第11話「鉄屑の街の温もりと、神を模倣する愚者」
大通りの中央で、巨大な機械兵が四つの鉄塊となって崩れ落ちた直後。
周囲を包んでいたのは、爆発の余韻と、鼓膜が痛くなるほどの完全な静寂だった。
逃げ惑っていた帝都の市民たちも、腰を抜かしたジャンク屋の青年カイルも、そして彼が身を挺して守ろうとした二人の子供たちも、ただ呆然と目の前の光景を見つめている。
無理もない。
数十トンの質量を持ち、魔法障壁すら容易く弾き飛ばすはずの帝国の最新鋭魔導兵器が、細身の少女——私の護衛であるセラが剣の「柄」で小突いただけで宙を舞い、次の瞬間には豆腐のように四等分に切断されてしまったのだから。
「ピィ……ガ、ガァ……」
切断面から青白い火花を散らし、完全に機能を停止する機械兵。
私はその残骸から転がり出た『創世の欠片』を拾い上げ、そっと体内に吸収した。石に刻まれていた人工的な術式が、私の権能に触れてシュウッと音を立てて消滅していく。
「……リア様。この鉄屑の残骸、いかがいたしましょう。あまりにも不格好で目障りです。今すぐ私が素手で粉々に握り潰し、砂利に変えてこの街の舗装材にしてさしあげましょうか?」
セラが、切断された鋼鉄の装甲をハイヒールの爪先でコツンと蹴りながら、極めて真顔で恐ろしい提案をしてくる。
「駄目よ、セラ。そんなことしたら余計に目立っちゃうでしょ」
「すでに十分すぎるほど目立っているかと思われますが……。いっそ、この場にいる目撃者全員の記憶を、物理的な衝撃(頭突きなど)で消去して回るという手も——」
「物理で記憶を消そうとしないで!」
私が全力で過保護な剣の暴走を止めていると、遠くから「ウゥゥゥゥッ!!」というけたたましい魔導サイレンの音が近づいてきた。帝国の治安維持部隊か、あるいはこの機械兵を暴走させた張本人たちが騒ぎを聞きつけてやってきたのだろう。
「おい、あんたたち! 早くこっちへ!」
我に返ったカイルが、機械の右腕で二人の子供を抱え上げながら、私たちに向かって必死に手招きをした。
「ここにいたら帝国の連中に捕まっちまう! 事情は後で聞くから、とりあえず隠れるぞ!」
私たちは顔を見合わせ、カイルの先導に従って、帝都の複雑に入り組んだ路地裏へと足を踏み入れた。
ーーー
表通りの華やかさとは打って変わり、帝都ゼノスのスラム街は、空を覆うパイプラインから滴る汚水と、充満する機械油の匂いに包まれていた。
カイルが案内してくれたのは、廃棄された巨大なボイラー室を改造した、薄暗く手狭な隠れ家だった。
壁には様々なガラクタや工具が所狭しと吊るされ、部屋の中央には古い木箱を裏返しただけの粗末なテーブルが置かれている。
「狭くて汚い所だが……まあ、座ってくれ。さっきは本当に助かった。俺はカイル。こっちの小坊主がリュカで、妹のミアだ」
「よろしくね、リュカ君、ミアちゃん。私はリア。こっちは護衛のセラよ」
私が微笑みかけると、リュカとミアは私の銀色の髪を珍しそうに見つめながら、ペコリと頭を下げた。
「にぃに、お肉は? 今日、お肉食べるって言った!」
ミアがカイルの服の裾を引っ張ると、カイルは困ったように眉尻を下げた。
「ごめんな、ミア。さっきの騒ぎで、お肉を買うどころじゃなくなっちまったんだ。今日はスープで我慢してくれ」
「えー……」
しょんぼりとする子供たち。
その時、私の横で静かに腕を組んでいたセラが、おもむろに立ち上がった。
「リア様。この薄汚れた空間で、主様に粗末なスープなど啜らせるわけにはいきません。私が今すぐ帝都の高級レストランの厨房を制圧し、最高級の肉と専属シェフを拉致してまいります」
「だから犯罪行為はやめなさいってば! ……そうだわ、セラ。アリエスの街を出る時に、マーサさんから貰った干し肉や野菜が、貴方の『空間収納』に入ってるわよね?」
