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「相変わらず、でっかいよなー」


 屋上の入り口の上に座り込み、広々としたグラウンドを眺めながら彼はぼやいた。

 太陽の光が栗色の髪を更に明るく染める。春の爽やかな風がけだるい空気を流そうとするが、彼の髪がさらさらと流れるだけで、一向に減る気配はない。


「次の授業、サボるか」


 ぼやいた言葉は空気に溶ける。次の授業は古文だった。

 ただでさえ苦手な上、順番的に自分が当てられるのは確実。

 昼休みにノートを見せてもらおと思ったが、肝心の友はどこかに行き不在。

 仕方がないから購買のから揚げ弁当争奪戦に参加してみるも敗北。


 手元には何とか掴んだチャーハンとキントンパイがあるのみ。屋上の風に吹かれてみるも、なんともどんよりした気分だった。


「その前に、なんで俺はキントンなんて掴んじまったんだ…」


 授業の前に立ちはだかるのは、目の前にチャーハンと共に鎮座する甘々なキントンパイだった。さつま芋をペーストにした甘い餡をほの甘いパイ生地で包み揚げてあるこのキントンパイは、購買の人気メニューの一つである。が、甘いものが苦手な……特に以前キントンで気分を悪くした彼には敵以外の何物でもない。


 食べ物は粗末にするなと言われ続けて十数年、今この時にそれを破るか否か。

 いや、そんなことできない。

 それは俺が今まで生きてきた人生を否定することにもなるんじゃないか。

 こんな時頼りになる友はどこかに行ってるし、俺はどうするべきなんだ。


 

 彼の思考は巡り巡る。


 

 その辺通りかかった女子に渡すか。いや、タダはちょっとなー。俺金欠だし。なんかよくわからん勘違いされるのも嫌だし。


 頭を抱えた彼にひらめきと言う名の光が射す。


 いっそ食べて気分悪くなったって保健室に駆け込むか。そうすれば授業も休めて一石二鳥。あれ、この案意外と良いんじゃね?


「悠祐」


 ついでにそのまま次の授業も休んで、あわよくば明日の学校も休めるかも?俺ってもしかして天才かもしれ「おい、悠祐!」

 


 思考の渦に呑まれていた彼は、自分を呼ぶ声でハッとする。爽やかなそよ風が吹き、彼の思考を全て吹き飛ばしていった。


「ちょ、おまえ、今俺すっげー良いこと考えてたのに、全部飛んじまったじゃねーか!」


「おまえの考える良いことなんて、どうやって授業サボるかだろうが!ったく、何回呼んだら気付くんだよ。こっちはそれよりも大事な話しに来てるってのに」


 彼、悠祐は、目の前にいる同じ学校の制服を着た男ををキッと睨む。


「だいたい、おまえが俺がトイレ行ってる隙にいなくなったのが悪いんだからな!どうしてくれんだ俺の古文とキントン!」


「意味わかんねーから!いや、古文はわかるけどキントンってなんだよキントンって……あれ、おまえキントン苦手じゃなかったっけ?」


「このキントンには深くて深ーい事情があるんだよ。まずな、おまえがいないことに気付いた俺は」



「葛城先輩何してんですか!山波先輩、それどころじゃないです!道に侵入者ですよ!」


 後ろから怜華につっこまれ、危うく悠祐のペースに呑まれていた啓太はあ、と短く声を漏らすと、そうだったと悠祐に向き直った。


「道に正体不明の人間らしきものが入り込んだらしい。葉山が感知した。だが、俺が下りた時にはもう誰もいなかったんだよ。扉に異常ないことは確認してるが、おまえにも一応確認してもらいたいと思ってな」


 悠祐はこれからという時に話の腰を折られていじけているようだった。

 そっぽを向き、啓太の話に相槌も打とうとしない。



「ちょっと、山波先輩?いじけるのもいい加減に」


「怜華、ちょっと黙ってろ」


 共に啓太に着いてきた淳也が、返事をしない悠祐に痺れを切らした怜華の口を押さえる。一瞬淳也に肘鉄を入れかけた怜華は、寸での所でそれを止めた。


「おまえももうわかってるだろ。あいつ、入ってるから」


 悠祐の瞳が焦点の定まらぬまま床をぼんやりと見つめている。

 風は、相変わらず彼の髪を揺らしていた。




 しばらくすると目の焦点が合い、悠祐はゆっくりと啓太の方へ向き直る。


「啓太、おまえちゃんと扉見たんだよな?」


 先程のふざけた口調は無くなっており、少し低い、威圧感さえ感じる声で悠祐は問う。


「あ、ああ。何かあったか……?」

「……」


 悠祐の顔から感情が消え去る。


「なぁ、ゆうす」

「扉に」


「え?」


「扉に、開けようとした形跡がある。傷が、ついてる」


「なんだと……?」


「おまえが適当に扉を見るなんて考えられない。だから考えられるのは」


「俺が見た後に、開けようとしたってことか」


「そうだ。それ以上にあり得ないのが……」



 悠祐は一息つくと言葉を続ける。



「開けようとしたことを俺が感知できなかったことだ」



 四人の間に緊張が走った。悠祐はふう、と息を吐くと立ちあがった。



「ちょっと、見てくるわー」



 いつもの軽い口調に戻り、ふらふらと屋上の入口へと向かう。

 待て、と啓太が制止をかけるが、すでに姿はそこにはなかった。


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