107話:会談
帝都中央会議院。
巨大な円卓の周囲に、各国の使者たちが座っていた。
帝国。
王国。
北方連盟。
海洋商業国家。
そして、小国群。
全員の表情が重い。
理由は単純だった。
もう無視できないからだ。
辺境の一集落だった場所が、国家を揺らしている。
食料。
物流。
医療。
教育。
全てで。
しかも軍事ですら強い。
その中心にいるのが、グロマール。
そして今、その本人が会議室へ入った。
黒衣。
装飾無し。
威圧も無い。
だが空気が変わる。
全員が理解していた。
この男は。
世界を変え始めている。
帝国財務・兵站院主席、レオハルト・ヴァン・グレイムが静かに口を開く。
「……初めてお会いする、グロマール殿」
グロマールは短く頷いた。
「用件は」
無駄がない。
レオハルトは机上の資料を指で叩く。
「確認だ」
「貴殿の国家運営が偶然か、再現可能か」
会議室が静まる。
感情論ではない。
最初から核心だった。
グロマールは即答する。
「再現可能だ」
小さなどよめき。
レオハルトはさらに問う。
「条件は」
「教育」
「物流」
「食料」
「医療」
「治安」
「失敗を許容する環境」
淡々としている。
だが重い。
王国使者が口を挟む。
「そんな理想論で国家は回らん」
その瞬間。
セレスが静かに資料を投げた。
数字だった。
出生率。
病死率。
犯罪率。
識字率。
農業収穫率。
物流速度。
全て改善している。
しかも異常な速度で。
セレスが冷静に言う。
「理想論なら数字が出ません」
誰も反論できない。
レオハルトだけが資料を読み続けていた。
細かく。
異常なほど細かく。
物流経路。
保存率。
農地回復。
労働効率。
教師数。
病床回転率。
その視線を見て、グロマールが僅かに目を細めた。
この男だけ違う。
理解している。
レオハルトは静かに言う。
「……なるほど」
「教育だけではないな」
誰もが見る。
レオハルトは続けた。
「食料不足を減らす」
「病を減らす」
「学習時間を確保する」
「物流を安定させる」
「治安を改善する」
「失敗しても再挑戦できる」
「だから人材が育つ」
その言葉に、セレスが僅かに笑った。
「理解が早いですね」
レオハルトは否定しない。
「理解しなければ帝国が死ぬ」
空気が変わった。
この男は、ただ否定しに来たわけではない。
帝国の老使者が低く言う。
「レオハルト殿、まさか本気で……」
レオハルトは遮る。
「現実を見ろ」
「既に地方人口流出が始まっている」
「商会はグロマール側物流へ依存」
「農民は逃げる」
「治癒師も流れる」
「止まらん」
誰も反論できない。
全部事実だった。
レオハルトはさらに続ける。
「問題は一つだ」
「再現できるか」
ここ。
ようやく会談になった。
グロマールは答える。
「できる」
「ただし邪魔が入れば失敗する」
王国使者が眉をひそめる。
「邪魔?」
今度はグロマールが資料を置いた。
「既得権」
「腐敗官僚」
「教育独占」
「中抜き」
「地方搾取」
「貴族特権」
「無意味な身分制」
「全部障害だ」
静まり返る。
痛いほど分かっているからだ。
レオハルトが目を閉じた。
そして。
決断した。
「ならば隔離する」
全員が見る。
レオハルトは立ち上がった。
「帝国北東部」
「飢饉常習区域」
「人口流出州」
「あそこを実験州にする」
会議室がざわめく。
「正気か!?」
「貴族が許すわけない!」
「自治権を与える気か!」
レオハルトは一切揺れない。
「与える」
「地方貴族介入禁止」
「教育自治」
「物流自由化」
「魔法教育解禁」
「農地改革」
「医療院増設」
「三年観察」
帝国使者が青ざめる。
「そんなことをすれば議会が!」
レオハルトは即答した。
「だから皇帝を巻き込む」
空気が凍る。
ここまで考えていた。
王国側の若い使者が震える声で言う。
「……失敗したら?」
レオハルトは迷わない。
「一州で止まる」
「成功したなら拡大する」
合理的だった。
完全に。
グロマールは静かに見ていた。
レオハルトは視線を向ける。
「貴殿を真似はせん」
ここで会議室が再び静まる。
レオハルトは続けた。
「帝国規模で急進改革は内乱を起こす」
「だから段階的にやる」
「だが止めん」
「止めれば帝国が死ぬ」
そこに感情論は無かった。
国家運営だけがあった。
その時。
小国ベルセリア王国の女王代理、フィリアが口を開いた。
若い。
だが目が鋭い。
「……我が国も参加する」
会議室がざわつく。
フィリアは続ける。
「我が国は小さい」
「だから変えやすい」
「農業改革」
「学校設立」
「物流整備」
「先に始める」
北方小国の使者も立ち上がった。
「我々もだ」
「冬季飢饉を止めたい」
「毎年、人が死ぬ」
次々と声が上がる。
「医療院を学びたい」
「魔法教育を導入したい」
「紡織技術が欲しい」
「物流路を繋げたい」
もう止まらなかった。
それを見た帝国強硬派が怒鳴る。
「馬鹿共が!」
「世界秩序を壊す気か!」
その瞬間。
マイクが鼻で笑った。
「壊れるのは、“食わせなかった側”だけだろ」
誰も否定できない。
レオハルトは静かに言う。
「時代が変わる」
「ならば学ぶしかない」
そして。
グロマールを見る。
「協力を求める」
グロマールは短く答えた。
「構わん」
「ただし条件がある」
「人を使い潰すなら、俺は降りる」
レオハルトは即答した。
「当然だ」
その瞬間。
会議室の空気が変わった。
戦争前夜だった空気が。
“変革前夜”へと変わっていく。
誰も理解していた。
もう戻れない。
世界は。
動き始めてしまったのだ。




