19
階段を下りると先ほどとは一転、喧騒が遠ざかり静かなひやりとした空気が絢莉を包む。
それがひどく心地よくてロビーの隅、人目に付き辛い所で思わず座り込んだ。
「私、なにやってるんだろう……」
悠祐に一緒に帰る約束をいきなり取り付けて、だけど来なくて。
代わりにこんなにファンがいて、みな美人で、自分に勝ち目なんてないことを思い知らされている。
「先輩は、私に自分の立場をわきまえさせるために、私をこんなところに呼び出したんだ」
そうとしか考えられなかった。
彼を信じると決めたのに。
それが、こんなにも揺らぎやすいものだなんて。
膝の間に顔をうずめる。
目頭が熱くなって、こぼれそうになった涙がブレザーの袖に吸い込まれていく。
悠祐に再会してからだ、と思う。
自分はこんなに涙もろくはなかった。
もっと強かったはず。
なのに、どうして、どうして……。
心の中で同じような問いかけを何度もして、でも自分は強がっていたと、あの時に悠祐が気づかせてくれたことに偽りはないとをわかっていて、それでもやりきれなくて。
「支えてくれるって言ったのに……」
それは次第に、弱い自分自身を気づかせた悠祐への、好きとは異なる感情へと揺らいでゆく。
どうして私の弱さに気づかせたの。
どうしてあの時、私が期待するようなことを言ったの。
どうして、あの時抱きしめてくれたの。
遠くで、試合の次のピリオドが始まることを告げるアラームが鳴った。
ロビーに出ていた生徒たちが急いで二階席への階段を駆け上がっていく。
誰も、絢莉に気づくことはなかった。
涙を袖で拭いてふらりと立ち上がると、教室へと歩みを進める。
「帰ろう……」
言葉に出さないと、足に力が入らなかった。
その時、後ろから声をかけられる。
「ちょっと」
聞き覚えのない声にゆっくりと振り返った。
「大丈夫?さっきからそこに座り込んでたでしょ?今も顔色が悪い」
見覚えのない男子生徒だった。すらりと背が高く、色白の整った顔をしている。黒髪がさらりと揺れた。
一度見たら忘れることができないような、そんな人だった。
その落ち着いた雰囲気も含めて同級生ではないと判断する。
「いえ、大丈夫です。少し、貧血を起こしただけなので。ご心配いただいて、ありがとうございます」
適当に言い訳して、では、と踵を返すとぐいと腕をつかまれた。
「いや、貧血じゃないでしょ。目、腫れてる」
突然のことに驚いて手を振り払おうとするが、思った以上に力が強く、振り払えない。
「ちょっと何を……大丈夫って、言ってるじゃないですか。離してください!」
思わず眉間にしわが寄る。
だが、相手の男子生徒は怪訝な顔をした。
「神月絢莉、だよね?僕のこと覚えてないの?」
今度は絢莉が動きを止めた。
「え、なんで……」
「やっぱり。昔近所に住んでた千葉だよ。千葉真治」
名前を聞いて、すぐには思い出せなかったが、おぼろげに思い出す。
まだ小学生の低学年の頃、家族ぐるみで仲の良かった近所の男の子がいた。
一つ年上だったけど、まー君と呼んでよく遊んでいたのだ。
絢莉が小学校の四年生になる前に、父親の転勤で少し遠い町に引っ越してしまった。
「まー…くん?」
「そうそう。思い出した?」
その綺麗な顔に柔らかな笑みを浮かべて、まーくんは頷いた。




