあ、こうしてレッドドラゴンを倒せたのも、作戦通り、俺様が囮になってやったからだな!」

 アルフレードはサンチョの手料理を食べながらガハハハと語っていた。


「全くその通り。ああも綺麗に不意討ちができるとは、流石は坊ちゃまです」

「だから坊ちゃまはやめろ……ム、この肉は旨いな」

「さきほど倒したレッドドラゴンの肉でございます」

「レッドドラゴンの肉って、食えたんだ……。いや、そもそも火を吐くモンスターの肉なのに、火が通らないだろ」

「それが、ごく一部だけ調理可能な部位があるんですよ。滅多に食べられない御馳走ですが」

「だろうな。レッドドラゴンとか食べたくても、倒せる方が普通はおかしい」


 アルフレードはサンチョの佩いている剣をじっと見つめる。自分の剣はレッドドラゴンに一撃を入れただけで折れてしまった。

 そしてサンチョは一撃でレッドドラゴンの首を刎ねてしまった。同じ武器屋で買った、二振りセット価格の剣だったというのに。

 どこに差があったというのか。

 なるほど……どうやら俺様の剣だけナマクラだったに違いないっ!


「おいサンチョ。弱い者を守るのも貴族の勤め。だが俺様の剣は折れてしまったからな。貴様の剣をよこせ。でないと貴様を守ってやれないではないか」

 するとサンチョはギョッとして、腰の剣を後ろ手に隠した。

「いえいえ坊ちゃま。恐らくは、さきほどのレッドドラゴンこそが試練の洞窟、最後のガーディアンでしょう」

「お、おう。俺様もそう思ってた」

 本当は考えてもみなかった。

「ならば、以後は手強いモンスターも出てこないはず。坊ちゃまのお手を煩わせるわけにはいきません。お疲れでしょう。戦いは私にお任せください」

「ならば任せたぞ」


 食事後、アルフレードは寝具代わりにマントを体に巻き付けると、急に眠気が迫ってきた。だが忙しなく食器の片付けをするサンチョを朧気に見て、ふと昔を思い出す。

 父が治める所領内に不法な人さらい集団が出没した際のこと。血気盛んなアルフレードは手勢を率いて、賊を討伐した。そして誘拐されていた者たちを、ひとりひとり元暮らしていた場所に帰してやったのだが。

 中にひとり。帰る場所のないという、しょぼくれた男がいた。アルフレードはならばと、どうせそのままでも奴隷になる運命だったのだ。ならばと、その男に自分の家来となるよう命じた。それがサンチョだ。以来、サンチョはアルフレードの忠実なお供として仕えてきた。


「それにしても……サンチョは料理も上手いし、剣もまあ俺様の次くらいに腕が立つし……拾いモノだったな」

「わたくしこそ、坊ちゃまに仕えられて人生が充実しておりますよ」

「なあサンチョ、貴様、料理と剣はどこで憶えたのだ?」

「わたくし元は宿屋のせがれでして、料理は自然に憶えましたなあ。ですが戦争で村を焼かれ、徴兵されて……」


 サンチョは最後まで話さなかった。だがアルフレードはそれ以上、詮索しない。

 戦争といえば、アルフレードにも聞き覚えがある。魔王軍による侵略だ。なるほどサンチョの故郷は魔王によって失われたのか。ならば人さらいから救った時、行く当てがなかったというのも納得できる。


「安心しろサンチョ。俺様はやがて魔王を倒したという勇者のように英雄となる男だ。そんな俺様の、貴様は家来だからな。我が治める所領こそ、貴様の故郷。もう貴様の帰る場所が失われることは……な……い」

 今度こそアルフレードは眠気に逆らえなくなってきた。サンチョは背負い袋から毛布を出すと、アルフレードにかけてやる。

「さ、見張りはしてますから。寝てください」

「勇者には頼もしい仲間がいたというが……サンチョも負けてはいないぞ……。そのためにもまずは聖剣を……」

 いいかけて、アルフレードの意識は途切れた。



 以後は大した危険にも遭わず、とうとう神殿の最奥。聖剣が祀られている祭壇の間に到達した。聖剣は岩の祭壇に突き刺さっている。刃から漏れる魔力光だけで、祭壇の間の空気まで浄化されているような気がした。

 さすがのアルフレードも思わず緊張してしまう。

「よし、じゃあ持って帰るか。これでクエストも終了だ」


 アルフレードは聖剣の柄を手にして、石から抜いた。引き抜こうとした。抜けない。ちょっと待った。ぜいぜいと肩で息をする。

「堅いな~。さささ、サンチョぉ? 貴様も手伝わんか」

「はいはい、アル坊ちゃんは世話の焼ける」

「だから坊ちゃまは止めろと……」


 サンチョがアルフレードと共に、聖剣の柄を手にしたと同時に。岩の祭壇は目映い光を放ちながら、ひとりでに割れだした。

「止め……えええっっっ!?」

 そして抵抗もなく聖剣が引き抜かれる。アルフレードは聖剣を手にして、感動に打ち震えた。

「俺は聖剣に選ばれた……これで俺も勇者だー!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