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第26話「王家の霊廟と、目覚めし暴食の祖」


シャリオンの王宮の奥深く、隠された地下階段を下っていくと、空気は次第に乾燥し、ひんやりとした静寂が私たちを包み込んだ。

壁面には古代の壁画が描かれ、松明の灯りが私たちの影を長く伸ばしている。


「この先が、我がシャリオン王家が代々守り続けてきた霊廟だ」

先頭を歩くナディア女王が、松明を掲げながら低い声で言った。

「かつてこの砂漠は、死の砂海と呼ばれる不毛の地だった。だが、初代女王が『太陽の石』をこの地下に祀ったことで、無尽蔵の水脈が生まれ、豊かなオアシスが形成されたのだ。……それを、あの黒き翼の悪魔どもが」


ナディアの背中から、国と民を思う強い無念と怒りが伝わってくる。


「——リア様! お待ちください!」


しんみりとした空気を一刀両断するように、私の背後から凄まじい勢いでセラが飛び出してきた。


「この霊廟とやらの空間、あまりにも数千年分の『砂埃』が舞いすぎております! 主様の神聖なる気管支に、このような古代のダニやカビが侵入するなど万死! 今すぐ私がこの空間の空気をすべて真空状態にし、天界レベルの純粋な酸素のみを再充填して——」


「ストップ、セラ!! 私たちもナディアさんも窒息して死んじゃうから!!」

私は大剣を抜いて空間の空気を物理的に「斬り飛ばそう」とするセラの腰に、慌ててしがみついた。


「し、しかしリア様! このような不衛生な場所を歩かせるくらいなら、いっそ私が霊廟の天井(王宮)ごとぶち抜き、太陽の光で完全殺菌した青空ダンジョンに造り変えるべきでは……ッ!」

「上には街の人たちがいるでしょ! 怒らないから、大人しくついてきて!」


「……なんというか、本当に賑やかな護衛殿だな」

先ほどまで悲痛な顔をしていたナディア女王が、私たちのコントのようなやり取りを見て、毒気を抜かれたように小さく吹き出した。


「ご、ごめんなさい、いつもこんな調子で……」

「いや、構わない。絶望ばかりのこの国で、久しぶりに笑えた気がするよ。……リア、君のような温かい人が来てくれて、本当に良かった」

ナディア女王は優しく微笑み、再び前を向いて歩き出した。


(ナディアさんも、自分の民を『家族』のように愛しているのね)

私は、この世界に満ちている愛の形をまた一つ見つけられたことに、静かな喜びを感じていた。


ーーー


やがて、長い階段が終わり、巨大な地下空間へと出た。

そこは、ドーム状になった広大な洞窟だった。中央には、かつて豊かな水を湛えていたであろう巨大な地底湖の跡(すり鉢状のクレーター)があり、今は完全に干上がってひび割れている。


そして、そのひび割れた大地の中央に、「それ」はいた。


「ギチ……ギチギチ……ッ!!」


不快な甲殻の擦れる音。

地底湖の底にとぐろを巻いていたのは、城壁よりも巨大な、無数の節と鋭い棘を持つ『暴食の砂蟲の祖』だった。

本来ならただの巨大生物であるはずのその蟲は、全身をルミナスやゼノスで見たのと同じ「どす黒い肉腫」に覆われ、醜悪な魔物へと変異している。

そしてその頭部には、青白く、しかし狂ったように明滅する『太陽の石(創世の欠片)』が深々と突き刺さっていた。


「……よくぞここまで辿り着いたな、羽虫ども」


砂蟲の頭上に、一人の男が立っていた。

黒い神官服に、背中から生えた漆黒の翼。『真理の探求者』の幹部であり、アザエルの配下である堕天使の一人だ。


「私がシャリオンの管理を任されている、堕天使フォルネウス。霊峰のガープを退けたというからどれほどの化け物かと思えば……こんな小娘と、天界の犬ころだったとはな」

フォルネウスが、私たちを見下ろして傲慢に嗤う。


「貴様ら悪魔め! 私の国から奪った『太陽の石』を返せ!!」

ナディア女王が双剣を抜き放ち、鋭い声で叫んだ。


「返す? くくっ、馬鹿なことを。この石はすでに『暴食の祖』の心臓と完全に同化している。この砂蟲は、地下深くの地脈からシャリオン全土の魔力と水分を吸い上げ、あと数刻もすれば完全に羽化する! そうなれば、この砂漠は名実ともに、永遠の『死の砂海』となるのだ!」

