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第24話「水上都市の宴と、氷の少年の秘密」


『創世の欠片』が浄化され、暴走していた水脈が正常な流れを取り戻したことで、水上都市アクアリアは本来の美しさと活気を取り戻していた。

異常な水位によって水没していた石畳は乾き、太陽の光を反射して白亜の街並みがきらきらと輝いている。


その日の夕刻。

街の中央にある大広場では、街を救った私たちへの感謝を込めた、ささやかだけれど温かい宴が開かれていた。


「リア様、セラ様! 本当にありがとうございました! さあ、アクアリア名物の新鮮な魚介をどうぞ!」

「こちらの果実水も、冷えてて美味しいですよ!」


次々と運ばれてくる色鮮やかな料理の数々に、私は目を輝かせた。

しかし、私の隣に立つ天界最強の護衛は、運ばれてくる皿の前に仁王立ちになり、鋭い眼光で海の幸を睨みつけていた。


「お待ちください。リア様、この甲殻類の内部には、微小な寄生虫が潜んでいる確率が〇・〇〇一パーセント存在します。主様の尊き胃袋に不純物を入れるなど万死! 私が今すぐこのエビを細胞レベルまで分解し、完全無菌状態のペースト状にしてからお口に——」


「ストップ、セラ! ペースト状にしたらエビのプリプリ感がなくなっちゃうでしょ!」

私は大剣の腹でエビをすり潰そうとするセラを慌てて止め、綺麗に剥かれたエビを一つ摘み上げると、そのままセラの口に放り込んだ。


「んむっ!?」

「はい、毒見よろしくね。……どう? 美味しい?」

「……ッ!! り、リア様の御手から直接……! ああ、なんという弾力、なんという旨味……! 毒などありません、これは神の食べ物ですッ!」


顔を真っ赤にして咀嚼するセラを見て、周囲の街の人たちからドッと温かい笑い声が上がった。

かつて天界で「感情を持たない兵器」だった彼女が、今こうして人間の輪の中で、美味しいご飯に顔を綻ばせている。その事実だけで、私の胸の奥はとても温かく、くすぐったい気持ちで満たされた。


ーーー


宴が落ち着き、夜の帳が下りた頃。

私は、魔導院のバルコニーで一人、夜風に当たっている氷の少年・ノエルの背中を見つけた。


「ノエル君。こんなところでどうしたの?」

私が声をかけると、ノエルは振り返り、少しだけ寂しそうな笑みを浮かべた。


「ああ、リア君。……宴は楽しんでる?」

「ええ、とっても。でも、街を救った英雄の一人がいないから、探しに来たのよ」


私が彼の隣に並んで夜の湖を見下ろすと、ノエルは手すりに寄りかかり、ポツリと口を開いた。


「……僕は、英雄なんかじゃないさ。この街の水竜を凍らせる研究をしていたのも、元を正せば、僕自身の『個人的な復讐』のためだったんだから」

「復讐?」


ノエルは頷き、懐から古びた銀の懐中時計を取り出した。

その蓋の内側には、ノエルと、優しそうに微笑む初老の魔導士の絵が描かれている。


「僕の故郷は、ここからずっと南……大陸の南端にある『幻砂の国シャリオン』なんだ。見渡す限りの砂漠の中にある、美しいオアシスの街だった」


ノエルの蒼い瞳に、暗い影が落ちる。

「数年前、僕の故郷に『黒い翼を持った男』が現れた。奴は、僕の師匠が代々守ってきた『太陽の石』——君たちが創世の欠片と呼んでいたものを奪い去り、オアシスの水源を完全に干上がらせてしまったんだ」


黒い翼の男。

それは間違いなく、霊峰でセラがその名を呼んだ堕天使・冥王アザエル、あるいは彼の配下の仕業だろう。


「水脈を絶たれたシャリオンは、今も異常な熱波と干ばつに苦しめられている。師匠は僕を逃がすために、あの黒い翼の男に立ち向かって、行方がわからなくなった」


ノエルの手が、懐中時計をギュッと握りしめる。

「僕は、奪われた石の魔力や、黒い翼の男たちの組織——『真理の探求者』の足跡を追って、このアクアリアの魔導院に潜り込んだんだ。彼らが残した呪縛の術式を解き明かし、いつか故郷を取り戻すためにね。……だから、街を救うためなんていう、立派な理由じゃなかったんだよ」


