13
あれからから二週間経った後。
絢理は平穏な、そして普通の日々を過ごしていた。
普通に授業を受けて、中学時代から仲の良い友人と昼食を囲み、また授業を受けて帰路に着く。
帰宅する前に病院により、母の顔を見て帰るのが日課だった。
家には夜遅くに父が帰ってくるまで絢理一人。
少しは慣れた。
だが「大丈夫」だと思うのはやめた。
それは、彼の言葉が胸に残っているからかもしれない。
結局、あの後気付けば保健室で横になっていた。
起き上がった絢理を保健室の先生が『寝不足ね』と苦笑いする。
彼は彼女を運んだ後起きるまで待ってくれていたが、絢理が名前を呼んでも揺すっても起きなかったため、下校時間も迫ったので先生が帰したらしい。
『青春だわ』と聞こえた先生の呟きは、聞こえなかったことにした。
青春なんてそんな爽やかなものじゃない。
私はあの人に自分の醜さをぶつけてしまっただけだ。
あの日の涙と彼への仕打ちは絢理の中での後悔だ。
あの人ならきっと許してくれるだろう。
彼はそういう人だと思う。
だけど……。
保健室まで運んでもらったという恥ずかしさも含めて、絢理は彼に会いに行くことができなかった。
自分のしたこと、そして彼が言った「支える」の言葉。
意識しすぎて考えただけで頬が熱くなるのを感じた。
それが二週間もの間、彼に会いに行けないもう一つの理由でもある。
「絢理?」
友人の声で我に返る。
今は、友達三人で昼食を食べている途中だった。
すぐそばで開かれた窓から、風がそよそよと頬に触れる。
「最近どうしたの?ぼーっとして。あ、もしかして……」
それまで心配顔だった友人の顔に、にやりと笑みが広がる。
「恋でもしましたかぁ?絢莉さん」
あながち間違いでもない指摘に、顔がカーッと熱くなった。
「え、マジで?!誰?一年?」
「ちょっと、里佳子、食いつきすぎ」
呆れたように別の友人が食いついた友人、里佳子を止めるが、里佳子は、
「だって気になるじゃん!」
と一蹴する。
「ううん、先輩だよ……」
「え、先輩?!」
里佳子はもちろん、止めてくれた友人も驚いている。
「な、名前は?名前!」
「えっと……山波先輩?」
絢理もなぜ自分がこんなに素直に答えているのかわからなかった。
しかも、会いづらくて仕方がないはずなのに、名前まで言っている。
「やまなみぃっ?!」
里佳子が椅子をガタンッと倒して立ち上がった。
当然周囲の視線が集まる。
里佳子は一瞬呆けた顔をした後、我に返ったようにごめんごめん、と平静を装って椅子に座り直した。
そして、周囲の視線がそれた頃、こそこそと話し始める。
「ちょっと、山波ってもしかして山波悠祐のことじゃないでしょうね?」
「あれ、里佳子知ってるの?」
「うがぁああ!」
今度は周りを気にしてか、小さな声でリアクションする里佳子に、絢理は「?」マークしか浮かばない。
数秒悶えた里佳子は、はぁ、と一息吐くと、再びこそこそと話し始めた。
「山波先輩はやめときなさい。倍率高すぎ。容姿端麗、成績優秀、バスケ部のエースでおまけに生徒会役員とくれば、手を出さないに限るわ」
「うわ、里佳子、なんでそんなこと知ってんの」
もう一人の友人が顔をしかめるのを横目に、里佳子は続ける。
「今まで玉砕した女子両手以上。二月のバレンタインは女子同士で牽制し合って、結局渡せたのはいつも近くにいる生徒会長だけだとか。最近じゃ、友達の葛城先輩とつるんでる姿が目撃されすぎて、ゲイ疑惑も浮上中。なんせやっかいなのよ、色々と」
自分が一番悠祐のことをわかっていると思っていたのに、それを上回る情報を里佳子が持っていることに驚いた。そして、少し気落ちする。
結局、わかったつもりでいたのは私だけだったんだな……。
「あたし、絢理には幸せになってほしいのよ。色々辛いことがあったと思うし、まだそれもぬぐえてないと思う。恋することが悪いってわけじゃなくて、むしろいい傾向だと思うから応援したいけど、とにかく相手が悪すぎるのよね……」
里佳子は言い終わるとはぁ、とため息をついて椅子の背もたれによりかかった。
「見た目も頭もいいけど、中身と女子の嫌がらせが不安ってことか」
「そう、そうなのよ」
「だってさ、悠祐。どうする」
「俺に振るな」
え?
絢理は声の聞こえた方、窓へ目を向ける。里佳子たちが目を向けたのも同時だった。
窓枠に頬杖をついて「こんにちは~」と手を振る金髪の男子生徒。その横にもう一人。
「か、葛城先輩!」
里佳子が本日二度目の椅子倒しを行い、クラス中の視線が突如現れた上級生へ注がれる。
「あれ、俺の顔と名前も一致してるんだ。凄いねぇ」
里佳子の反応やクラスのざわめきを気にする風もなく、葛城先輩もとい葛城啓太はヒョイ、と窓を跨いで教室に入ってくる。
その後ろから、絢理が見知った、そしてこの二週間会いたくて会いたくて、でも会いたくなかった人も続いた。
「山波、先輩……」
「久しぶりだな、神月。体調、大丈夫か?」
「え、あ、はい……」
どうして、どうしてここに!という気持ちがぐるぐると頭を駆け巡って、うまく受け答えできない。
「悪いけど、一緒に来てもらえる?」
「え?」
疑問形だったはずなのに、気付けば悠祐に腕を掴まれ教室を出ていた。
「ちょっと、せんぱ」
「黙って」
絢理の教室は一番端。すぐそばに外に出る非常口がある。
悠祐は何も言わずにそのドアを開けると、人のいない校舎裏へ絢理を連れ出した。
絢理は手を引かれながら、なんで、どうして、と一緒に、外なのに外靴に履き替えなくていいのかとか、いつもこの人には手を引かれてばかりだなとか頭の片隅ではどうでもいいことばかり考えていた。