フォルネウスが両手を広げて狂笑する。


「させないわ。私の子供たちから、これ以上明日を奪うのは許さない」

私が静かに、しかし絶対的な冷たさを込めて一歩前に出た、その時。


「——不快だ。我が主の御前で、その薄汚い口を開くな」


私の斜め後ろから、セラが氷点下の声で呟いた。

その瞬間、霊廟内の空気が一気に凍りついたように重くなる。


「……ほう? 第一神徒セラフィエル。かつての同胞であるアザエル様を裏切った分際で、いっちょ前に威勢がいいな。だが、遅かったのだよ! 行け、暴食の祖よ! この目障りな光どもを、骨の髄まで喰らい尽くせェッ!!」


「ギャォォォォッ!!」


フォルネウスの号令とともに、巨大な砂蟲が咆哮を上げ、私たちに向かって地響きを立てながら突進してきた。

巨大な口が開かれ、無数の鋭い牙が私たちを丸呑みにしようと迫る。


「リア様、お下がりを。ナディア女王、主様に泥が跳ねぬよう、防壁をお願いいたします」


セラは、大剣を鞘に納めたまま、一歩前に出た。


「はははっ! 抜刀すら諦めたか! そのまま砂の餌食と——」

フォルネウスの嘲笑が、途中でピタリと止まった。


セラが、正面から迫り来る数十メートルの巨大な砂蟲の「上顎」と「下顎」を。

なんと、鞘に納めたままの『大剣の柄』と『自らの素手』だけで、ガシィッ!!と真正面から受け止めたのだ。


「な、に……!?」


ズガァァァァァンッッ!!!!


凄まじい激突の衝撃波が霊廟を揺るがし、砂埃が爆発のように舞い上がる。

しかし、セラの足は、乾燥した石の床にわずかにめり込んだだけで、一歩たりとも後ろに下がっていなかった。

彼女は、数十トンもの質量と突進力を誇る砂蟲の巨大な顎を、たった一人の膂力だけで完全にこじ開け、その動きを完全に停止させていたのだ。


「ギ、ギヂヂヂ……ッ!?」

砂蟲が信じられないというように身をよじり、セラの腕から逃れようと暴れる。


「……暴れるな、害虫」

セラの瞳が、絶対零度の殺気を放つ。

「ここはナディア女王の祖先が眠る神聖な場所だ。派手に斬り刻んで霊廟ごと崩落させては、主様の優しき御心に泥を塗ることになる。ゆえに、貴様は『そのままの形』で、大人しく私の主様に平伏せ」


