竹中平蔵さんが話題になってるらしい
竹中平蔵という方が、今、ネットで話題になっています。
「正社員をなくせばいい」私がなぜそう考えるのか。
竹中平蔵氏の主張する解雇規制の緩和、即ちは社員を首にしやすい方が、経済に良いだの、悪いだのという話が盛り上がっています。
この竹中平蔵さん、若い方は知らないでしょう。
どういう方かというと、小泉政権下で頭角を現した経済学者です。
様々な政策を担当する悪名が先立った元大臣でした。
小泉政権下の金融再生プログラムや構造改革といった政策で、様々な功もあり、失敗もありという方でして、何で70代半ばの老人が、今更出てくるのかと言われれば、端的に言えば竹中氏はZ世代も真っ青な承認欲求モンスターだという事なのでしょう。
竹中氏からすれば、当時、割の合わない仕事を押し付けられたのに、自分が悪役にされるのが気に食わないのでしょう。
私からすれば、承認欲求に従って、当時誰々が悪かったんだと言えば良いのになと思うのですが、よほどの恩義がある人だからか、立場的にまだ言えない人なのか、それとも、単に自分は間違ってないという主張なのか、そのどれかという所。
まぁ、自分は間違ってないという主張なんでしょう、多分。
今回の竹中氏の評価の軸は、大きく言えば3つとなるようです。
竹中氏は、ケチ派なのか、それとも救世主だったのか。
竹中氏の推進した構造改革は正しかったのか、間違っていたのか。
竹中氏なんて関係ない、自分はちょい噛みで、解雇規制緩和は正しいのか、間違っているのかを言いたいだけ。
私の竹中氏への評価は、素直に構造改革は、低賃金低物価政策だったと白状すれば、真っ当に評価する人も現れるだろうにといった所です。
ただし、昨今はアンチデフレ政策が評価される状態なので、低賃金低物価政策が真っ当に評価されるかは、相当未来の事になりそうです。
竹中氏の推進した構造改革に付随する解雇規制緩和の流れ、即ちは派遣業の拡大なども、決して高賃金などではなく、日本国内において、低賃金政策として機能しているように思えます。
政府が狙った通りの効果が出たなら、評価せねばならない。
それが私の価値観です。
だと言うのに、竹中さんたら、世間のウケを狙って給料が上がるとか言うんだもんなぁ…。
さて、評価軸を一つずつ片付けましょう。
竹中平蔵氏は氷河期世代にトドメを刺したケチ派だったのか?
それとも氷河期世代を救った救世主だったのか?
私は明確なケチ派だったという評価になります。
というのは構造改革は、明確にグローバリズムに対応した低賃金低物価政策であり、肝心のマクロ経済政策である金融再生プログラムも、ケチがつくほどの節約を実行したからです。
税金を1円足りとも無駄にするな、不景気の中、血税という言葉が当時よく使われました。
マクロ経済政策的には知っての通り、不景気の中の節約は、最悪と言っていい志向方向です。
世代論的に、バブル崩壊を更に拡大させた焼け跡世代、即ちは戦前世代だった宮澤熹一総理より後、細川さんから小泉さんまでの世代は、景気感が大きくマイナス方向にズレています。
実は焼け跡世代は、バブル崩壊を不景気ではなく、概ね好景気と捉えていました。
ですから、当時の歴代政権は、好景気下でやるべき政策である、緊縮財界による節約と増税、そして謎の精神論を繰り返しています。
対して、戦前世代である宮澤熹一総理は、金融業界への公的資本注入を主張しているのです。
宮澤熹一総理の公的資本注入を阻んだのは、他でもない焼け跡世代でした。
しかし、公的資本注入、即ちは金融再生プログラムを実行した、小泉政権だけは焼け跡世代とは違うのだと評価する人もいるでしょう。
小泉政権を他とは違うんだと評価する方に対しては、ならばここまで不景気を拡大させて、いったい他にいつ公的資本注入をやるつもりだったのか?といった観点が抜けているように私は思います。
そして、小泉政権では、明確な焼け跡世代的な節約傾向が抜けていないからこそ、ただ助ければ良いだけだった話を『痛み』が必要に変えるという話が出てくるんです。
血税は無駄に出来ないから、ここまで歴代政権がバブル崩壊を更に拡大させたのに、何故かまだ節約しなくちゃならなくて、国民は痛みを感じる必要があったのでしょうと。
節約の他に痛みを感じる必要はありましたかと。
更に構造改革による痛みが本当に必要だったのかが真に問われたのが、アベノミクスでした。
アベノミクスでは、ほぼ金融政策単体で失業率が回復しました。
構造改革派の旗色は、この際はっきり言いますが、悪くなったのではなく、消滅したのです。
白旗に、へのへのもへじを描かれている。
国家はとっくに蹂躙されて、軍旗は第二世代、第三世代のおもちゃにされている状態です。
それくらい、現状の構造改革の是非には大差があります。
ただし、竹中氏の推進した構造改革が低賃金低物価政策を目指した物だとしたら、一定の評価を下さなければなりませんと私は思います。
1990年代以降、コンテナリゼーションによる世界的な変化は、物価の低い途上国に明確な優位性をもたらしました。
それがグローバリゼーションと呼ばれた、物価の低い国でのサプライチェーンの構築です。
先進国の製造業はグローバリゼーションによって軒並み衰退しました。
2000年代以降の世論では、国際競争力という言葉が公然と叫ばれるようになります。
その中で、日本全体を低賃金化させて、基幹産業である製造業の衰退を遅らせる事は、財界にとっては悲願だったのです。
また、1990年から始まった焼け跡世代の超ドケチ的価値観と、バブル崩壊アレルギーによる節約志向は、明確に合流しています。
低賃金低物価政策への思索は、当時としては、世論に迎合した妥当な決断ではあったのです。
本当にそれが正しかったかは別として。
IT産業の登場に対して、日本は新産業への移行が早ければ衰退しなかったという意見があります。
製造業を捨て、IT産業へ。
しかし、私は日本の基幹産業がIT産業になったかは懐疑的です。
それは、日本の言語圏の人口が相対的に小さいからです。
ニコニコ動画に対してYouTube。
両者を分ける要因はなんでしょうか?
