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第28話「星砂の別れと、風の峡谷への道標」


星砂の秘湯で極上の癒やしを得た翌朝。

シャリオンの王宮の窓から差し込む太陽の光は、昨日までの殺人的な熱線ではなく、生命を育む心地よい温もりを持っていた。


「ん〜っ、よく寝た!」

私はふかふかの天蓋付きベッドから跳ね起き、大きく伸びをした。

温泉の効果か、それともただ「家族」と一緒に過ごす安心感からか、下界に降りてから一番の深い眠りにつくことができた。


「おはようございます、リア様」


清々しい気分で扉を開けると、そこにはすでに完全武装を済ませ、背筋をピンと伸ばして直立不動で待機しているセラの姿があった。

しかし、ただの直立不動ではない。彼女の背後には、何やら見慣れない『巨大な物体』が鎮座していたのだ。


「……おはよう、セラ。ねえ、後ろのそれ、何?」

「はい! 本日シャリオンを出立するにあたり、私が昨晩徹夜で建造した『絶対紫外線防御・完全空調完備・リア様専用神輿みこし』でございます!!」


セラがバァン! と誇らしげに両手を広げた先には、王宮の高級な布地(おそらく勝手に拝借したもの)と、砂漠の魔獣の骨を組み合わせて作られた、どう見ても王族のパレードにしか見えない豪華絢爛な「神輿」が浮遊していた。


「な、神輿……!?」

「はい! 昨日の砂漠で、主様の尊きお肌が熱風に晒されるという失態を演じましたゆえ、今回は私がこの神輿を担ぎ、魔力で完全に振動と紫外線をシャットアウトしたまま、音速で次の目的地までお運びいたします! もちろん、内部には冷えた果実水とふかふかのクッションを——」


「ストップ、セラ!! 恥ずかしくて死んじゃうから絶対に乗らないわよ!!」

私は全力で首を横に振った。

「だいたい、そんな目立つものに乗ってたら『ただの旅人』じゃないわよ! 第一、昨日の巨大水槽といい、貴方一人に重いものを背負わせるなんて嫌よ!」


「お、重いなどと……! リア様を背負う栄誉に比べれば、このような神輿、羽毛も同然……ッ!」

「いいから! 普通に歩いて行くの! ほら、神輿は解体!」


私が命令すると、セラは「あぁっ……私の徹夜の結晶……!」と涙目で神輿を解体し始めた。そのポンコツで一生懸命な姿がおかしくて、私は朝からお腹を抱えて笑ってしまった。


ーーー


私たちが旅支度を整えて王宮の中庭に出ると、ナディア女王が側近たちを連れて見送りに来てくれていた。


「リア、セラ。もう出立してしまうのだな。我が国を救ってくれた恩人として、本当なら一生王宮でもてなしたいところだが……君たちには、まだ果たすべき目的があるのだろう」

ナディア女王は、少し寂しそうに、けれど力強い笑みを浮かべて私たちを見つめた。


「はい。アザエルのような存在が、他の国でも『創世の欠片』を悪用しているかもしれない。……私の愛する世界を、これ以上彼らのおもちゃにはさせませんから」

私が真っ直ぐに答えると、ナディア女王は深く頷き、側近から受け取った包みを私に手渡した。


「ならば、これを持っていってくれ。シャリオン王家に伝わる『星砂の羅針盤』と、砂漠の熱や風を完璧に防ぐ『幻糸の外套マント』だ。これがあれば方角を間違えることはない。……君たちの行く道が、常に光に満ちていることを祈っている」

「ありがとうございます、ナディア女王。この国のオアシスが、ずっと豊かでありますように」


私が外套を受け取ると、隣にいたセラが恭しく一礼した。

「ナディア女王。貴女の民を愛する心、そして極上の温泉……天界最強の剣たるこの私が、見事であったと記憶の片隅に留めておきましょう。我が主の玉体を癒やしていただいたこと、感謝します」


