『夜逃げ済みの魔法使いからの手紙』
『この度は大変申し訳なかった。事情を知らなかったとはいえ、良かれと思ってしたことがこんな結果を招くとは思ってもみなかった。すみません。ごめんなさい。
とは言っても、この手紙を読んでいるのが誰かによっては、一体何のことだかと思うだろうから、少しだけことの仔細について、俺が理解している範囲を書いておこう。
封筒に書いてある名前で察してくれた人がいると嬉しいが、俺は以前まで王城仕えの魔法使いとして、そちらの城にお世話になっていた。
俺のように城務め、もしくはこの手紙を読むことの出来る立場にいる人間なら多分知っていると思うが、第三王子とその婚約者の仲はあまり良好とは言えなかった。なんで婚約が解消にならないのかと思っていたのは俺だけじゃないだろう。
三か月ほど前、上司から解雇を宣告された。以前から平民出身なのを散々当て擦ってきていた相手だったので、いつかそんなことを言われる日も来るだろうと思ってはいた。まさか降格とかじゃなくいきなり解雇だとは予想外だったが。
念のためにそれなりに貯金もしていたし、適当にわかりましたーと返事された元上司の顔は少しだけ愉快だったが、今後の事を考えると笑える状況じゃなかった。今月一杯でここを辞めて、果たして一体これからどうしたもんかと城の中庭を歩いていると、落ち込んだ様子の第三王子の婚約者を見かけた。
ここからは彼女のことを「ご令嬢」と呼称させてもらう。
普段だったら無礼打ちや減給が怖くて見なかったことにしてたんだろうが、その時の俺は解雇が決まった無敵状態。もう当時の心境もうろ覚えだが、おそらく怖いもの知らずになってたんだろうと思う。じゃなきゃ、大丈夫ですか、なんて声は掛けられない。
それでも、周囲に侍女やらがいればそんなことはしなかった。ご令嬢が一人だったから、俺は声を掛けることができた。今にも死にそうな顔色だった。俺に弱音を吐いたのも、精神的に色々と限界だったからだろう。
第三王子のことは昔から好きだが気持ちを返してもらうことが出来ない、叶わない恋が辛い、解放してあげるべきなのだろうが諦めることが出来ない、親からの期待も重い、等々。
恋愛経験の薄い俺がそれに対しての回答など持ち合わせているはずもなく、自分的には真剣だが、傍から聞いたら適当に聞こえるのだろう相槌を打つこと二十分ほど、俺は気付いた。ご令嬢に掛かっている微弱な呪いの存在に。
遠くから見掛けただけじゃ気付かない、こうして隣に座って観察する程度の精神的な余裕があるからこそやっと気付けるほどの、薄く薄い呪い。
だがそれは、耐性の無い貴族令嬢の人生を決定的に歪ませるには十分すぎるもので、一応まだ城務めの魔法使いとしては、解呪しようと考えるのは当然の流れだったと今でも信じている。
今これを読んでいる誰かが知っているかは知らないが、呪いというのは基本的に第三者が解呪すると掛けた当人に返っていく。結局はリスクとリターンの問題であり、強力な呪いほど解呪するのも難しいので釣り合いは取れているのだが、現状から鑑みるに、その呪いを掛けたのは第三王子だったのだろう。
解呪後に理解したことだが、呪いの元はご令嬢の左手薬指に嵌っていた指輪。要は、第三王子から贈られた婚約指輪だった。やばいと思った。しちゃいけないことをやらかしたと思った。
解呪した瞬間からご令嬢はまるで憑き物が落ちたように表情が晴れたが、俺はその対極。何せ呪いがどこに返っていったかわからない。そもそも解呪したら駄目だったんじゃないかこれと、顔色を失っていたと思う。どういう呪いかもわからず、婚約指輪が呪具であることを知り、あまつさえそれを解呪してしまった。消されると思った。解雇の前に殺害されると。
俺はご令嬢に急用が出来たと言って上司の元に戻り、月末とか言わずに今すぐ辞めますと宣言して城を出てきた。そこから諸々身辺整理の後、王都を脱出。今に至る。
現在、俺は他国にいるわけだが、人伝に聞いたところ、なんでも第三王子の容体があまりよくないとか。原因不明のままだと解決の糸口も掴めないだろうと思い、今回手紙を書かせていただいた。
