第45話 雷の子虎、罠の森で
「ぱち……におい〜」
ハクが鞄の中から小さく震えた。
俺たちは街の北、密林地帯の入り口に立っていた。ギルドの依頼で薬草採取に来たはずなのに、ハクがいつもと違う反応を示している。
「どうした?」
「きんぞく……ぱちぱち……」
「金属?」
リーシャが眉を寄せる。
風が木肌をなで、鼻先にわずかなオゾンの匂いが乗ってきた。前腕の産毛がぞわりと立つ。
「金属臭がします。それと……矢じりの匂いも」
「罠か?」
クロエが一歩前へ。俺も周囲を見回す。
「ハク、どっちから?」
「あっち〜」
ハクが示した方向へ、慎重に進む。茂みの向こうから――ぱち、ぱち。乾いた火花が跳ねる音が、葉擦れに混じって微かに耳を刺した。
「……何か、いるぞ」
茂みを抜けると、そこには金属製の網罠が張られていた。
その中心に、小さな獣。
子トラほどの大きさ。ふわもこの淡金色の毛並み。眉間には稲妻のような模様。尻尾の先が、ぱち、ぱちと小さな火花を散らしている。
「ライズ・サーベルの幼体……!」
リーシャが息を飲む。
「雷のサーベルタイガーの子供です。王国指定保護種。成体は国宝級の扱いで……」
幼体は俺たちを警戒して低く唸る。けれど、その目には怯えが滲んでいた。
「罠に掛かってるのか」
「ああ。密猟者の仕業だろうな」
クロエが周囲を流し見る。
「この辺り、足跡がいくつもある。まだ近くにいるかもしれない」
「まずは、この子を助けよう」
俺は鞄から小さな瓶を取り出した。導電鎮静ミスト(市販の常備薬)。帯電を和らげる霧状の薬だ。
「リーシャ、罠の魔法式を解析して解除。クロエは外周警戒」
「了解」
「わかった」
俺はゆっくり幼体に近づく。ミストを霧状に噴霧――微かなタイムと金属の香り。幼体の帯電が、呼吸一つぶん弱まった。
「大丈夫だ。怖くない」
俺は胸に手を当てる。カナリアと交わした、あの合図。幼体が、じっと俺を見つめる。
リーシャが罠式を解き、網がゆっくり開く。
幼体が一歩、二歩と前へ――そして、俺の胸元へすり寄ってきた。
「っ!」
ぱち。
毛並みの奥で電がふくれ、熱を帯びる。
「大丈夫――」俺は胸の合図を保ったまま、反対の手でミストをひと吹き。
シュウ……と鎮まる音。ぱちがとくんに変わり、子虎の鼓動が胸へ伝わる。
「いった……でも、可愛いな」
クロエがくすっと笑う。「お前、好かれてるじゃん」
「ぷるぷる〜なかま〜」
ハクも嬉しそうに跳ねた。
その瞬間――
「来る!」クロエの声。左の梢から矢の白線が走る。
彼女の拳が空を叩き、衝撃波が弾道を半身一枚逸らす。
右の弓兵が二の矢をつがえる――「【風刃】!」リーシャの風の刃が弦だけを正確に断ち、乾いた金属音が森に消えた。
茂みから三人。弓を持つ二人と、罠を携えた一人。
「おい、その獣はオレたちの獲物だぜ」
「獲物? 生き物を勝手に罠に掛けておいて?」
クロエが前に出る。
「ギルドの許可無しに保護種を狩るのは違法だ。今すぐ立ち去れ」
「うるせえ!」
罠師が金属網を投げる。ばさりと広がる面が俺たちを覆い――
「【土杭】!」
リーシャが地面から杭を噴かせ、網を貫いて固定。クロエは気功波で残った矢を叩き落とす。
「くそっ!」
密猟者たちは舌打ちして茂みに散る。
「追うか?」
「いい。この子を安全な場所に連れて行くのが先だ」
俺はこの子を抱き直した。
――
街への帰り道、幼体は腕の中で丸くなる。時々、尻尾の先がぱちんと一粒だけ綺麗に弾ける。
「名前、付けてあげないんですか?」
リーシャが問う。
「そうだな……」俺は眉間の稲妻模様を見つめる。
雷。雷神。――重い。もっと軽く、速く、切れる名。
「ライ、はどうだ?」
幼体の尻尾がぱちん。一度だけ、音が澄んだ。
「気に入ったみたいだな」
クロエが笑う。
「ぷるぷる〜ライ〜」
ハクも真似して跳ねた。
俺は胸に手。ライも、そっと胸へ鼻面を寄せる。
「これからよろしくな、ライ」
街に戻ると、ギルドへ直行した。受付にはリーナ。
「ヒナトさん、それは……」
「ライズ・サーベルの幼体です。密猟者の罠に掛かっていたのを保護しました。保護テイムの手続きを」
「わかりました。少々お待ちください」
リーナは素早く帳簿と書式を持って戻る。
「保護テイム書にサインをお願いします。あわせて密猟通報票も。現場の折れた矢羽と、この罠油の匂いは証拠扱いで提出します。ハクさんの痕跡解析メモ、添付してもよろしいですか?」
「助かります。お願いします」
手続きの間、俺はライを抱きしめた。温かい。けれど、少し震えている。
「大丈夫だ。もう安全だから」
ライが小さく鳴く。火花はもう、怖がりの色を帯びていない。
その夜、宿の部屋で。
ライは俺のベッドの端で丸くなっていた。時々、尻尾がちりと可愛い火花を散らす。
「まだ怖がってるのかな」
「当然だろ。群れから離されて、罠に掛けられて……」
窓辺でクロエが肩をすくめる。「でも、お前が助けた。信頼は、触れて落ち着かせた分だけ育つ」
「……ああ」
俺はライの頭をやさしく撫でる。ふわふわの毛並み。くすぐったい静電気が指先を撫でた。
「明日、正式なテイム契約を結ぼう」
ライが目を開け、俺を見つめる。もう怯えはない。ただ、まっすぐな金色の光。
窓の外、森の奥。
泥に、大きな足跡が深く刻まれていた。
密猟者の中に、まだ誰かがいる。
そして、その誰かは――まだ、諦めていない。




