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第8話「偽りの神殿と、断罪の足音」

夜闇に沈む神聖国ルミナス。


昼間の華やかさが嘘のように静まり返った街を見下ろすように、中央にそびえ立つ白亜の大聖堂は、不気味なほどの威容を誇っていた。


本来であれば、神——つまり私を讃え、人々の心に安らぎを与えるための場所。しかし今の私の目には、その壮麗な尖塔から天に向かって、ドス黒いヘドロのような瘴気が立ち昇っているのがはっきりと見えた。


「リア様。大聖堂の周囲には、およそ百名ほどの神殿騎士が配備されているようです。巡回している鼠どもから順に、首と胴体を永遠にお別れさせてきましょうか?」


私の斜め後ろを歩くセラが、背中の大剣の柄に手をかけながら、ウキウキとした、しかし底冷えするような声で提案してきた。彼女の瞳は、不浄な者たちを前にして完全な「殺戮モード」へと切り替わっている。


「駄目よ、セラ。私たちは暗殺者じゃないんだから。……それに、こそこそ隠れて入る必要もないわ」


私は大聖堂の巨大な正門へと続く、真っ直ぐな大階段を見上げた。

そこには、先ほど孤児院から逃げ帰った恰幅の良い神官ヒルドの報告を受けたのか、松明を手にした数十人の重武装の神殿騎士たちが、分厚い盾を構えて立ち塞がっていた。


「来たぞ! 異端の魔女どもだ!」

「教皇猊下より、生け捕りの許可は下りていない! 見つけ次第、その場で肉片に変えろ!!」


怒号が飛び交い、一斉に抜刀の音が響く。

殺気立った男たちが、私たちというたった二人の少女に向けて、一斉に階段を駆け下りてきた。


「……愚かですね」


セラが、心底哀れむような冷たい吐息を漏らした。


「我が主が、せっかく慈悲の心で正面から赴いてくださったというのに。その神聖なる御足にひれ伏すこともせず、あろうことか刃を向けるとは」


セラが一歩、前に出る。


「——その大罪、世界を千回滅ぼしても贖えんぞ」



ドンッ!!



セラが石畳を蹴った瞬間、爆発のような轟音が響いた。

彼女の姿が掻き消え、次の瞬間には、先頭を走っていた十数人の神殿騎士たちの体が、まるで見えない巨大な竜巻に巻き込まれたかのように空高く跳ね飛ばされていた。


「な、なんだぁっ!?」

「がはっ……! ぐあぁぁっ!」


剣を振るうまでもない。セラが大剣を鞘に納めたまま、ただその圧倒的な速度と力で集団のど真ん中を駆け抜けただけで、彼らの強固な盾は紙くずのように拉げ、鋼鉄の鎧はひしゃげていく。


一滴の血も流させず、ただ純粋な「暴力」による蹂躙。


悲鳴を上げる間もなく、数十人の神殿騎士たちは階段のあちこちに転がり、白目を剥いて完全に沈黙した。


「リア様、道が開きました。どうぞ、お足元に気をつけて」


階段の上で恭しく一礼するセラに、私は苦笑しながら頷いた。

大聖堂の巨大な扉は、強固な魔法障壁によって封印されていた。青白い魔力の網目が扉全体を覆い、何人たりとも侵入を許さないと拒絶している。

だが、そんなものは私にとって、蜘蛛の巣ほどの意味も持たなかった。


「……開け」


私がそっと扉に指先を触れ、静かに命じた。

ただそれだけで。

パァァンッ!! という甲高い音とともに、国で最高の魔導士たちが何重にも張り巡らせたはずの絶対の結界が、まるでガラス細工のようにあっけなく粉々に砕け散った。

それと同時に、大人十人がかりでようやく動かせるような巨大な扉が、主を迎え入れるかのように音もなく左右に開け放たれる。


「行くわよ、セラ」


大聖堂の内部は、異様な空気に満ちていた。

祭壇の奥、立ち入りが固く禁じられているはずの地下へと続く隠し階段から、あの孤児院のシスター・アンナが言っていた「獣の唸り声」と、濃密な血の匂いが漂ってくる。

地下への階段を下りていくと、そこには巨大な空洞が広がっていた。

いや、空洞ではない。それは、邪悪な儀式のための巨大な実験場だった。


「ひぃっ、ひぃぃぃっ! 教皇猊下、お、お助けを! 奴らです、あの化け物たちが……っ!」


空間の隅で、先ほどの神官ヒルドが腰を抜かして震えていた。

そして、部屋の中央。

禍々しい魔法陣が描かれた石舞台の上に、純白の豪奢な法衣を着た白髪の老人が立っていた。

彼の手には、杖の先端に埋め込まれた青白く輝く石——『創世の欠片』が握られている。


彼こそが、この国の頂点に立つ教皇だろう。


「騒ぐな、ヒルド。……ほう、たった二人で我が神殿騎士団を突破してくるとは。異端の悪魔の眷属にしては、なかなかの力を持っているようだな」


教皇は私たちを見下ろし、傲慢な笑みを浮かべた。

その足元には、鉄の檻がいくつも並べられており、中にはアンナの孤児院から連れ去られたであろう子供たちが、恐怖に震えながら身を寄せ合っている。


「……子供たちをどうするつもり?」


私が静かに問うと、教皇は狂気じみた光を瞳に宿して高笑いした。


「どうするも何もない。これは『進化』のための尊い犠牲なのだよ! この『奇跡の御石』は、人間の魂と肉体を新たな次元へと昇華させる力を持っている!

