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第18話「吹雪の死闘と、優しき古竜の涙」

「このセラの剣が、貴様の魂を千の欠片に切り刻む」


猛吹雪が吹き荒れる竜鳴の霊峰の山頂。

天界最強の武神であるセラの絶対零度の宣告が響き渡った瞬間、黒翼の堕天使は顔を引き攣らせ、後ずさりをした。


「ヒッ……! 冗談ではない! なぜ第一神徒が、こんな下界の雪山にいるのだ! 我々は、お前たち天界の連中が気づく前に『絶望の古竜』を完成させる手はずだったというのに……ッ!」

「五月蝿いですね。我が主の鼓膜を不快な叫び声で震わせないでいただけますか」


セラが大剣を構えた。

だが、男もただ震えているだけではなかった。彼は狂気に満ちた瞳で、足元の巨大な古竜の骸骨——アンデッド・ドラゴンに命令を下した。


「ええい、構わん! 相手が神徒だろうと何だろうと、この『創世の欠片』を埋め込まれた古竜の力で粉砕してやれ! 吹き飛ばせ、絶望の息吹ブレス!!」


「ギャオォォォォォォォォッ!!」


骨だけの巨大な顎がカッと開かれ、そこからどす黒い吹雪と瘴気が混ざり合った、極太の破壊光線が放たれた。

山頂の分厚い氷を瞬時に蒸発させながら、一直線に私たちへと迫り来る死の奔流。


「……愚か者が。息を吐く暇があるなら、遺言でも考えておけ」


セラの姿がブレた。

彼女は私の前に立ち塞がると、背中の大剣を横に薙ぎ払った。

ただそれだけ。魔力を込めたわけでも、特別な技名を叫んだわけでもない。


ズガァァァァァンッッ!!!!


セラの放った圧倒的な剣風が、古竜の極大ブレスを真正面から真っ二つに「物理的に」切り裂いたのだ。

左右に逸れた黒いブレスは、後方の雪山の山肌を大きくえぐり取り、凄まじい雪崩を引き起こした。しかし、私の立っている場所には、冷たい風すら一陣も吹いてこない。


「リア様、少し雪煙が舞います。お召し物が汚れては一大事ですので、どうか私の外套の中へお入りください!」

「いや、見えなくなっちゃうから! それにコート着てるから大丈夫よ!」


戦闘中だというのに、セラは飛んできた小さな氷の破片を素手でパシパシと叩き落としながら、私を自分のマントで包み込もうと必死になっている。


「ば、馬鹿な……! 古竜の全力のブレスを、剣風だけで弾き飛ばしただと!?」


古竜の頭上で、堕天使の男が目玉を飛び出さんばかりにして驚愕している。


「驚く暇があるなら、首を洗って待っていろ」


セラが冷たく言い放ち、再び床を蹴ろうとした。


「——待って、セラ!」


私は、セラの背中を強く掴んで引き留めた。


「リア様? いかがなさいましたか。あの不快なカラスごと、古竜の骨を綺麗に三枚おろしにしてご覧に入れますが」

「違うの。……泣いてるのよ、あの子」


私は、吹雪の向こうで咆哮を上げる巨大な骨の竜を見つめた。

その眼窩には、赤い瘴気の炎が灯っている。だが、創世神である私の目には、その炎の奥で、かつて私が創り出した気高く優しい古竜の魂が、必死に涙を流しているのが見えていた。


『……お、おお……我ガ、創造主ヨ……』

(ごめんなさい……ごめんなさい、私ノ体ガ、貴女ニ刃ヲ向ケテシマウ……!)


古竜の悲痛な思念が、私の頭の中に直接流れ込んでくる。

この竜は、遥か昔、私がこの星の北の防衛を任せるために生み出した子だ。長い寿命を全うし、誇り高く眠りについていたはずなのに。


『真理の探求者』と名乗る者たちに墓を暴かれ、魂を無理やり現世に縛り付けられ、愛する生みの親である私を攻撃させられているのだ。

これほどの屈辱と悲しみがあるだろうか。


「……私の子供を、これ以上辱めるのは許さない」

私はギュッと拳を握りしめた。


「セラ。あの男は好きにしてもいいわ。でも、竜の骸は粉々にしないで。あの子の魂を、静かに眠らせてあげたいの」

「……御意に」


セラは一瞬だけ難しい顔をした。

敵を更地にできないという枷は、彼女にとって非常に戦いづらい。しかし、私の悲しげな声を聞いた彼女の瞳には、かつてないほど静かで、慈愛すら混じった怒りの炎が灯っていた。


「リア様を悲しませる罪。それは、千回の死よりも重いと知れ」


セラが、再び雪を蹴った。

今度は正面からではない。空中に高く飛び上がり、吹雪を切り裂いて古竜の頭上へと肉薄する。


「チィッ! なめやがって! 迎撃しろ!!」


堕天使が叫ぶと、古竜の周囲から無数の氷の槍が生成され、空中のセラに向けて一斉に射出された。

さらに、古竜の骨の隙間を埋めている「黒い肉腫」から、触手のようなものが無数に伸び、セラを絡め取ろうと襲いかかる。


「遅い。遅すぎる」

空中で身を躱すこともせず、セラは大剣を独楽のように回転させた。


ガガガガガガッ!!


