105話:反乱
雨が降っていた。
重い雨だった。
王都。
貴族街。
豪奢な屋敷の窓を雨粒が叩いている。
暖炉の火。
赤い絨毯。
高級酒。
磨かれた銀食器。
そこに集まっていたのは五人の貴族だった。
全員が顔を曇らせている。
苛立ち。
焦り。
恐怖。
空気が濁っていた。
最年長の男が低く呟く。
「……もう限界だ」
誰も否定しない。
机には書類が山積みになっている。
税収低下。
物流停止。
人材流出。
価格崩壊。
全部が繋がっていた。
原因は一つ。
グロマールの都市。
若い貴族が酒を叩きつけた。
「ふざけるな!」
「たかが農村上がりが!」
「何故こうなる!?」
怒鳴り声。
しかし誰も同調しない。
現実が重すぎた。
別の男が疲れた声を出す。
「職人が逃げた」
「織工も」
「鍛冶師も」
「教師までだ」
「病人も都市へ流れている」
「治療院があるからな……」
空気がさらに沈む。
昔なら有り得なかった。
農民は土地に縛られていた。
病人は死ぬしかなかった。
孤児は路地裏で消えた。
それが普通だった。
だが今は違う。
都市へ行けば生きられる。
教育がある。
仕事がある。
病院がある。
飯がある。
だから人が流れる。
止まらない。
若い貴族が歯噛みする。
「民が我慢を覚えなくなった」
その瞬間。
年老いた貴族が睨んだ。
「違う」
「今までが異常だったんだ」
静まり返る。
誰も言い返せない。
理解している。
薄々分かっていた。
自分達は。
“他に選択肢が無い民”で成り立っていた。
貧困。
病。
無知。
それを当然としてきた。
だから都市は脅威だった。
環境を変えてしまった。
人が「比較」を覚えた。
その時点で終わりだった。
別の男が低く言う。
「奴隷商人も潰された」
「裏市場も閉鎖状態だ」
「利益が消える」
「治安まで良くなっている」
「意味が分からん」
意味は単純だった。
教育。
食料。
医療。
雇用。
それだけ。
でも、それだけで世界は変わる。
若い貴族が吐き捨てる。
「化け物め」
老貴族は静かに言った。
「違う」
「化け物なのは、あの都市の循環だ」
沈黙。
誰も否定できなかった。
そこへ。
扉が開いた。
黒服の男。
痩せた顔。
情報屋だった。
「報告します」
「また流出です」
「どこだ」
「東部農村」
「農民三百」
「鍛冶師十二」
「薬師三」
「教師志望八」
「孤児十九」
空気が凍る。
止まらない。
全部吸われる。
都市が成長するほど、周囲が死ぬ。
若い貴族が叫ぶ。
「反乱だ!」
「これは国家反逆だ!」
老貴族は冷静だった。
「違う」
「民が逃げているだけだ」
その言葉が重かった。
武力反乱ではない。
民衆暴動でもない。
もっと静か。
もっと致命的。
“見捨てられている”。
それが現実だった。
一方。
都市。
朝。
石畳が濡れている。
雨上がり。
市場は活気に満ちていた。
パン。
スープ。
布。
薬草。
子供達の笑い声。
以前の世界では考えられない光景。
治療院前。
ミネルバが患者を診ている。
「熱は下がっています」
「今日は少し歩きましょう」
老人が涙ぐむ。
「歩けるなんて……」
昔なら死んでいた。
病気は終わりだった。
今は違う。
環境が違う。
その横。
孤児院。
ピーターが子供達へ教えていた。
「魔力は怖くない」
「ちゃんと流せば大丈夫」
小さな子供達が真剣に聞いている。
獣人。
人族。
エルフ。
魔族。
全部一緒。
そこに差別は無い。
環境が違うから。
怒鳴る教師もいない。
殴る大人もいない。
だから子供達が萎縮しない。
伸びる。
育つ。
学ぶ。
それが普通になっていた。
グロマールは高台から都市を見る。
セレスが隣へ来た。
「動いたわね」
「貴族達」
「当然だ」
グロマールは静かだった。
セレスが紙を見せる。
「流言」
「都市は魔族に支配されてる」
「洗脳してる」
「人を奪ってる」
「いつもの手口ね」
グロマールは頷く。
「環境で負けた側は、恐怖を売る」
セレスが少し笑った。
「上手い事言う」
実際その通りだった。
比較されると負ける。
だから恐怖を煽る。
それしかない。
ミレナがやって来る。
「また難民が来てる」
「今度は西側」
「食料不足だって」
グロマールは即答した。
「受け入れる」
ミレナは少し困った顔をした。
「人口増えすぎ」
「学校も病院も足りなくなる」
セレスが静かに答える。
「だから増設する」
「止めない」
ミレナが苦笑する。
「簡単に言うなぁ」
でも否定しない。
彼女自身、変わった。
昔は守るだけだった。
今は育てる事を知っている。
都市外。
難民達が歩いていた。
痩せている。
疲れている。
怯えている。
昔の村と同じ。
その中に少女がいた。
母親の手を握っている。
ぼろぼろだった。
門前。
兵士達が並ぶ。
しかし威圧しない。
マイクが前へ出る。
「ようこそ」
「ここでは飯が食える」
少女が目を見開いた。
信じられない顔。
マイクは笑う。
「あと、ガキは学校行け」
周囲が少し笑う。
空気が柔らかい。
それだけで救われる人間がいる。
都市の中。
ジミーが物流表を見ていた。
「……増えるな」
「止まらねぇ」
物資。
人。
技術。
全部が流れてくる。
それは力だった。
同時に。
周囲の崩壊でもあった。
ジミーは苦笑する。
「俺達、普通に世界壊してるな」
セレスが冷静に返す。
「違う」
「壊れてた世界が、耐えられなくなっただけ」
夕方。
王都。
再び貴族会議。
空気はさらに悪化していた。
報告が止まらない。
流出。
破産。
離反。
逃亡。
そして。
ついに一人が言った。
「……潰すしかない」
静寂。
老貴族が目を閉じる。
「軍を出すのか」
若い貴族が頷く。
「都市ごと焼く」
「今ならまだ間に合う」
誰もすぐ答えなかった。
なぜなら分かっていた。
都市の軍は強い。
教育された兵士。
統率。
物流。
治療。
魔法。
全部が違う。
しかも民衆支持がある。
昔の農民軍とは別物。
老貴族が静かに言った。
「……もう遅い」
誰も反論できなかった。
都市は国家になり始めている。
人が集まり。
知識が集まり。
技術が集まり。
循環が完成しつつある。
それはもう。
一人の英雄では止まらない。
環境そのものだから。
夜。
都市。
灯りが広がる。
学校。
病院。
工場。
孤児院。
全部が生きている。
グロマールは静かに空を見た。
争いは近い。
避けられない。
既得権は抵抗する。
当然だった。
でも。
止まらない。
もう人々は知ってしまった。
「人は環境で変われる」
その事実を。
だからもう。
昔の世界には戻れなかった。




