第31話「慈悲の理由と、天空の魔導都市」
狂風の呪縛から解き放たれ、本来の穏やかな「恵みの風」を取り戻した峡谷国ゼフィリア。
私たちは街の人々からの盛大な見送りを受け、新たな旅立ちの朝を迎えていた。
「リアさん、セラさん! 本当にありがとうございました!」
見習い技師のシエルが、風車の羽根のような形をした木彫りのお守りを私に手渡してくれた。
「これ、俺が彫ったんです。旅の安全を祈って……。リアさんは俺たちにとって、本当に『救いの女神様』みたいでした!」
シエルが照れくさそうに笑うと、周囲の大人たちも「全くだ! まるでおとぎ話の神様の使いだ!」と口々に頷いた。
「——『みたい』ではない。このお方こそが真の……」
私の隣で、セラが不機嫌そうに大剣の柄に手をかけ、彼らの「無知」を正そうと一歩前に出た。
「ふふっ、ありがとうシエル君。大切にするわね」
私はすかさずセラの足を踏んづけて黙らせ、極上の笑顔でお守りを受け取った。
人間たちにとって、「神様」とはあくまで信仰の対象であり、おとぎ話の存在だ。目の前にいる私たちが『本物の創造神と第一神徒』だなんて、彼らの常識では到底信じられないことなのだ。
でも、それでいい。私は「畏れ敬われる神」としてではなく、「ただの旅人のリア」として、彼らと同じ目線で笑い合いたいのだから。
私たちは大きく手を振り、峡谷の街を後にした。
ーーー
ゼフィリアの峡谷を抜け、見渡す限りの緑が広がる平原の街道を歩きながら、セラはずっと何か言いたげに眉間を寄せていた。
「……どうしたの、セラ。さっき足を踏んだこと、怒ってる?」
私が覗き込むと、セラは慌てて首を横に振った。
「滅相もございません! 主様の御足に踏まれるなど、このセラにとって至上のご褒美……ではなく! 私が納得いかないのは、あの堕天使エリゴスのことです」
セラの瞳に、微かな苛立ちと疑問が浮かぶ。
「リア様。なぜ貴女様は、あのような羽虫の命を奪うことをお止めになるのですか? 奴らは明確な殺意を持って主様を狙い、現に御髪を数ミリ切断するという万死に値する大罪を犯しました。……この大剣で次元の彼方へ消し去るべきです」
セラの言葉は、護衛として、そして兵器として創られた彼女にとっては至極当然の疑問だった。
私は少し歩みを緩め、街道に咲く小さな白い花を見つめた。
「……セラ。私が天界の玉座にいた頃、この世界で起こる悲劇やバグをどうやって処理していたか、覚えてる?」
「はい。主様は、世界の理から外れた存在を、感情一つ交えることなく『システム上のエラー』として、遠隔から消去しておられました」
「そう。消し去るのは、とても簡単なことなのよ」
私は白い花にそっと触れ、静かに語り始めた。
「でもね、下界に降りて、人間の愛や温かさを知って……私は、ただエラーを消去するだけの冷たいシステムには、もう戻りたくないって思ったの」
「リア様……」
「アザエルも、エリゴスも、元を正せば私が創り出したこの世界の一部よ。……彼らがなぜ私に反逆し、世界を壊そうとするのか。それを理解しようともせずに命を奪ってしまったら、私はいつまで経っても『心を持たない神様』のままだわ」
私は振り返り、セラの亜麻色の髪を優しく撫でた。
「彼らにも、変わるチャンスを与えたいの。それが、この世界を創った『親』としての、私の最後の矜持だから」
「親としての、矜持……」
セラは目を瞬かせ、やがてその瞳に、深い尊敬と慈愛の色を浮かべて、静かにその場に跪いた。
「……私の浅はかな思考をお許しください。リア様の御心は、宇宙の何よりも深く、お優しい。これからは主様の慈悲を体現する『盾』として、奴らの命までは奪わず、物理的に再起不能なレベルで骨を砕く程度に留めましょう」
「再起不……う、うん」
極端な過保護剣士の物騒な宣言に苦笑いしつつ、私は彼女の手を取って立たせた。
(それにしても……アザエルは、どうしてあんな嘘を配下に教えているのかしら)
私は心の中で、小さな疑問を抱いていた。
エリゴスは私を見るなり、「ただの小娘の器に堕ちたはずだ」と驚愕していた。アザエルは、私が神威を失っていないことを知っているはずなのに、なぜ配下たちに「リアは弱い」と誤認させて送り込んでくるのか。
まるで、わざと私たちに倒されるために彼らを差し向けているような……。
そんな考えが頭をよぎったが、私は小さく首を振って思考を打ち切った。今はまず、残りの欠片を集めることが先決だ。
「さあ、次の目的地へ急ぎましょう。ノエル君が教えてくれた、空に浮かぶ街へ!」
ーーー
平原を三日ほど歩き続けると、私たちの前方に、信じられない光景が広がっていた。
巨大な湖の中心。
そこから天に向かってそびえ立つ、太く巨大な「水晶の柱」。
そしてその柱の頂上——雲を突き抜けたはるか上空に、無数の歯車と魔力光に彩られた巨大な都市が、ラピュタのように丸ごと空中に浮かんでいたのだ。
「あれが、魔導の最先端を行く国……『天空都市エーテルガルド』」
私が目を輝かせて上空を見上げていると、セラが忌々しそうに大剣の柄を握りしめた。
「……リア様。あの都市、どうやら重力制御の魔法陣で浮遊しているようですが、あのような不確かな技術で作られた鉄の塊の下を歩くなど危険極まりありません。万が一、墜落して主様の頭上に落ちてきたら……! 私が今すぐあの柱を斬り倒し、安全な地上都市へと物理的に着陸させてまいりましょうか?」
「ストップ、セラ! 街が墜落してものすっごい損害と大惨事になるから絶対に斬らないで!!」
「しかし! リア様をあのような高所へお連れするなど! 酸素濃度が低下し、主様の御息が乱れてしまいます!!」
「大丈夫よ! 魔法技術が発達してる街なんだから、その辺の対策もされてるはずよ!」
相変わらずの「危険の芽は街ごと更地にして摘み取る」スタイルのセラを必死に宥めながら、私たちは天空都市へと続く、巨大な水晶の昇降機の乗り場へと向かった。
魔導と科学が融合した、論理と理屈が支配する空の街。
「神の奇跡」など一切信じない合理主義者たちが集うこのエーテルガルドに、全知全能の神様と、物理法則を無視する天界最強の剣が足を踏み入れる。
果たして、この空の街に隠された『創世の欠片』と、次なるアザエルの罠とは——。
最近思うのですが、投稿頻度が高すぎるのってどうなのかなと。
あ、いや、別に、ね?サボりたいわけじゃない、ですよ??




