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「それで先輩、私を探してたみたいですけど……」
悠祐は緩んでいた頬を引き締める。
「そうそう、聞きたいことがあったんだよ。あのさ、神月……おまえの母さん、今どうしてる?」
「母、ですか?」
絢理は首をかしげる。
「母がどうかしましたか?」
「いや、なんて言うか……最近体調崩してるとか、そんなことないか?」
悠祐の問いに、絢理は瞳を揺らすと曖昧に笑った。
「……よく、わかりましたね。やっぱり先輩は不思議な人ですね」
「じゃあ……」
「母は、妹が亡くなってから、体調を崩して。妹と同じあの病院に、いま入院してます」
やっぱりか、と悠祐は思う。あの扉の前。脳裏に浮かぶ顔は、確かにあの母親のものだった。
「すみません……ほんとは誰にも言うつもりなかったんですけど……」
「いや、言ってくれてありがとう。俺こそごめんな。辛いこと言わせて……」
「いえ……」
二人は黙りこむと、広いグラウンドを眺める。
雲は朱く染まり、少し紫が混じり始めていた。
「あのさ、こんなこと言って信じてもらえるかわかんねーけど……」
悠祐は言葉を選びながらポツリポツリ話し始める。
「あの扉の前でさ……おまえの母さんに、会った。顔色が悪くて、今にも消えそうだった。っていうか、精神体だったから消えちまったんだけどさ……」
「母が、あの扉の前に……?」
「ああ」
「そう、ですか……」
絢理は視線を下に落とすと、考え込むように目を伏せた。
膝の上で組まれた手は心なしか震えているように見える。
早春の冷たい夕風が二人の髪を揺らし、彼女はふと目を開ける。
「先輩。きっと先輩が会ったのは、母だと思います。母は妹が亡くなってからふさぎこんで……全て自分のせいだと、責めて」
絢理の手に力が籠もり、関節が白く浮く。
「今入院しているのも、意識がないからなんです。お医者さんは目が覚めない以外は異常はないって。きっと精神的なものだっておっしゃってるんですけど……」
悠祐は絢理の声が震えているのに気が付き、顔を覗きこむが、絢理の手がそれよりも早く顔を覆う。
「私、どうしたらいいのかわからなくて。私は先輩の、あの空間のおかげで前に進もうと思えたけど、お母さんが苦しんでるのにただ側にいることしかできなくって。呼びかけても返事をしないお母さんに、どうしたらいいのか、もう」
指と指の隙間から溢れる水滴が、絢理のスカートを濡らしていく。
堰を切ったように、絢理の涙は止まらず流れ続けた。




