第28話 歌姫 その4
翌朝、俺は宿屋で施術の準備を整えていた。
テーブルの上には、昨夜生成したポーションの瓶が並ぶ。
「本当に、今日行くのか?」
クロエが腕を組んで訊いてくる。その表情には、いつもの余裕はなかった。
「ああ。カナリアさんが準備できたって言ってくれた」
「でも、まだ心が完全に開いたわけじゃないだろう?」
「そうだな。だからこそ、慎重に進めないと」
俺は瓶を一つ一つ確認しながら答えた。クロエが小さく息を吐く。
「お前、無理してないか?」
「無理?」
「お前はいつも、他人のことばかり考えてる。自分が傷つくことは気にしないで」
クロエの言葉が、胸に刺さった。
「……心配してくれてるのか?」
「当たり前だろ。仲間なんだから」
彼女が、ぶっきらぼうに言う。でも、その目には確かな優しさがあった。
「ありがとう。でも、大丈夫だ」
俺は彼女の肩を軽く叩いた。
「俺は、彼女を助けたいだけじゃない。彼女の歌で救われた人たちのためにも……それから、マネージャーさんのためにも、できることをしたいんだ」
クロエが、ふっと笑った。
「……らしいな、お前」
「ヒナト様!」
リーシャが部屋に駆け込んできた。息を切らしながら、小さな布袋を差し出す。
「これ、追加の蜂蜜です。昨日のお茶、すごく喜んでくれたみたいだから……」
「ありがとう、リーシャ」
俺は袋を受け取った。リーシャが、心配そうに俺を見上げる。
「本当に、大丈夫ですか? 無理しないでくださいね」
「ああ。でも……」
俺は少し迷ってから、二人に打ち明けた。
「実は、昨夜マネージャーさんから連絡があったんだ」
「連絡?」
「カナリアさんが、『もう一度、ヒナトさんに会いたい』って」
リーシャの顔がぱっと明るくなる。
「それって、心を開いてくれたってことですよね!」
「まだわからない。でも……少なくとも、俺を受け入れてくれる準備はできたみたいだ」
クロエが頷く。
「なら、行くしかないな」
「ああ」
俺は荷物をまとめ始めた。その時――
「私もいく〜ぷるぷる〜!」
足元から、小さな声がした。
白い毛玉が、俺の足にしがみついている。
「ハク?」
俺が驚いて見下ろすと、ハクがじっと俺を見上げていた。その小さな目には、真剣な光が宿っている。
「いく〜! いく〜!」
ハクが俺の足を登り始めた。するすると肩まで這い上がってくる。
「おい、ハク。今日は留守番を……」
「いく〜!」
ハクが俺の頬に頭突きをした。
リーシャがくすっと笑う。
「ハクちゃん、ヒナト様と一緒に行きたいんだね」
「でも、カナリアさんが驚くかもしれないし……」
「ぷるぷる〜……」
ハクが、しょんぼりとした声を出した。小さな体が、俺の肩でうなだれる。
その姿があまりにも可哀想で、俺は思わずため息をついた。
「……わかった。でも、大人しくしてろよ」
「やった〜!」
ハクが嬉しそうに鳴いた。尻尾をぱたぱたと振って、俺の首に巻きつく。
クロエが呆れたように笑った。
「お前、甘いな」
「仕方ないだろ。こんな顔されたら……」
「まあ、ハクがいれば場の雰囲気も和むかもな」
「それもそうだな」
俺はハクの頭を優しく撫でた。ハクが気持ちよさそうに目を細める。
「よし、行くか」
「気をつけてくださいね」
「何かあったら、すぐに連絡しろよ。外で待ってるから」
「ああ、わかった。」