悔しさと、自らの無力さに唇を噛むノエル。

私は、かつてのセラの涙を思い出しながら、彼の震える小さな肩を、自分の手でそっと包み込んだ。


「……立派な理由よ、ノエル君」

「リア、君……?」

「大切な人の命を奪われ、故郷を壊されて、それでも前に進もうと氷の魔法を磨いてきたんでしょ。

その力があったから、私とセラは水竜を止めることができた。貴方の魔法は、復讐のためじゃなく、この街の人たちを『守る』ために使われたのよ」


私の言葉に、ノエルは目を丸くし、やがてポロポロと大粒の涙をこぼした。


「……師匠も、君と同じことを言ってくれたよ。『魔法は、誰かを温めるために使いなさい』って」

ノエルは腕で乱暴に涙を拭い、照れくさそうに笑った。


「——リア。君は本当に、不思議な女の子だね。君のそばにいると、なんだか……すべてを包み込んでくれるような、大きくて優しいものを感じるよ」

「ふふっ。私はただの、ちょっと世間知らずな旅人よ」


私がウインクをして微笑むと、バルコニーの入り口から、静かな足音が聞こえてきた。


「……ノエル殿」


現れたのは、大剣を背負ったセラだった。

彼女は私たちの前に歩み寄ると、ノエルに向かって真っ直ぐに視線を向けた。


「貴殿の氷魔法は、確かに我が主の危機を救った。その練度と、大切なものを守ろうとするその意志……天界最強の剣たるこの私が、見事であると称賛してやろう。誇るがいい」


上から目線ではあるものの、他者を決して認めないセラにとっては、最大級の賛辞だった。

ノエルもそれを察したのか、ふっと笑って頷いた。


「ありがとう、セラさん。君の剣も……そして君のリア君への愛の重さも、間違いなく世界最強だったよ」

「あ、愛が重いとは何事だ! 私はただ、主様に対する適切な安全管理とリスクヘッジを——」

「はいはい、わかってるわよ」


顔を赤くして反論するセラを宥めながら、私はノエルに向き直った。


「ねえ、ノエル君。その『幻砂の国シャリオン』って、ここからどう行けばいいの?」

私の問いに、ノエルとセラがハッとして私を見た。


「行く気かい? シャリオンに」

「ええ。アザエルたちが『太陽の石』を奪って、そこにまだ居座っているなら……彼らがこの世界を壊そうとするのを、見過ごすわけにはいかないから」

私は、神としての静かな、けれど絶対的な決意を込めて言った。


ノエルは深く頷き、懐から一枚の古い羊皮紙の地図を取り出して私に手渡した。


「アクアリアを南に下り、岩山を越えた先に、シャリオンの砂海が広がっている。……気をつけて。真理の探求者たちは、シャリオンの地下深くで『太陽の石』を使い、何かとてつもなく恐ろしいものを目覚めさせようとしているらしいんだ」

「わかったわ。地図、ありがとう」


「リア君、セラさん。……僕の故郷を、頼んだよ」

深く頭を下げるノエルに、私たちは力強く頷き返した。


ーーー


翌朝。

抜けるような青空の下、私たちはアクアリアの南門から、新たな旅路へと足を踏み出そうとしていた。


「……セラ。ねえ、ちょっといいかしら」

「はい! リア様、何なりとお申し付けを!」


私は、セラの背中に括り付けられている『尋常ではない大きさの荷物』を指差した。

彼女の背中には、大剣の他に、直径二メートルはあろうかという「巨大な球体の水槽」が、魔法の縄でガッチリと縛り付けられていたのだ。


「……それ、何?」

「はい! これから灼熱の砂漠へと向かうにあたり、主様の美しい喉が渇きで潤いを失うなど万死に値します。ゆえに、アクアリアの最高純度の濾過水を、およそ五千リットルほど物理的に携帯してまいりました!」


「五千リットル!? 重いでしょ! っていうか、そんなの背負ってたら砂漠の砂に足が埋まるわよ!」

「問題ありません! 私が砂漠の砂をすべて踏み固め、強固なコンクリートの道に造り変えながら進みますゆえ!!」


「だから生態系を壊さないでってば!!」


ノエルや街の人々が苦笑いしながら見送る中、私は巨大な水槽を背負ってドヤ顔を決めている過保護な剣の背中を、思い切りバシバシと叩いた。


涼やかな水上都市の風に見送られ、私たちは南へ。


次なる舞台は、灼熱の太陽と砂塵が舞う『幻砂の国シャリオン』だ。

後書きって、何か書いてあると嬉しいと思いませんか。

私はそう思います。

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