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第6話「狂信の都と、神様の溜息」

アリエスの街を出立してから数日。


街道沿いの風景は、のどかな平原から、荘厳な白亜の石造りの建造物が目立つ景色へと様変わりしていた。


「リア様、足元にご注意を。先ほどからこの街道、無駄に装飾めいた石畳が増えており、主様の歩みを阻害する気満々と見受けられます。いっそ私が先陣を切り、この歩きにくい道をすべて粉砕し、平らかな真砂土の道へと造り変えましょうか?」

「やめてちょうだい、セラ。せっかく綺麗に舗装されてるんだから。それに、ここを更地にしたら国際問題になるわよ」


物騒な提案を真顔で口にする護衛をたしなめながら、私は前方にそびえ立つ巨大な城壁を見上げた。

白大理石で作られたその壁の向こうには、天を衝くような巨大な尖塔がいくつも立ち並んでいる。陽の光を反射して白く輝くその街並みは、一見すると天界の景色に似ていなくもない。


神聖国ルミナス。


それが、私たちが今から足を踏み入れようとしている国の名前だった。


「それにしても……」


私は街道の脇に等間隔で建てられている、奇妙な石像を見上げて首を傾げた。

筋骨隆々とした逞しい半裸の老人が、長い髭を蓄え、両手に雷のようなものを握りしめて天を仰いでいる。その足元には『偉大なる創世神エリュシオン、ここに在り』と仰々しい文字が刻まれていた。


「ふふっ、あはははっ! ね、ねえセラ、見てこれ。これが私だって!」

「…………ッ!!」


私が指差して笑い声を上げると、隣にいたセラは全身をワナワナと震わせ、今にも背中の大剣を引き抜きそうなほどの凄まじい殺気を放ち始めた。


「き、貴様らァ……ッ!! 我が美しく、可憐で、宇宙の何よりも尊きリア様の御姿を、このようなむさ苦しいヒゲダルマのオッサンとして彫り出すなど……ッ!! 万死! いや億死に値する冒涜!! 今すぐこの国の石工という石工の腕を切り落とし——」

「ストップ、セラ、深呼吸して! 人間なんて神の顔を見たことないんだから、想像で力強さを表現したらこうなっちゃったのよ。面白いからいいじゃない」


私は笑いを堪えながら、ギリギリと歯を鳴らすセラの背中をポンポンと叩いて落ち着かせた。

そう、この神聖国ルミナスは、私——創世神エリュシオンを絶対唯一の神として崇め、国教としている宗教国家なのだ。


自分を信仰してくれている国を訪れるというのは、なんだか照れくさいような、むず痒いような気分だった。

彼らがどれほど純粋に世界を愛し、平穏を祈ってくれているのか。

マーサの温もりを知った今の私には、人間の精神的な営みに少しだけ期待する気持ちがあった。


だが、その淡い期待は、街の正門である「裁きの門」に辿り着いた瞬間に裏切られることになった。


「次! 通行税として銀貨三枚、および教会への『贖罪の寄付』として銀貨五枚を納めよ!」


門の前に立つ、白い法衣の上に豪奢な鎧を着込んだ神殿騎士たちが、横柄な態度で通行人から金を巻き上げていたのだ。


「そ、そんな……! 寄付金がまた値上がりしているなんて。どうかお慈悲を! 妻が重い病で、この街の治癒院に診てもらわなければ死んでしまうのです! 通行税の銀貨三枚ならなんとか……!」


私たちの少し前で、みすぼらしい身なりの農夫が、荷車に寝かせた青白い顔の妻を庇いながら、騎士の足元に縋り付いて懇願していた。荷車の横では、幼い娘が母親の手を握ってポロポロと泣いている。


「ええい、汚らわしい手で触るな!」


騎士は顔をしかめ、縋り付く農夫を容赦なく蹴り飛ばした。


「ぐあっ……!」

「お父ちゃん!」


土埃に塗れる家族を見下ろし、騎士は冷酷に言い放つ。


「神聖なるルミナスへ入るには、魂の穢れを落とす『寄付』が必要不可欠だ! それが払えぬということは、お前たちの信仰心が足りない証拠! 創世神エリュシオン様も、そのような薄汚い貧者の入信など望んではおられん!」

「……ッ」


その言葉を聞いた瞬間。

私の胸の奥で、今まで感じたことのない種類の、冷たくて重い感情が渦巻いた。


(私が、望んでいない?)


