第13話「朝焼けの鉄屑街と、名もなき家族の肖像」
帝都ゼノスの地下深くから、私たちは六人の子供たちを連れて地上への帰路についていた。
気を失っている子供たちは、私の魔力によってフワリと宙に浮き、穏やかな寝息を立てている。セラはその後ろを、周囲に微塵の危険も近づけないよう、鋭い眼光を光らせながら歩いていた。
地上に出ると、夜明け前の冷たい空気が私たちの頬を撫でた。
ルミナスの白亜の街並みとは違い、この魔導帝国の空は常に灰色の煙で覆われている。
けれど、街路灯の青白い魔力光と、遠くの工場から漏れるオレンジ色の炎が混ざり合うその景色は、人間の逞しい生命力を感じさせて、決して嫌いではなかった。
カイルの隠れ家であるボイラー室に戻ると、扉の前でカイルが血走った目でうろうろと歩き回っていた。リュカとミアも、不安そうに兄の服の裾を握りしめている。
私たちの足音に気づいたカイルが顔を上げ、宙に浮く子供たちの姿を見た瞬間。
「……あ、あぁ……っ!」
彼は機械の右腕と生身の左腕を震わせながら、膝から崩れ落ちた。
私が魔力を解き、子供たちをそっと毛布の上に下ろすと、カイルは這うようにして彼らに近づき、一人一人の無事を確認するようにその小さな頭を撫でた。
「よかった……生きてる……本当によかった……っ!」
「にぃに……?」
目を覚ました子供の一人が、寝ぼけ眼でカイルを見上げる。
どうやらこの子供たちは、カイルが保護していた子たちらしい。
「おう、俺だ。もう大丈夫だぞ。怖い連中はもういないからな」
カイルは涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、子供たちを力いっぱい抱きしめた。リュカとミアも「わああっ」と泣き出し、兄と子供たちの輪の中に飛び込んでいく。
狭くて油臭いボイラー室の中に、彼らの泣き笑いの声が響き渡った。
その光景を、私は部屋の隅で静かに見つめていた。
血の繋がりはない。ただ、同じスラムで肩を寄せ合い、生き抜いてきただけの関係。
それでも、彼らが互いを想い、無事を喜び合うその涙には、どんな宝石よりも美しい魂の輝きが宿っていた。
私が創り出した「愛」というシステムは、私の想像を遥かに超えて、人間たちの中でこんなにも力強く、気高く育っている。
(……私には、まだこんな風に泣き合える『家族』はいないけれど)
ふと、隣を見ると、セラが腕を組みながら、なぜか目頭を押さえて鼻を啜っていた。
「……セラ? 泣いてるの?」
「な、泣いてなどおりません! これは、この薄汚れた部屋の埃が目に入っただけで……っ! ああもう、人間というのはどうしてこう、非合理的に涙腺を刺激する生き物なのでしょうか! 忌々しい……っ!」
言いながら、セラは私の袖でズルズルと鼻をかもうとするので、私は慌てて彼女の頭をペチンと叩いた。
「こら、私の服で拭かないの。でも……貴方も、人間の心が少しわかってきたみたいで嬉しいわ」
「……リア様」
セラは少し照れくさそうに俯き、私の後ろへと一歩下がった。
ーーー
翌朝。
帝都ゼノスは、大きな騒ぎに包まれていた。
私たちが壊滅させた第七魔導研究所の非道な人体実験が、帝国の正規騎士団によって発見されたのだ。
私がガルドスの意識を回復させる前に、彼が記録していた実験データや黒い帳簿の類をすべて机の上に目立つように並べておいたのが功を奏したらしい。
帝国の上層部も一枚岩ではない。
非人道的な実験を良しとしない派閥がすぐに動き、研究所は完全に封鎖され、ガルドスを含む関係者は国家反逆罪で一斉に捕縛されたという噂が、朝の市場であっという間に広まっていた。
「……これで、カイルさんたちが追われることもなくなるわね」
「左様にございます。本来ならばこの帝都ごと地図から消去するのが最も確実な再発防止策ですが、主様の慈悲深さに免じて、今回はこの程度で許してやりましょう」
市場の片隅で、朝食用に買った焼き立ての串肉を齧りながら、セラが物騒なことを平然と言い放つ。
「さて、私たちもそろそろ出発しましょうか」