既に判明していることだったら申し訳ないが、おそらく原因は俺が解呪した呪いにある。呪いの元は第三王子だったのだろう。第三王子はただ消えた婚約者を探し求めて気鬱になっているのではなく、それがさらに返ってきた呪いによって増幅されている状態なのだと俺は見る。
呪いは蓄積する。簡素なものほどその傾向は強く、もしご令嬢が婚約成立時の五年前から指輪をずっとつけ続けていたのなら、ご令嬢と指輪の間で増幅された呪いは、跳ね返った今、解呪が極めて困難な代物になっている可能性が高い。被害者であるご令嬢を解呪する過程に問題はなかったが、二次被害者、要は加害者だが、そっちは正直どうでもいいと思って、特に躊躇なく解呪してしまった。
書き忘れていたが、おそらく呪いの内容は「恋心の固着」。恋心が元からご令嬢の仲に存在していたのものなのかまでは、解呪の時に調べられなかった。解呪してからどういう呪いかわかったので。
知りたい場合は、呪いの現物と向かい合っているだろう担当者に聞いてほしい。これが五年分も増幅されて跳ね返ったとなると、正直俺には第三王子の現状が想像もつかない。
王子の因果応報とはいえ俺にも説明責任があると思うし、もうそちらの城とは無関係な身なので、担当者や元同僚たちが言い難いことを代わりに伝えよう、というのがこの手紙の第二の本題だ。
多分だが、解呪には相当な時間と労力がかかる。一朝一夕でほい解呪、というわけにはいかない。これは元同僚たちの技術や練度の問題じゃなく、呪いの性質の問題だ。強力な呪いではなく、簡素な呪いが積み重なっている以上、それの解呪には呪いを少しずつ溶かすという作業が必要になる。層を一枚ずつはがしていく、と書くと想像しやすいだろうか。
跳ね返す相手がいない、つまり自身の呪いを自身で食らっているので呪いの逃げ場が無く、ならば術者の体内で消化していく、というのが一般的。少なく見積もっても三年、普通に考えれば、ご令嬢の中で増幅されていたのと同じくらいの時間はかかる。
もっと早く解呪する方法を元同僚たちが知っているのならそれでいいが、そうでないなら、王子の扱いは考えた方がいい。少し体調崩した、とかじゃなくて、重めの病気になってしまったとか、そういう風に。
王子の自業自得だと思ってはいるが、俺ももう少し考えるべきだったところはある。それに関しては申し訳ない。重ねて謝る。
ただ、呪いというのは非常に恐ろしいものだ。もし仮に俺が解呪しなかったとしても、近い将来指輪が耐えきれなくなり、溢れた呪いが方々に派生していただろう。そうなった場合、一体何人が影響を受けることになったのか、俺には想像もつかない。
お呪いは、子供の冗談で済ませているうちが平和だ。
第三王子の回復を祈っています。その頃には、彼も自分の行いを反省していることでしょう。
お目汚し、大変失礼致しました。』
「……こんなもんか? 偉い人に手紙なんか書いたことないし、わかんねえな……」
――コンコン。
「どうです? 書けましたか?」
「……一応……?」
「ふふ、そんな不安そうな顔しないでください。私が確認して、手直ししておきますから」
「そうしてくれると助かります……。でも、本当に俺の手紙なんか王城に届くんですか? どこかで不審物として燃やされて終わりな気がするんですけど……」
「私の手紙と一緒に兄に送りますから問題ないですよ。内容さえわかってれば、こんな親切な手紙燃やす人なんていません」
「だといいんですけど……。んー、もうちょっと柔らかい書き方にした方がいいのか……?」
――パシッ。
「あっ」
「もー、何時間かけてるんですか? 明日休みってわけじゃないんですから、後は私に任せて寝てください。ねっ?」
「……じゃあ、お言葉に甘えて。……すみません、風呂入ってきます」
「はーい。ごゆっくり。中で寝落ちしちゃダメですよ?」
「そこまでは疲れてませんよ」
――パタン。
「……本当、お人好しなんですから。あんな王子のためにこんな丁寧な手紙。……ま、後はお兄様に任せましょう。もう私には関係のない人なんですから」
――パタパタ。
「さて、明日の朝ご飯は何作りましょうかねー」