それは、市場規模の違いです。
英語という言語圏の人口と全体の所得は日本単体とは比べるまでもありません。
そもそも得られるリターンの規模が違うのです。
世界と同じ事されすれば、日本は発展出来るんだといった意見も散見します。
私はその意見にも懐疑的です。
世界は国であろうが、生物であろうが、適者生存が原理原則です。
不格好で、弱そうでも、生き残ればそれが正解である。
世界と日本が全く同じ事をするのと、適者生存は、整合性が一切取れていないと感じるのです。
ですから、他の国とは違う、当時の低賃金低物価チャレンジには、一定の評価を与えて良いと言えるでしょう。
結局、先進国の衰退は、いかなる手段でも止められないといった結果が出て、あらゆる指標で、少し日本が不利に見えるだけです。
私が竹中氏を評価しない理由は一つだけです。
今の世に迎合して、構造改革は高賃金政策だったと偽り、低賃金低物価政策を志向した物だったと素直に認めないからです。
さて、解雇規制緩和についても書いておきましょう。
まず、メリットとデメリットがあります。
一つは、景気に対して賃金が良く反応する事。
解雇を簡単に出来れば、給料が上がるんだと主張する方がよく居ます。
世界恐慌のアメリカのデフレを一度勉強してみた方が良いかもしれません。
当然、当時のアメリカに解雇規制なんてありませんから、給料がどう動くかを理解出来るようになります。
不景気では、給料の下げ幅は大きく、好景気では、給料の上げ幅が大きい、景気の変動により素直に動くようになるのが、解雇規制の緩和です。
ですから、自国の政府がマクロ経済政策音痴ならば、解雇規制緩和は、政府にとっても労働者にとっても明確に失策となります。
それは、給料の下げ幅の大きくなる不景気からの回復が遅れるからです。
給料に合わせて、物価の変動も大きくなると思われます。
主にインフレ方向です。
インフレは悪い事ばかりでもないので割愛。
次に新産業、雇用の流動性を高める事によって、儲かる業界への人材投入が早くなる事ですが、様々な論点が存在します。
まず、末端のサービスの質は軒並み低下すると見て間違いないでしょう。
これは、使えない人材だけが末端のサービスに残り、本来調整する所でも、使えない人材だけが残るからです。
新産業への国家的なアプローチですが、ランチェスター戦略を参考にすると、解雇規制緩和の問題点が見えて来ます。
私が先に書いた論点でもあるのですが、大国に正面から立ち向かって、本当にプラスになるのか。
本当に勝てるのか。
もちろん勝てる時もあるでしょう。
しかし、始めから他の戦略を取るのが妥当だったりします。
むしろ、古い産業を守り続ける事により、古い産業にイノベーションが起こるパターンもあるのです。
また、日米半導体協定のように、今の日本の状態で新しい産業への挑戦でトップをとったら、内政干渉を受けて業界ごと潰される可能性への留意も必要です。
USスチールの例を見ると、ネットの解雇規制緩和の議論が、如何に幼稚なのかが理解出来るかもしれません。
古い産業を捨てろ、補助金を出すな、それらはゾンビ企業だといった主張を、そこかしこで見かけます。
USスチールを例にアメリカを参考にすると、絶対に捨ててはならない古い産業は、補助金を出して何としてでも残す。
当然良い人材は他の業界に取られているから、イノベーションは起こらず生産性は他国に対して劣位になる。
それならば、他国の技術を無理矢理入れてしまえば解決するだろう。
それがUSスチールの顛末でした。
国際社会は正直者は弱って立ち去るしかなく、ズルい者勝ちと相場が決まっています。
そして、国家の産業育成の正解は分散投資一択です。
ネット内の解雇規制緩和は、正に鴨が葱を背負っているような政策一年生向けの議論と言えましょう。
結論として言えば、経済政策においては、基軸を他国と違う物にする事にこそ実は価値がある。
急進的左派のような、思想だだもれの異論を許さない手法など完全に無視して、ズルい者勝ち以外の道を一切目指さないなどの志向が真に有効なようです。
結論として、日本にとって解雇規制緩和に大きな価値は存在しないと言えましょう。
結局はとなりの青い芝生です。
変えた所でメリットもあればデメリットもあるでしょう。
日本に合っているかは疑問符がつきます。
そもそも、何を目指しているのかさえ私からは理解し難いと感じます。
マーケティングを学んだら一度は見たことありますよね?ランチェスター戦略。
知識は使えなきゃ全部無駄なんですが、いったい何処に捨ててきたんだろう?
たとえば政策の有効性を見るに、それは、小国のタックスヘイブン国の志向と如何に類似しているかなどを見ればいいのかもしれません。
と考えると、竹中平蔵氏の主張自体にはあまり意味がなく、話題に上がるといえば実はその性格に見るところがあり、昔からその時の世論に迎合して、自身の承認欲求を満たしたいのは一貫していて、かつ、相手のその場の欲求に、何となく理屈で応えられる能力が非常に強い人という事なのかもしれません。
竹中平蔵さんの説明でした。