氷の槍も、黒い触手も、セラの剣の間合いに入った瞬間にすべて塵となって消滅する。


「リア様のお風邪が長引いたらどうしてくれる。この吹雪をさっさと止めるためにも、十秒で終わらせてやる」

「化け物め……ッ! ならば、これならどうだ!」


堕天使の男が、懐からどす黒い液体が入った小瓶を取り出し、古竜の頭蓋骨に叩きつけた。


「ギョェェェェェェッ!!」


古竜が、これまでにないほどの悲痛な叫び声を上げた。

胸部に埋め込まれた『創世の欠片』が異常な明滅を始め、古竜の全身を覆っていた黒い肉腫が、一気に膨張していく。周囲の空間から魔力を根こそぎ吸い上げ、古竜の巨体はさらに倍近くにまで巨大化した。


「ははははっ! 霊峰の地脈と『欠片』を直結させた! これでこの竜は、魔力が尽きるまで無限に再生し、無限にブレスを吐き続ける不沈要塞だ! いくら神徒といえど、傷つけずに止めることなど——」

「……五月蝿いと言っているだろうが、鳥頭」


男の言葉を遮るように。

セラはすでに、巨大化した古竜の頭蓋骨のすぐ横、空中に静止していた。


「なっ……!?」

「神技・『なぎ』」


セラが、大剣を鞘に納めたまま、その『鞘の先』で、古竜の頭骨の眉間をトンッ、と軽く突いた。


カァァァァァァンッ……!!


澄み切った鐘の音が、猛吹雪の霊峰に響き渡った。

破壊ではない。それは、魔力の流れの「完全な切断」。

セラが突いた一点から、目に見えない波紋が広がり、古竜の全身を覆っていた黒い肉腫の活動が、嘘のようにピタリと停止した。無限に供給されていた地脈からの魔力も、切られた糸のようにぷつりと途絶える。


「ば、馬鹿な!? 力ずくで破壊するのではなく、魔力の経絡だけを完全に断ち切っただと!? そんな神業……」

「……言ったはずだ。我が主が『静かに眠らせてあげたい』と仰ったのだと」


着地したセラが、冷酷な目で堕天使を見上げる。

機能を停止し、グラグラと揺れる古竜の骸。

私は、毛皮のコートを翻し、雪を蹴って一気に古竜の胸元へと駆け寄った。


「リア様! お足元が滑ります、どうか私の背に——」

「大丈夫よ、セラ!」


私は、古竜の巨大な胸の骨組みの間から、青白く、しかし汚れた光を放っている『創世の欠片』に手を伸ばした。


「……よく頑張ったわね。もう、休んでいいのよ」


私がそっと欠片に触れる。

私の手から溢れ出した黄金色の光が、欠片を覆っていたどす黒い術式をジュッと溶かし、純粋な星の光へと還していく。


『……アリガトウ……我ガ、母ヨ……』


私の脳内に、古竜の安らかな声が響いた。

黒い肉腫がボロボロと雪のように崩れ落ちていく。

そして、古竜の巨大な骸骨は、まるで見えない呪縛から解き放たれたように、ゆっくりと、静かに崩れ落ち——元の、気高い白銀の化石へと戻っていった。


「あ……あぁっ……! アザエル様からお預かりした、至高の計画が……ッ!!」


足場を失い、雪の上に転がり落ちた堕天使の男。

彼は恐怖に顔を引き攣らせ、ガタガタと震えながら私とセラを見上げた。


「……さて。お掃除の邪魔をした罰は、受けてもらうわよ」


私が冷たく見下ろすと、セラがチャキッと大剣を抜き放ち、男の首筋に刃を当てた。


「ひぃぃっ!! 待て、殺さないでくれ! 私はただ命令されただけで……ッ!」

「セラ。その男の……」

私が命を下そうとした、その時だった。


『——情けない声を出すな、ガープよ。我ら真理の探求者の顔に泥を塗る気か』


不意に、雪山の空間が歪んだ。

私とセラの間に、黒い泥のような空間の裂け目が出現し、そこから這い出すようにして、巨大な「黒い手のひら」が突き出してきたのだ。


「アザエル様……ッ! おお、アザエル様!!」


男——ガープが歓喜の声を上げる。

黒い手は、ガープの体を無造作に掴み上げると、そのまま空間の裂け目へと引きずり込もうとした。


「逃がすかッ!!」


セラが大剣を振り下ろすが、黒い手はガープを庇うようにしてその一撃を受け止めた。

ガキンッ!! と火花が散り、天界最強の剣撃が、わずかに弾き返される。


『……久しぶりだな、セラフィエル。相変わらず、主の尻尾を追いかける忠犬のような振る舞いか』


空間の奥から響く、酷薄で、どこか懐かしい響きを持った声。


「……ッ! その声、まさか……アザエル、なのか……!?」


セラの瞳が見開かれ、彼女の顔に初めて、明らかな「動揺」の色が浮かんだ。


『くくっ……。エリュシオン様。我らがいずれ、貴女の玉座を頂きに上がる。せいぜい、その泥にまみれた地上で、束の間の家族ごっこを楽しんでおくがいい』


黒い手とガープの姿が、空間の裂け目へと完全に吸い込まれ、猛吹雪とともに、その気配は完全に消え去った。


「……アザエル。なぜ、あいつが……」


残されたセラは、大剣を握りしめたまま、信じられないものを見るように虚空を睨みつけていた。彼女の肩が、小刻みに震えている。

私は、そんなセラの背中にそっと歩み寄り、冷え切った彼女の手を、自分の両手でギュッと握りしめた。


「エリュ……リア様……」

「…大丈夫よ、セラ。何があっても、私が貴女のそばにいるから」



吹雪が止み、雲の隙間から一筋の陽光が差し込み始めた霊峰の頂。

静寂を取り戻した古竜の墓標の前で、私たちはついに、天界から堕ちたかつての同胞であり、この世界を狙う最大の敵——冥王アザエルとの、避けられない運命の交差を感じていた。

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