私が串肉の最後の一口を飲み込んだ時だった。
「待ってくれ!」
背後から声がして振り返ると、息を切らしたカイルが走ってくるのが見えた。彼の後ろには、リュカやミア、そして昨夜助け出した子供たちがぞろぞろとついてきている。
皆、カイルが市場で買ってきたであろう新しい服を着て、見違えるように顔色も良くなっていた。
「リア、セラ! 本当に行くのか? その……俺たち、まだちゃんとお礼もできてないのに」
カイルが申し訳なさそうに頭を掻く。
「お礼なんていらないわ。私たちはただの旅人。たまたま通りかかって、少しお掃除を手伝っただけだもの」
私が微笑むと、カイルは真剣な表情になり、突然その場に片膝をついて深く頭を下げた。
「……あんたたちが何者なのか、俺は詮索しない。神様の使いでも、伝説の魔法使いでも、なんでもいい。
でも、あんたたちは俺の……俺たちの『家族』を救ってくれた。この恩は、一生忘れない。
もし今後、帝国のガラクタや機械が必要になったら、いつでも俺を頼ってくれ。命に代えても用立ててみせる」
カイルの真っ直ぐな言葉に、子供たちも一斉に「ありがとう、お姉ちゃん!」と深く頭を下げた。
「……頭を上げてください、カイルさん」
私はしゃがみ込み、カイルの機械の右腕を両手で優しく包み込んだ。
「その言葉だけで十分よ。貴方はもう、立派なお父さん……ううん、お兄ちゃんだもの。この子たちに、たくさんの愛を教えてあげてね」
私の言葉に、カイルの瞳から再び大粒の涙が零れ落ちた。彼は無言で何度も頷き、私の手を強く握り返した。
「——そこまでだ、気安く我が主の御手に触れるな。その機械の腕をスクラップにされたくなければ、今すぐ離れろ」
感動的な空気を一刀両断するように、セラが凄まじい殺気を放ちながら大剣の柄に手をかけた。
「ひぃっ! す、すまん!」
慌てて手を離すカイル。
「もう、セラったら。せっかくいい雰囲気だったのに」
「いけません、リア様! いかに恩があるとはいえ、このような薄汚れた男に主様の清らかな御手を長々と触れさせるなど……! もしやこの男、我が主への恩義に乗じて、ワンチャンス狙っているのでは!? 万死! 即刻斬首いたします!」
「狙ってない! 狙ってないから勘弁してくれェ!」
顔を真っ赤にして大剣を振り回すセラと、涙目で逃げ回るカイル。子供たちがキャハハと笑いながらその周囲を走り回っている。
そのドタバタ劇を見ながら、私は声に出して笑った。
(ああ、本当に……人間って面白いわ)
「じゃあね、みんな。元気で!」
私が大きく手を振ると、カイルたちも千切れんばかりに手を振り返してくれた。
私たちは、魔力伝導管が張り巡らされた巨大な正門をくぐり、帝都ゼノスを後にした。
次に向かうのは、西の果て。
ここ魔導帝国とは正反対の、手付かずの大自然が残り、エルフや亜人たちが暮らすという「大樹の里」がある方角だ。
「リア様、お足元にご注意を。この先の街道は舗装されておらず、石ころだらけです。やはり私が先行して、街道の石をすべて砂塵に変えて——」
「だから更地にしようとしないでってば。歩きにくくても、それも旅の醍醐味よ」
果てしなく続く平原を歩きながら、私は大きく伸びをした。
魔導帝国で手に入れた『創世の欠片』は、これまでのものとは違い、人間の悪意によって加工された痕跡があった。この世界には、私の力を意図的に集め、新たな神に成り代わろうとしている者が確実に存在している。
でも、怖くはなかった。
私には、どんな敵も一刀両断にしてくれる最強の剣がいて。
そして、守るべき「人間の気高い愛」が、この世界には確かに存在していることを知ったのだから。
「さあ、行くわよセラ! 次の街では、どんな美味しいものが食べられるかしら!」
「御意に! リア様のお望みとあらば、この大陸のすべての美食を略奪……いえ、調達してご覧に入れます!」
澄み渡る青空の下。
地に堕ちた世間知らずの女神と、過保護すぎる断罪の剣の旅は、さらに遠く、新たな出会いを求めて続いていくのだった。




