17
授業が終わった放課後。
絢莉は一人教室で窓の外を眺めていた。
思い出せば絢莉にとって、その日は緊張の連続だった。
突然やってきたかと思えば絢莉を連れ出して、知らない表情をいっぱい見せて、そして窓から風のように去って行く。
そんな彼に、心も体も振り回された一日だった。
「なんなの、本当に……」
でも一番の驚きは自分自身だった。
「なんで誘っちゃったんだろう……」
そう呟きながらも、理由なんて考えなくてもわかっていた。
あの時。
彼に助けられた時。
怖いと思うはずなのに、近づきたくないと思うはずなのに、もっと近くにいたくて、もっと彼のことを知りたくなってしまったのだ。
あの手の温もりが絢莉の心を捕えて離さない。
いまだに握られた左手が、ほのかに熱いようで。
思わず右手で握りしめた。
教室の窓から、少し暖かな風が吹き込む。
窓の外には正門へと続く道とテニスコート、そしてグラウンドの一部が見えた。
部活特有の掛け声やボールの跳ねる音も聞こえる。
教室に一人、窓側の前から三番目という可もなく不可もないその席で、絢莉はぼんやりと外を眺めていた。
今は体験入部の時期で、同級生はみな入部希望の部活へ顔を出していた。
里佳子達も今はテニス部の体験に行っているはずである。
「部活……か」
今の自分に、部活にいそしむ余裕はあるのだろうか。
妹を失ってから、そう時間も経っていない。
立ち直るだとかそういう気持ちではない、やはりどこかに残る、悲しみ。
そして意識の戻らない母。
そのことを考えたら、どこかの部に入部することなんて考えられなかった。
そんな自分が、恋をしてもいいのだろうか。
「でも、もう仕方がない」
彼は、絢莉の醜い部分を知ってもなお、支えてくれると言った。
それが例えあの時の絢利を見て突発的に出た言葉であっても、絢利は彼を信じると決めたのだ。
そう、あの美しい世界へ導かれた日。
初めて手を引かれたあの日から、絢莉は彼に――――。
もう一度、左手を握りしめる。
「それにしても、先輩、遅いな……」
放課後、絢利の教室に迎えに来ると言っていた。
だから待っているのだが、ホームルームが終わってから30分以上経とうとしている。
「まさか、また何か……!」
昼休みに襲われたことが頭をよぎる。
絢莉は慌てて立ち上がると、ドアへ駆け寄った。
どこにいるかはわからないけれど、人気のないところが危ないと言っていた。
この学校のことはまだよく知らない。
けれど、必ず見つけてみせるとドアを開けた。
そして、
「うわぁ!」
反対側から同じくドアを開けようとしていた人に突っ込む。
「ご、ごめんなさい!」
慌てて離れて顔を上げると、そこには待っていた彼ではなく、その友人の葛城啓太が立っていた。
「いやいや、いいんだよ。でもどしたの、そんなに慌てて。悠祐待ってるんじゃないの?」
勢いで一歩下がった足を前に出しながら、啓太は不思議そうな顔をする。
「あ、いや、先輩がなかなか来なくて……その、昼間のこともあるので……」
「心配になっちゃった?」
にやりと笑う啓太の顔を直視できなくて、思わずうつむく。
顔が赤くなっているのは自覚していた。
「まぁまぁ、そんな心配しなくて大丈夫だよ。あいつ、ああ見えて俺より強いしな」
「でも……あれ、あの、葛城先輩はどうしてこちらへ?」
ふと気になったことに、啓太ははっとした顔をして、ごめんごめんと謝った。
「悠祐に神月ちゃんを連れてくるように言われたんだよ。遅くなるからって」
「え……?」
「まぁいいからついてきて」
そう言って歩き出した啓太に連れられて着いたのは、体育館だった。