「ば、馬鹿な……ッ! 暴食の祖の突進を、力ずくで止めているだと!? どんな筋力だ、化け物め!!」

砂蟲の頭上で、フォルネウスが恐慌状態に陥って叫ぶ。


「五月蝿いですね。カラスは黙っていろ」

セラが、砂蟲の顎をこじ開けたまま、視線だけでフォルネウスを睨みつけた。


「——神技・『まばたき』」


刹那。

セラの周囲の空間が微かに歪んだかと思うと、砂蟲の頭上にいたフォルネウスの「両翼」が、音もなく根元からスパンッ!と切断された。

抜刀すらしていない。ただの『殺気の波動』だけで、空間そのものを切断したのだ。


「ぎ、ぎゃあああああっ!! わ、私の翼がぁぁッ!?」

バランスを崩し、砂蟲の頭から真っ逆さまに転落するフォルネウス。


「さあ、リア様。虫歯だらけの不快な口ですが、私が完全に固定しております。どうぞ、お掃除を」

数十トンの怪物を力ずくで押さえ込みながら、セラは私に向かって、まるで「お茶が入りましたよ」とでも言うような涼しい顔で微笑んだ。


「……本当に、貴方って子は規格外ね」

私は呆れながらも、頼もしい私の「家族」の背中を通り抜け、巨大な砂蟲の頭部へと歩み寄った。


砂蟲は、私から放たれる『神威』を本能で感じ取り、ガタガタと激しく震え出し、恐怖に瞳孔を収縮させている。


「……無理やり起こされて、こんな石を埋め込まれて、可哀想に。もうおやすみなさい」


私は、砂蟲の額に深く突き刺さっていた『太陽の石』に、そっと手のひらを当てた。


私の手から、眩いほどの黄金色の光が溢れ出す。

それは灼熱の太陽の光ではなく、春の陽だまりのような、すべてを包み込む慈愛の光。


「アザエルがかけた呪縛の術式。こんな悪意、私の世界には必要ないわ」


光が波紋のように広がり、太陽の石に纏わりついていた黒い瘴気が、ジュッと音を立てて消滅していく。

同時に、砂蟲の全身を覆っていた黒い肉腫がボロボロと崩れ落ち、元のただの巨大な生物へと戻っていくのが見えた。

「ギ……ギュゥ……」

砂蟲は、まるで母親に撫でられた子供のように安らかな鳴き声を上げると、ゆっくりと瞳を閉じ、光の粒子となって地脈の奥底へと還っていった。


「おおぉ……っ!」

ナディア女王が、その神々しい光景に感嘆の声を漏らす。


私の手の中には、本来の清らかな輝きを取り戻した『太陽の石(創世の欠片)』が残されていた。

石は私の体内にスッと吸収され、私の中に、この世界を構成する「熱と命の理」が一つ戻ってくるのを感じた。


「ああ……っ、なんという……! 地脈が、水脈が戻ってくる……ッ!」

ナディア女王が、足元のひび割れた大地に両膝をつき、歓喜の涙を流した。


枯れ果てていた地底湖の底から、ゴポゴポと音を立てて、透き通るような清らかな水が湧き出し始めたのだ。水は瞬く間に地下水路を満たし、オアシスの街へと命の源を運んでいく。

それは、私たちがアザエルの呪縛から、シャリオンの未来を取り戻した瞬間だった。


「ひぃっ……! ば、化け物どもめ! このフォルネウスの翼を斬り落とし、あまつさえ『太陽の石』をいとも容易く……! アザエル様! お許しを、アザエル様ぁッ!!」

床に転がっていたフォルネウスが、恐怖に顔を引き攣らせ、残った魔力を振り絞って空間の裂け目を作り出し、逃げるようにその中へ飛び込んで消え去った。


「リア様! 申し訳ありません、あのゴミ屑を逃してしまいました! 今すぐ私が次元の狭間に腕を突っ込み、奴の首根っこを——」

「いいのよ、セラ。お掃除は終わったんだから」


私は、慌てて大剣を抜こうとするセラの頭を、ポンポンと優しく撫でた。


「貴方が霊廟を壊さないように加減してくれたおかげで、ナディアさんたちの歴史も、水脈も、全部綺麗に守れたわ。本当に、素晴らしい剣よ」


「っ……!! り、リア様……!」

私の言葉に、セラは一瞬で頬をサクラソウのように赤く染め、大剣を放り出して私の前に平伏した。


「もったいなきお言葉! このセラ、リア様のためならば、たとえ星が落ちてこようとも素手で受け止めてご覧に入れます!! ああ、主様に撫でられたこの頭、一生洗いません!!」

「いや、洗って。砂まみれなんだから」


私の的確なツッコミに、ナディア女王が堪えきれずに大声を上げて笑い出した。


「はははっ! 君たちは本当に、どこまでも愉快で、どこまでも尊い人たちだ! 王家の霊廟でこんなに笑ったのは、私が女王になって初めてだよ!」


湧き出す清らかな水の音と、ナディア女王の明るい笑い声。

灼熱の砂海を覆っていた絶望の影は、愛を知る神様と、過保護な剣の規格外の優しさによって、こうして完全に払拭されたのだった。

「ところでその『太陽の石』なのだが…」

「ナディアさん、ごめんなさい。この石は私が引き取らないといけないの」

「……そうか。貴方達がいなければ石も戻ってこなかった」


「それに、この湧き出る水、以前流れていた水よりも綺麗で澄んでいる。石がなくとも、これが保たれるのであれば、良い」


ナディアさんはとても嬉しそうに両手で水を掬い、少しの間見つめていた。


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