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16

 

 悠祐と絢理が教室へ戻ると、クラスは一瞬静かになったが、すぐにざわめきを取り戻した。

 その間を縫うように窓際の席へ向かう。

 そこで二人は立ち止まる。



「俺らがいない間に何があった……?」



 そこには、当然のように里佳子たちとにこやかに弁当を囲む啓太がいた。

 悠祐が眉をひそめるのと、悠祐に気付いた啓太が手を振るのは同時。

 啓太は絢理と席を交代して、悠祐と部屋の隅に寄る。


「お帰り。首尾はどうよ?」


「いや、その前に、おまえが女子の前で心の底からにこにこしてるなんて、珍しすぎて気持ち悪い。何があった」


「うわ、ひっでーな。俺だって嬉しくて笑っちゃうことくらいあるよ。もうこれだから俺の周りの奴らは……。もっと里佳子ちゃん達を見習えっ!」


「いや、なんかキャラ変わってるけど、大丈夫かおまえ」


「大丈夫も何も、俺はいつでも俺だぜ。悠祐が本当の俺の姿に気付いてないだけだな。……で、どうだったんだよ」


 語尾に星マークが付きそうなほどにこにこしながら、啓太は悠祐の顔を覗きこんだ。


「どうも何も、邪魔が入った。っつーか、死にかけた」


「……まじか」


「人がせっかく色んな勇気を振り絞ってる最中に……次に会ったら潰す」


 悠祐の静かな怒りに、啓太は鳥肌が立つのを感じた。


「おま……、本気すぎ……。で、相手は誰なんだよ」


「わからねーんだよ。だから次。そうじゃなかったら」

「いや、わかった。おまえが乗り込む気満々だってのはわかったから。とりあえず落ち着け。おまえも絢莉ちゃんも……あ、ごめ、神月ちゃんな、も無事でよかった」


 絢理、と言った瞬間の悠祐の眼が恐ろしすぎて、啓太は思わず言い直す。相当頭に来ているらしい、ということは理解した。


 こっそりため息をつくと、啓太は絢理たちの方へ向き直る。


「じゃあ、俺ら帰るわ。神月ちゃんもお弁当途中だし、悠祐も用事が終わったみたいだしな」

「えー、先輩まだいてくださっていいのに」


 里佳子が残念そうに眉を下げるが、啓太はごめんなぁ、と言って来た道を戻る。

 

 つまり、窓を跨いだ。


「じゃあ、神月。また後で」


 悠祐もその後ろを追う。


「はい。……また、後で」


 顔を赤くして俯く絢理と、状況を理解した里佳子が騒ぐ声は、揺れたカーテンによって遮られた。





「また後か。憎らしいねえ、悠祐君」


 悠祐の前を歩きながら、啓太はにやにやと笑いかける。


「さっき、言えなかったしな。それに、それは向こうから言ってきたから……」


 最後は言い訳のように、悠祐は呟いた。


「なんだよ、おまえら。心配するまでもなさそうだな」


 あーあ、と言いながら啓太が階段を上り教室に入る。



 その後に続きながら、悠祐は先程の戦いを思い返していた。



 絢理を抱きかかえてナイフを避けた後、苛立ちが頂点に達した悠祐は、力を持って相手を制した。

 指を鳴らしたのはその力のためである。


 悠祐が持つ力には様々なものがあるが、音に思いを込める「言霊師(ことだまし)」の能力を好んで使うことが多かった。

 言霊使いなどと呼ばれる彼らではあるが、鍛錬を重ねた者は言葉だけではなく、どんな音にでも自らが望む作用を持たせることができるため、「音師」とも呼ばれている。


 悠祐にとって、この力は相手の不意を打つことができるだけでなく、どのような状況であっても守り戦えるという面で非常に使いやすかった。



 あの場で、悠祐が望んだのはただ一つ。


 「静寂」


 それだけであった。



 その思いを乗せた指鳴りは音速で相手に作用し、音が彼らの中で残っている間、作用し続ける。

 つまり、その間、攻撃は一切なくなる。


 悠祐には、それで十分だった。


 素早く絢理を抱き上げると、校舎まで走る。

 今までの経験上、人に見られる可能性が高い所では何もしてこないことは分かっていた。


 非常口を駆け抜け、ドアを閉めると絢理を下ろす。


「ごめんな、神月。怖い思いさせて……」


 しゃがみこんで目線を合わせる悠祐の前で、絢理は状況が飲み込めないのかしばらく瞬きをした後、ゆっくりと首を横に振った。


「いいえ。こちらこそ、守って頂いて、ありがとうございました。なんていうか、その、かっこ、良かったです」


 だんだんと視線が下がる。髪がさらりと揺れて、赤く染まった耳が見えた。

 悠祐は抱きしめたい衝動を押さえながら、首を横に振る。


「いや。俺が悪い。神月を危ない目にあわせるつもりはなかったんだけど、ちょっと周りが見えてなかったっていうか……おまえのことになるとどうも突っ走っちまうみたいでさ……」


 そして、気合いを入れて次の言葉を紡ぐ。


「あのさ」

「山波先輩、あの、よ、良かったら、今日一緒に帰りませんか?」


 え、と悠祐は瞠目した。

 自分が言う前に絢理に言われたことが驚きだった。

 嬉しさと同時に、言えなかったことへの悔しさも感じたが。


 頷いた時の、絢理の顔を悠祐は忘れないと誓った。




 そして、今に至るわけである。




 悠祐が席に着く頃、昼休みの終りを告げるチャイムが鳴り響いた。



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