「はっ! 左様にございます。主様の非常食として、完璧な温度管理のもと保存しております」
「それを使って、私たちがご飯を作ろうか。カイルさんたちへの助けてもらったお礼も兼ねてね」
私が提案すると、カイルは慌てて手を振った。
「い、いや! 命の恩人にそんな真似させられないって! それに、あんたたちみたいな綺麗なお嬢さんが、こんな油臭い台所に立つなんて——」
「……黙れ。我が主が『作る』と仰っているのだ。貴様はただ平伏し、感謝の涙を流しながらその恩恵に与ればよい」
セラの絶対零度の視線と殺気に射抜かれ、カイルは「ヒッ」と短い悲鳴を上げて直立不動になった。
こうして、私とセラの(主にセラが魔法で食材を空中に浮かせ、光の速さで微塵切りにするという物理法則を無視した)調理が始まった。
完成したのは、干し肉と野菜をたっぷりと煮込んだ、マーサ直伝のシチューだ。
「さあ、冷めないうちにどうぞ」
欠けた木皿によそわれたシチューから、温かい湯気が立ち上る。
リュカとミアは目を輝かせ、小さな木のスプーンを握りしめて勢いよくシチューを口に運んだ。
「おいしーっ!!」
「お肉、すっごく柔らかい!」
顔を見合わせて満面の笑みを浮かべる子供たち。カイルも一口食べ、そのあまりの美味しさに目を見開いている。
「すごいな……。こんな美味いもの、生まれて初めて食った」
カイルは機械の右手で不器用にスプーンを持ちながら、何度も何度もシチューを味わっていた。
その光景を眺めながら、私は自分のスプーンを口に運ぶのも忘れ、ただ温かい気持ちで満たされていた。
血の繋がりもない。住む場所も貧しい。それでも、彼らは肩を寄せ合い、一つの鍋を囲んで笑い合っている。私が何万年という時間をかけても決して創り出すことのできなかった、「家族」という無形の財産が、この狭いボイラー室の中には確かに存在していた。
「……カイルさん。あの暴走した機械兵のことだけど」
食事が落ち着いた頃、私は静かに切り出した。
「あれの動力源に、青白い光を放つ『石』が使われていたのを知ってる?」
私の言葉に、カイルの顔からスッと血の気が引いた。
彼は無意識に、自分の機械の右腕を左手で強く押さえた。その瞳には、深い恐怖と憎悪が入り混じっている。
「……知ってるさ。あんたたち、ただの旅人じゃないんだな。あの石は……帝国の裏の連中が『星の心臓』と呼んでる、悪魔の石だ」
カイルは重い口を開いた。
「数ヶ月前、帝都の地下深くから、あの青白い石の欠片が大量に発掘されたらしい。帝国の『第七魔導研究所』の連中は、その石が無限の魔力を秘めていることに気づき、兵器の動力源として利用しようとした」
「さっきの機械兵のように、ですか?」
「ああ。だが、石の力は強大すぎて、ただの機械じゃすぐに暴走して自壊しちまう。そこで研究所の狂った連中が考えついたのが……『人間の魂』を制御装置として組み込むことだった」
カイルの言葉に、セラの纏う空気がピリッと冷たくなった。
「人間の魂……。まさか」
「俺のこの右腕も、その実験の失敗作さ」
カイルは自嘲気味に笑い、機械の腕の装甲をカチャリと外した。
その内部、複雑な歯車と魔力伝導管の中心に、米粒ほどの小さな『青白い石の欠片』が埋め込まれているのが見えた。
「スラムの孤児や、身寄りのない人間が次々と研究所に攫われた。石を肉体に埋め込まれ、兵器と融合させられる実験のためにね。
ほとんどの奴らは石の力に耐えきれずに発狂して死んだか、自我を失って化け物になっちまった。俺は運良く、研究所から逃げ出せたんだが……」
カイルはギュッと拳を握りしめ、リュカとミアの頭を撫でた。
「この子たちの親も、その実験に巻き込まれて死んだ。だから、俺が守らなきゃならないんだ。帝国の狂った実験から、この子たちだけは絶対に」
カイルの震える声が、狭い部屋に響き渡った。
(……人間の魂を、私の力の制御装置にする?)
