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第25話「灼熱の砂海と、蜃気楼の街」


水上都市アクアリアを後にし、南へ下ること数日。

ゴツゴツとした岩山を越えた私たちの眼前に広がったのは、視界のすべてを黄金色に染め上げる、果てしない砂の海——『幻砂の国シャリオン』だった。


「あ、あつーぃ……」


私は思わず、手で顔を仰ぎながら恨めしそうに空を見上げた。

雲一つない空には、容赦のない太陽がギラギラと照りつけている。足元の砂はフライパンのように熱せられ、遠くの景色は陽炎かげろうでぐにゃぐにゃと歪んで見えた。

神としての力を抑え込んでいる今の私にとって、この極端な気候の変化は体力を著しく奪っていく。


「リア様! お労しや……! この無礼極まりない太陽め、主様の雪のように白いお肌を焦がそうとするなど万死! 私が今すぐ上空の雲をすべてかき集め、この砂漠一帯に永遠の雷雨を——」

「ストップ、セラ。砂漠の生態系が溺れるから雨季を作らないで」


私は、自分の斜め後ろを歩く過保護な剣を、呆れ半分、感心半分で見上げた。

セラは、アクアリアを出発した時に背負っていた『五千リットルの巨大水槽』を、未だに軽々と背負い続けているのだ。

それだけではない。彼女は自らの魔力で水槽の水を循環させ、私の周囲半径一メートルにだけ、常に『ひんやりとした冷気のドーム』を展開してくれていたのだ。


「でも、セラのおかげで全然大丈夫。重くないの?」

「リア様の快適な旅路をお守りするためならば、この程度の質量、空気も同然です! むしろ、主様の尊き御体に降り注ぐ紫外線を完全に遮断するため、私が巨大な日傘となって……ッ」

「日傘はいいから前を見て歩いて!」


巨大な水槽を背負った完全武装の美少女が、砂漠のど真ん中で冷気を振りまきながら歩いている。傍から見ればシュール極まりない光景だが、彼女の不器用な愛情の重さ(物理)が、今の私にはとても心地よかった。


「……それにしても、ノエル君が言っていた通りね。ただの砂漠の暑さじゃないわ」

私は足元の乾ききった砂をすくい上げ、サラサラと指の隙間からこぼした。


本来、シャリオンの砂漠の地下には、豊かな水脈が流れているはずだった。しかし今、この土地の魔力は完全に枯渇し、空気中には微弱な『瘴気』が混ざり込んでいる。

ノエルの故郷から『太陽の石(創世の欠片)』を奪った、アザエル率いる真理の探求者。彼らが石の力を悪用し、この国の命の源を根こそぎ吸い上げているのだ。


「……見えました、リア様。前方に都市の城壁です。ですが……様子がおかしいですね」


セラの視線の先。

陽炎の向こうに、巨大な砂岩で造られた城壁に囲まれた街——シャリオンのオアシス都市が姿を現した。

しかし、街の入り口である巨大な城門は固く閉ざされ、その前には、ボロボロの布を纏った数十人の避難民たちが、門を開けてくれとすがりついているのが見えた。


「開けてくれ! 水を……せめて子供たちだけでも中へ!」

「頼む! もう三日も水の一滴すら飲んでないんだ!」


悲痛な叫び声が、熱風に乗って聞こえてくる。

しかし、城壁の上の兵士たちは、槍を構えたまま首を横に振るだけだ。

「すまん! 街のオアシスも完全に枯れ果てているんだ! これ以上人間を入れても、共に干からびるだけだ! 悪いが他を当たってくれ!」


「そんな……!」

絶望に泣き崩れる避難民たち。


「……酷い。ノエル君の故郷が、こんなことに」

私が顔を顰めた、その瞬間だった。


ズゴゴゴゴゴゴォォォォッ!!


避難民たちの足元の砂漠が、突如としてすり鉢状に陥没し始めた。

「な、なんだ!?」

「きゃあああっ! 砂が、沈んで……ッ!」


「——リア様ッ!」

セラが叫ぶ。

すり鉢状になった砂の中心から、巨大なあぎとが姿を現した。体長十メートルはあろうかという、無数の牙が生えた巨大な『アリジゴク』のような魔物——暴食の砂蟲だ。

地下の水脈が枯れたことで狂暴化し、地上の人間を喰らおうと待ち伏せしていたのだ。


「子供が落ちるぞ! 助けてくれェッ!」

崩れる砂に足を取られ、ひとりの小さな男の子が、砂蟲の巨大な口へと滑り落ちていく。


「セラ!!」

私が命じるよりも早く、セラの姿は掻き消えていた。


背中に五百リットルの巨大水槽を背負いながらも、彼女の速度は全く落ちない。

音を置き去りにしたセラは、砂蟲の口に落ちる寸前の男の子の襟首を掴み上げると、そのまま空中の虚空を蹴り、避難民たちの前に静かに着地した。


「ギェェェェッ!!」

獲物を奪われた砂蟲が、怒り狂って砂煙を上げながらセラへと襲いかかる。


「……不快だ。我が主の御前で、砂埃を立てるな」


セラは、男の子を背後に庇い、片手で大剣を抜き放った。

水槽の水を一滴たりとも揺らさない、極限まで洗練された体幹と剣気。


「沈め、害虫」


大剣のひらで、空気を叩き潰す。

ズガァァァァァァンッッ!!!!