だが、それにはまだ大人の穢れた魂では適応できん。無垢な子供の魂を触媒にしてこそ、神の兵士が生まれるのだ!」


教皇が杖を振りかざすと、部屋の奥の暗がりから、ズシン、ズシンと巨大な足音が響いてきた。

現れたのは、三メートルを超える異形の化け物だった。

人間の子供の面影を残した複数の顔が、不定形の肉塊の表面に浮かび上がり、苦痛に満ちた呻き声を上げている。アンナが言っていた、帰ってこなかった子供たちの成れの果てだ。


「さあ、見よ! これぞ私が『御石』の力で創り上げた最高傑作! 神に近づくための究極の生命体だ! 貴様らなど、この『神の獣』の餌食にして——」

「……黙りなさい」


私の口から、かつてないほど冷たく、底知れぬ怒りを孕んだ声がこぼれ落ちた。

その瞬間。

地下室の空気が、文字通り「凍りついた」。


「え……?」


教皇の顔から、笑みが消え失せた。

私が一歩、前に出る。

ただそれだけのこと。

それなのに、地下室の空間そのものが、私の存在という絶対的な質量に耐えきれず、ミシミシと悲鳴を上げ始めたのだ。


「し、息が……っ!?」


教皇とヒルドが、喉を掻きむしってその場に蹲る。

私が創り上げた『無償の愛』。親が子を思い、子が親を慕う、その美しい繋がり。

それを、自分の欲望と狂気のために踏みにじり、あろうことか無垢な子供たちをこんな醜悪な肉塊に作り変えるなど。


「私の名を騙り……私の愛した世界を、これ以上汚すことは許さない」


私が冷たく見据えた先で、教皇が絶対の自信を持っていたはずの『神の獣』が、ガタガタと激しく震え出した。魔物でさえ、己の魂の根源にある『創造主』の怒りに触れ、本能的な恐怖で身動き一つ取れなくなっているのだ。


「セ、セラ……いや、我の第一神徒よ」

「——はっ」


私が視線を向けずとも、セラは既に大剣を抜き放ち、静かに、しかし絶対的な殺意を纏って私の隣に跪いていた。


「あの哀れな魂たちを、解放してあげなさい。……塵一つ残さず、綺麗にね」

「御意に。我が主の御心のままに、すべての不浄を断ち切りましょう」


セラがゆっくりと立ち上がる。

その背中に背負われた大剣が、地下室の闇を切り裂くような、眩い白銀の光を放ち始めた。


「な、なんだその光は!? いけ、神の獣よ! 奴らを喰い殺せェッ!!」


教皇が恐怖に顔を引き攣らせて叫ぶ。


「——『神罰』」


セラが、一切の感情を排した声で呟いた。

彼女の剣から放たれたのは、単なる斬撃ではない。空間そのものを切断し、存在を根源から消滅させる、神徒としての絶対の権能。


光が弾けた。


巨大な魔物の肉塊が、悲鳴を上げる間もなく、無数の光の粒子となって空間に溶けていく。その光の中で、苦痛に歪んでいた子供たちの顔が、ふっと安らかな表情を取り戻し、天へと昇っていくのが見えた。


「あ……あぁ……っ!? わ、私の最高傑作が……奇跡の力が……ッ!」


一瞬にしてすべてを失い、へたり込む教皇。

私はその足元へゆっくりと歩み寄り、彼の手からこぼれ落ちた青白い石——『創世の欠片』を拾い上げた。


「……偽りの奇跡は、ここで終わりよ」


石は私の手の中で温かな光を放ち、すっと私の体内へと吸い込まれていった。

残されたのは、ただの無力な老人と、怯えきった檻の中の子供たちだけ。


「さあ、おうちに帰りましょう。アンナさんが、ずっと待っているわ」


私が檻の鍵を指先で弾き飛ばし、微笑みかけると、子供たちはワッと泣き出しながら私の足元へと縋り付いてきた。


偽りの神殿に、真なる断罪の足音が鳴り響いた夜。


狂信の都ルミナスを覆っていた黒い影は、今、完全に払拭されたのだった。

『とある第一神徒の手記』


リア様は全知全能たる創造神の権能の多くを天界に置いてきております。

一時的にではありますが、その権能を一片を行使できます。

ただ、これは無限回できることではないはず。御身が力を行使することは下界への干渉を意味します。

だからこその私なのですが…

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