第30話 歌姫 その6
あけましておめでとうございます!
いつも読んでくださってありがとうございます。
今年もゆっくりですが、心に残る場面を届けられたら嬉しいです。
引き続き、楽しんでいただけますように。
俺は荷物から検査道具を取り出した。日本にいた頃、医療ドラマで見た触診の手順を思い出す。
「じゃあ、失礼します。首筋に少し触れますね」
俺は彼女の首元に、そっと指を当てた。リンパ節を確認するように、優しく触れていく。
――瞬間、違和感があった。
「……?」
何か、おかしい。
首の側面、声帯の周辺に、わずかな腫れがある。でも、それは炎症による腫れとは違う。もっと局所的で、まるで何かが――
「どう、ですか……?」
カナリアが不安そうに訊いてくる。
「少し待ってください」
俺はもう少し丁寧に触診を続けた。喉仏の周辺、気管の脇、そして声帯に近い部分
そこで、俺は気づいた。
ある一箇所だけ、明らかに硬い感触がある。
しこりのような……いや、これは……
「……カナリアさん、最近、喉に何か異物感を感じたことはありませんか?」
「異物感……?」
「何かが引っかかっているような、詰まっているような感覚です」
カナリアが、はっとした表情になった。
「……あります。ずっと、何かが喉に貼りついているような……」
「それはいつ頃からですか?」
「二週間くらい前……いえ、もっと前かも。最初は気のせいだと思っていたんですけど……」
俺の頭の中で、いくつかの可能性が浮かんだ。
日本にいた頃、医療ニュースで見た記憶がある。声帯ポリープ、声帯結節、それから――
「カナリアさん、失礼ですが……最近、誰かに飲み物や食べ物をもらったことはありませんか?」
「飲み物……?」
カナリアが考え込む。
「そういえば……公演の前日、同僚の歌手が『喉にいいから』ってハーブティーをくれました」
「それは、いつもその方がくれるものですか?」
「いえ、初めてです。でも、彼女はいつも親切にしてくれるから……」
俺の胸に、嫌な予感が走った。
「その後、すぐに症状が出ましたか?」
「……そういえば、そのお茶を飲んだ晩から、喉の違和感が強くなって……」
カナリアの顔が、青ざめていく。
「まさか……?」
「まだ断定はできません。でも……」
俺は慎重に言葉を選んだ。
「もしかすると、何か特殊な物質が喉に付着しているかもしれません。それが声帯の動きを阻害している可能性があります」
「特殊な物質……?」
「この世界には、魔力を含んだ薬草や鉱物があります。中には、声帯に直接作用するものもあるかもしれない…。」
日本の知識と、この世界で学んだポーション調合の知識が結びついていく。
「特に、『沈黙草』という薬草があります。通常は麻酔や鎮静剤に使われますが、高濃度で摂取すると声帯周辺に結晶化して付着する。それが長期間残留すると……」
「声が、出なくなる……?」
「はい。物理的な損傷ではないので、普通の治療では見つけにくい。でも、ポーション職人の俺なら……」
俺は彼女を真っ直ぐに見た。
「俺のポーションで、その結晶を除去できる可能性があります」
カナリアが、ハクをぎゅっと抱きしめた。その体が、小刻みに震えている。
「ぷる〜……ぷるぷる〜」
ハクが心配そうに鳴いた。カナリアの頬を、小さな手で撫でる。
「でも……もし本当に、同僚が……」
彼女の声が震える。
「なんで……私、何もしてないのに……」
「カナリアさん」
俺は彼女の肩に手を置いた。
「今は、まず治すことだけを考えましょう。真相は、後からでも確かめられます」
「……はい」
彼女が小さく頷いた。その目からは、涙が止まらない。
「大丈夫、大丈夫ですから」
おそらくランクAのポーションあたりで治る気がするが、それを言ってしまうと問題になりそうだから、特殊ポーションということにしよう。
「ただ……これを除去するには、少し特殊なポーションが必要です。今すぐには作れないんですが……」
「どのくらい、かかりますか?」
すぐに作成できるけど、早すぎるのもまずいよな…。
「二、三日あれば準備できます。それに……」
俺は慎重に続けた。
「もう少し詳しく調べたい。外で待っている仲間に、相談してもいいでしょうか?」
カナリアが、不安そうに俺を見る。
「……信頼できる人ですか?」
「はい。絶対に」
しばらく迷った後、彼女は小さく頷いた。
「……お願いします」
「ありがとうございます。少しだけ、待っていてください」
俺は立ち上がった。ハクがカナリアの膝の上で、心配そうに鳴いている。
「ハク、カナリアさんと一緒にいてあげて」
「うん〜! ぷるぷる〜!」
ハクが元気よく答えた。
部屋を出ると、マネージャーさんが心配そうに待っていた。
「どうでしたか……?」
「おそらく、沈黙草の結晶化だと思います」
「沈黙草……?」
「声帯に直接作用する薬草です。高濃度で摂取すると、声が出なくなります」
マネージャーさんの顔が、青ざめた。
「それは……治るんですか?」
「はい。特殊な溶解ポーションで除去できます。ただ……」
俺は声を潜めた。
「意図的に飲まされた可能性があります」
「……何ですって?」
マネージャーさんの目が、驚きに見開かれた。
「誰が……まさか……」
「まだ確証はありません。でも、同僚の方から飲み物をもらった直後に症状が出たそうです」
「同僚……」
マネージャーさんが、拳を強く握りしめた。その手が、怒りで震えている。
「許せない……カナリアを、こんな目に……」
「マネージャーさん、今は落ち着いてください」
俺は彼の肩に手を置いた。
「まず、彼女を治すことが先決です。真相の究明は、それからでも遅くありません」
マネージャーさんが、深く息を吸った。
「……わかりました。お願いします、ヒナトさん」
「必ず、治します」
俺は頷いて、建物の外へ出た。
クロエとリーシャが、すぐ近くで待っていた。
「ヒナト、どうだった?」
クロエが真剣な表情で訊いてくる。
「沈黙草の結晶化だと思う。誰かが意図的に、高濃度の沈黙草エキスを飲ませた可能性が高い」
「沈黙草……?」
リーシャが驚いた声を上げた。
「それって、本当に危険な薬草じゃないですか!」
「ああ。だからこそ、確実に除去しないといけない」
クロエが腕を組んだ。
「で、どうする? 溶解ポーションは作れるのか?」
「作れる。Aランクのポーションで大丈夫だと思う。念のため、Sランクも用意しておけば問題ない。一応、2日程度かかると説明してある。」
「それまで、彼女は大丈夫なのか?」
「すぐに命に関わるわけじゃない。でも、早めに対処したい」
俺は空を見上げた。
「それに……犯人を突き止めないといけない」
「同僚の仕業か?」
「可能性が高い。でも、証拠がない」
クロエが鋭い目をした。
「なら、調べるしかないな」
「ああ。でも、まずはカナリアさんを治すことが先だ」
リーシャが心配そうに俺を見た。
「ヒナト様、無理しないでくださいね」
「大丈夫。必ず、何とかする」
俺は二人を見た。
「クロエ、情報収集を頼める? カナリアさんの周辺の人物、特に同僚の歌手について調べてほしい」
「わかった」
「リーシャは、カモフラージュのために薬草とか手に入れてきてほしい。」
「はい!」
三人で頷き合う。
「よし、戻ろう」