上から目線ではあるが、セラなりの最大限の感謝の言葉だ。

ナディア女王もそれを理解しているのか、豪快に笑い飛ばした。

「はははっ、光栄の極みだよ、最強の剣士殿! 次に来る時は、ぜひともその大剣を置いて、ゆっくり湯船に浸かってくれ!」

「なっ……! 主様の護衛を解くなど、万死に値——」

「はいはい、ありがとうナディアさん! 行きましょう、セラ!」


顔を真っ赤にして反論しようとするセラの腕を引き、私は手を振りながらシャリオンの城門をくぐり抜けた。


ーーー


城門を出る前、ナディア女王が「次の目的地」について教えてくれた。

シャリオンからさらに西。切り立った巨大な岩山が連なる『峡谷国ゼフィリア』だ。

そこは「恵みの風」と呼ばれる特殊な気流によって、峡谷の間に風車や街が築かれている国なのだが、最近その風が「すべてを切り刻む瘴気の刃」へと変わってしまったというのだ。


「間違いないわね。次の『欠片』は、そこにあるわ」

「ええ。ですがリア様、風というのは非常に厄介な代物です。物理的な形状を持たないため、主様の御髪を乱し、あまつさえ御目に埃を入れるという大罪を無意識に犯します」


街道を歩きながら、セラは不機嫌そうに空を睨みつけた。

「もし峡谷の風がリア様に牙を剥くようであれば、私が大剣で『気圧の壁』を創り出し、ゼフィリアの風そのものを永遠に凪がせてご覧に入れましょう」

「だから気象を操作しないでってば。風車で生活してる人たちが困っちゃうでしょ」


私たちがそんな冗談(セラは本気だが)を言い合いながら岩だらけの荒野を進んでいくと、次第に周囲の景色が険しくなり、切り立った巨大な岩の壁——ゼフィリアの峡谷の入り口が見えてきた。


ヒュオォォォォォォォォッ……!!


峡谷に近づくにつれ、耳をつんざくような風の音が響き始めた。

ただの強風ではない。ナディア女王の言っていた通り、その風には微かな「黒い瘴気」が混じり、岩肌をガリガリと削り取るほどの鋭い刃のような殺気を帯びていたのだ。


「危なっ……!」

突風が吹き荒れ、拳ほどの大きさの岩の破片が、弾丸のような速度で私の顔に向かって飛んできた。


「——不快だ。我が主の視界で、塵が舞うな」


カキンッ!!

私が瞬きをするよりも早く、セラの姿がブレた。

彼女は抜刀すらしていない。鞘に納まった大剣をただ片手で横に薙ぎ払っただけで、飛んできた岩の破片は空中で粉々の砂粒へと変わり、さらに私たちに向かって吹き荒れていた凶悪な突風そのものが、セラの『剣圧』によって真っ二つに切り裂かれたのだ。


ヒュオォォォ……ピタッ。


信じられないことに、セラの背後にいる私と、彼女が切り開いた正面の道だけ、風船が割れたように完全に「無風」の空間が生まれていた。

左右では凄まじい嵐が吹き荒れているのに、私たちのいる場所だけが、春の陽だまりのように穏やかなのだ。


「……セラ、今のどうやったの?」

「物理です」


セラは当然のように言い放ち、私に向かって振り返った。

「風が吹くから埃が舞うのです。ゆえに、私から放つ絶対的な剣圧の壁で気流を押し返し、主様の周囲だけ真空に近い無風領域セーフティゾーンを構築いたしました。これで、リア様の美しい銀髪が乱れることは、宇宙が滅びるまでありません!」


「物理ってレベルじゃないわよそれ……」

私は呆気にとられながらも、彼女のその規格外の過保護っぷりに、思わずクスッと笑ってしまった。


「ありがとう、セラ。でも、あんまり無理しないでね」

「無理などと! リア様の御髪の一本を守るためならば、私はこの大陸の空気をすべて一刀両断にしてみせます!」


意気揚々と胸を張るセラの背中を見つめながら、私は峡谷の奥深くへと足を踏み入れた。

凄まじい風切り音が響く峡谷国ゼフィリア。

この狂った風の奥底で、アザエルがどのような罠を張って私たちを待っているのかはわからない。


だが、どんなに鋭い風の刃が吹こうとも、私にはこの風を切り裂き、守ってくれる世界で一番温かくて過保護な「剣」がいる。


「行くわよ、セラ! 峡谷のお掃除開始ね!」

「御意に! 主様の行く手を阻む害悪な風に、真なる『神罰』の何たるかを叩き込んでやりましょう!」




瘴気の風が吹き荒れる岩の迷宮へ。


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