胸の奥底で、ドス黒い炎が静かに燃え上がるのを感じた。
ルミナスの教皇は、自らの欲望のために私の名を騙り、子供たちを犠牲にした。それだけでも許しがたい暴挙だった。
だが、この帝国の「第七魔導研究所」とやらは、さらにその先を行っている。
神の力である『創世の欠片』を人工的に解析し、あろうことか命そのものを消耗品として扱い、新たな理を神に代わって創り出そうとしているのだ。
それは、世界の創造主である私に対する、明確な「反逆」だった。
「リア様」
私の感情の揺れを察知したセラが、スッと私の傍に跪いた。
彼女の瞳はすでに、この魔導帝国そのものを地図から消し去るための計算を始めている。
彼女にとって、主の心を痛めつける存在は、例外なく「全滅」の対象なのだ。
「ええ。わかっているわ、セラ」
私は静かに立ち上がり、カイルを見下ろした。
「カイルさん。その『第七魔導研究所』は、どこにあるの?」
「なっ、まさかあんたたち、乗り込む気か!? 冗談じゃない、あそこにはさっきの機械兵の完成型が何十体も配備されてるんだぞ! いくらあの強そうな護衛の姉ちゃんでも、生きて帰れるわけが——」
「カイル」
私が、感情を完全に排した、透き通るような声で彼の名前を呼ぶ。
ほんの少しだけ。本当に、水面に波紋を立てる程度だけ、私の中にある『神威』を解放した。
「——っ!?」
その瞬間、カイルは言葉を失った。
彼の目には、私の姿がどう映ったのだろうか。薄汚れたボイラー室の風景が消え去り、絶対的な星の輝きを纏った、抗うことの許されない絶対者の姿が見えたのかもしれない。カイルはガタガタと震えながら、無意識のうちにその場に両膝をつき、深く頭を垂れていた。
「人間が自らの足で歩み、知恵を絞り、家族を愛して生きていく。その営みを、私は美しいと思うわ」
私はカイルの前に屈み込み、彼の機械の右腕にそっと手を触れた。
「でも、他者の愛を踏みにじり、命を部品のように扱う傲慢さは、私が創ったこの世界には必要ない」
私の指先から、淡い光がこぼれ落ちる。
カイルの右腕に埋め込まれていた『欠片』が、光の粒子となって私の体内へと還っていく。それと同時に、彼がずっと感じていたであろう石の呪縛による激痛が、嘘のように消え去ったはずだ。
「あ……腕が、痛く……ない……?」
呆然とするカイルに、私は極上の笑みを向けてウインクした。
「ここは少し空気が悪いから、お掃除しに行くの。貴方はここで、リュカ君とミアちゃんと一緒に、温かいシチューの続きを食べていてちょうだい」
私が振り返ると、セラはすでに大剣の柄に手をかけ、歓喜に打ち震えながら三つ指をついて待機していた。
「セラ。帝国のゴミ拾いに行くわよ」
「御意に……ッ! 我が主の御心を乱す愚者どもに、絶望という名の神罰を! 帝都の地下を、文字通り『更地』にしてご覧に入れますッ!!」
夜の帳が下り始めた魔導帝国ゼノス。
黒煙と欲望が渦巻くこの街の地下深く、神を模倣しようとする哀れな愚者たちのもとへ、本物の神と、天界最強の断罪の剣が静かに歩みを進め始めた。