そんなわけがない。


私はただ、すべての命が健やかに巡るシステムを創っただけだ。金貨の数で命の価値を量るようなルールなど、一つも創っていない。


必死に妻を助けようとする夫の愛。

泣きながら母の手を握る子供の愛。

それらは、私がアリエスの街でマーサから教わった、この世界で最も尊く、美しいもののはずだ。

それを、私の名を使って踏みにじるというのか。


「……リア様。いかがなさいましょうか」


横に立つセラから、先ほどの怒りとは質の違う、底冷えするような静かな殺気が漏れ出した。

彼女は私の感情の揺れを敏感に察知している。私の「不快」は、セラにとって世界を滅ぼすに足る理由になるのだ。


「……少しだけ、お仕置きが必要ね」


私は静かに息を吐き出すと、泣き崩れる農夫の家族と、威張り散らす騎士の間へと歩み出た。


「おい、そこの小娘。なんだお前は」

「ただの通りすがりの旅人です。でも、少し気になりまして」


私は騎士を真っ直ぐに見据え、静かな声で告げた。


「創世神は、本当にそのような『寄付』を望んでおられるのでしょうか? 私の故郷の教えでは、神は無償の愛を注ぐものであり、見返りを求めるのは下等な悪魔のすることだと教わりましたが」

「なっ……! き、貴様ッ! 神聖国ルミナスの神殿騎士に向かって、異端の暴言を吐くか!」


騎士は顔を真っ赤にして激昂し、腰の剣をチャキリと引き抜いた。


「異端審問にかける! その薄汚い口を二度と利けなくして——」


騎士が剣を振り上げようとした、その刹那。

私は、ほんのわずかだけ。本当に針の穴を通す程度だけ、私の中に眠る「神としての絶対的な神威」のストッパーを外した。


「——ひざまずきなさい」


凛とした、しかし決して逆らうことの許されない絶対者の声が、門の周囲の空間そのものを支配した。


「あ……、が……ッ!?」


剣を振り上げていた騎士の顔が恐怖に引き攣り、次の瞬間。

ガァンッ!! という鈍い音を立てて、彼を含むその場にいた十数人の神殿騎士全員が、まるで目に見えない巨大な巨人に上から押し潰されたかのように、一斉に石畳の上に両膝をついて平伏した。


「な、なんだ……!? 体が、動か……ッ! ひぃぃっ!」


重力魔法ではない。物理的な圧力でもない。

ただ、魂の根源に刻まれた『創造主に対する絶対服従のプログラム』が強制的に起動し、彼らの肉体を地面に縫い付けたのだ。


「あ、あの……」


突然、威圧的な騎士たちが自分たちに向かって土下座のような姿勢をとったことに、農夫の家族は呆然としている。


「さあ、今のうちに。奥さんの具合が悪いのでしょう?」


私はニコッと笑い、農夫の手に銀貨を数枚握らせた。マーサの宿を出る時に、セラがどこからか調達してきたお金の一部だ。


「あ、ありがとうございます……! 神様のお使いのようなお方だ……っ!」


何度も振り返りながら門をくぐっていく家族を見送った後、私は再び、自分の権能によって冷や汗を流しながら平伏している騎士たちを見下ろした。


「さて、セラ」

「はっ」

「これ以上目立つと厄介だから、適当に記憶を混濁させて気絶させておいて」

「御意に。ついでに、二度と剣を握れぬよう両腕の筋を——」

「気絶させるだけよ!」


私は慌てて釘を刺し、神威のストッパーを再び固く閉じた。

途端に圧迫感から解放された騎士たちが立ち上がろうとするが、瞬きする間に彼らの背後に回り込んだセラが、剣の柄で的確に彼らの首筋を打ち据え、次々と白目を剥いて昏倒させていく。その動きは一切の無駄がなく、芸術的ですらあった。


「……どうやらこの国は、外から見るほど白くはないようね」


気絶した騎士たちを道の端に転がし、私たちは門をくぐった。

美しい白亜の街並みの奥。

ひときわ巨大な中央大聖堂の天辺から、かすかに、しかし確実に、「創世の欠片」のどす黒い瘴気が漏れ出しているのが私の目にははっきりと見えていた。


私の名を利用し、人間の愛を踏みにじる者。

その存在が許せないと思う私は、以前よりもずっと、人間に近づいているのかもしれない。


「行きましょう、セラ。神様を騙る悪い子たちには、本当の『神罰』がどういうものか、少し教えてあげないといけないわね」

「ふふっ……承知いたしました、リア様。このセラの剣、主様の御心のままに、すべての不浄を切り裂きましょう」



私たちは静かに決意を胸に秘め、狂信の都ルミナスの深部へと足を踏み入れた。

毎日2話連続投稿していますが、しないときも出てくると思います

次話に引っ張って読者さんに「次も読みたい」と待たせるのは実は苦手です

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