刃すら当てていない。ただの「風圧」と「衝撃波」の塊が、巨大な砂蟲の頭上から真下に向かって叩きつけられた。

「ギィッ……!?」

悲鳴を上げる間もなく、数十トンの巨体を誇る砂蟲は、自分が作り出したすり鉢状の穴の底へと、文字通り「プレス」されてペチャンコに圧死した。

周囲の砂嵐すらも、セラの圧倒的な風圧によって一瞬で吹き飛び、静寂が戻る。


「……あ、あの……?」

助けられた男の子と、避難民たちが、呆然としてセラを見上げている。


「お怪我はありませんか、皆様」

私が駆け寄り、砂まみれになった男の子の頭を優しく撫でた。


「あ、あんたたち、一体……?」

城壁の上の兵士たちも、たった一撃で砂漠の主を沈めたセラの姿に度肝を抜かれている。


私は城壁を見上げ、静かに、しかしよく通る声で言った。

「私たちはただの旅人です。……門を開けてもらえませんか? 水なら、私たちが持っています」


「水だと……? 嘘をつけ! この干ばつの中、これだけの人数を潤す水など、どこに…ある……って」


私は、隣で誇らしげに胸を張っているセラを指差した。

「ほら。私の優秀な護衛が、五千リットルも背負ってきてくれましたから」


「……は?」

避難民たちも、兵士たちも、セラの背中の「異常な大きさの水槽」に、今更ながら気づいて目を丸くした。


「リ、リア様!?」

セラがギョッとして私を見た。

「この純水は、リア様の美しき喉を潤すための、いわば神の霊薬! これを、このような泥にまみれた者たちに分け与えるなど……ッ!」


「セラ?」

私は、セラの顔を覗き込み、極上の微笑みを向けた。

「エララさんが、森の果実をみんなに分けてくれた時の顔、覚えてる? カイルさんが、家族に温かいシチューを作ってくれた時の顔は?」


私の問いに、セラはハッと言葉を詰まらせた。


「美味しいものや、冷たいお水は、みんなで分け合った方が、ずっと美味しいのよ。……それに、私の『家族』なら、この人たちの苦しみがわかるでしょ?」


「か、ぞく……ッ!」

その魔法の言葉に、セラは一瞬で白旗を揚げた。

「……御意にッ! リア様がそこまでおっしゃるのなら、この私が背負いし『アクアリアの奇跡の純水』、下民どもに惜しみなく振る舞ってご覧に入れましょう!」


セラが水槽の魔力バルブを解放すると、冷たく澄み切った水が、ドドドッと音を立てて砂漠の乾いた鉢へと注ぎ込まれた。


「み、水だ!! 本当に水だ!!」

「冷たい! なんて澄んだ水なんだ……っ!」

「ああ、神様! ありがとうございます!!」


避難民たち、そして慌てて城門から飛び出してきた街の人々が、涙を流しながら水をすくい、喉を潤していく。

カラカラに乾いていた子供たちの顔に、次々と笑顔の花が咲いていく。


「……リア君と、セラさんだね」

その時、人だかりの中から、浅黒い肌に豪奢な布を纏った、長身の美しい女性が歩み出てきた。

彼女の背中には、この国を統べる王族の証である「双剣」が帯びられている。


「アクアリアの魔導院にいるノエルから、伝鳥で連絡を受けていた。私はこのシャリオンを治める女王、ナディアだ。……私の民を救ってくれたこと、心から感謝する」

ナディア女王は、女王の身分でありながら、私たちに向かって深く頭を下げた。


「顔を上げてください、ナディア女王。私たちはノエル君から、この国の『太陽の石』が奪われたと聞いてきました」

私が言うと、女王は重く頷き、悲痛な表情で砂漠の奥を見つめた。


「ああ。黒い翼の男たちが石を奪い、このオアシスの地下深く……『王家の霊廟』に巣食っている。彼らは石の力を使って、かつてこの砂漠を支配していた『暴食の砂蟲』の祖を、強引に蘇らせようとしているのだ」


(……やっぱり。霊峰の古竜の時と同じ手口ね)


「奴らを止めなければ、このシャリオンだけでなく、大陸中が干上がってしまう。だが、霊廟の入り口は強固な結界で閉ざされ、我々の軍では歯が立たなかった」

ナディア女王が、すがるような目で私たちを見つめる。


「……ご案内ください、女王陛下」

私が真っ直ぐに答えると、セラが背中の空になった巨大水槽を砂漠に投げ捨て、チャキッと大剣を抜き放ち、私の隣に立った。


「このセラの剣で、結界ごと砂漠の害虫どもを更地にして差し上げます。リア様の慈悲の水を無駄にした罪、次元の果てで悔いるがいい」


灼熱の太陽が照りつける、幻砂の国シャリオン。


奪われた命の源を取り戻し、アザエルの企みを打ち砕くため、愛を知る神様と過保護な剣は、乾ききった王家の霊廟へと足を踏み入れる。

【エララさん】(森の母 / 大樹の里の長)

大樹の里を束ねるエルフの長 → リアに「無償の愛(母の温もり)」を教えた聖母

浄化の結界、精霊・妖精との交信、星の記憶の歌(癒しの子守唄)


巨大な原生林の奥深くにある「大樹の里」を束ねる、床に届くほどの長い銀糸の髪を持つ長命なエルフの女性。

人間はその生涯で彼女の姿を見ることはできず、伝承で語られている。

森に生きるすべての命を「自分の可愛い子供たち」として深く愛し、慈しむ究極の母性の持ち主。大樹の根を蝕む『創世の欠片』と魔物の瘴気から子供たちを守るため、自らの命を削って浄化の結界を張り続けていた。

神であることを隠すリアから「とても清らかで、途方もなく古い『始まりの気配』」を感じ取り、彼女が癒しを求める尊き迷子であることを見抜いた。

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