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ポーション職人の異世界攻略記  作者: リディア


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第26話 歌姫 その2

廊下でクロエとリーシャが待っていた。


「どうだった?」


クロエが腕を組んだまま訊いてくる。


「駄目だ。完全に心を閉ざしてる」

「そりゃそうだろ。歌えない歌姫なんて……自分の存在価値を全否定されたようなもんだ」


クロエの言葉は冷たいようで、でもどこか理解がある。リーシャが心配そうに俺を見上げた。


「どうするんですか? このままじゃ……」

「押しつけちゃ駄目だ。まずは、心を開いてもらわないと」


俺は窓の外を眺めた。通りを行く人々の足音が、いつもより小さく聞こえる。


「ヒナト様、本気で助けるつもりなんですか?」


リーシャの声に、いつもとは違う真剣さがあった。


「ああ。でも、急ぐつもりはない」

「時間をかけるってこと?」

「そうだ。心の傷は、薬じゃ治せない。時間と、信頼と――それから、ほんの少しの温かさが必要なんだ」


クロエが、ふっと笑った。


「らしいな。で、どうする?」

「蜂蜜茶と、蒸気吸入の器具を用意してくれ」

「治療するのか?」

「いや。今日は、環境を整えるだけだ」

「環境?」

「彼女の喉もそうだけど……まずは心を、少しでも楽にしてあげたい」


リーシャが頷く。


「わかりました。すぐに用意します」

「ありがとう。それと……」


俺は二人を見た。


「今日は、俺一人で行く。二人には、外で待っていてほしい」

「なんでだ?」

「人数が多いと、彼女が警戒する。それに……」


俺は小さく息を吐いた。


「これは、俺の我儘でもあるんだ」


クロエとリーシャが、顔を見合わせる。やがてクロエが肩を竦めた。


「……わかった。でも、何かあったらすぐに呼べよ」

「ああ」


午後、俺は再び扉を叩いた。


手には、温かい蜂蜜茶の入ったポットと、薬草蒸気壺。リーシャが丁寧に淹れてくれた茶は、ほんのり甘い香りを漂わせている。


マネージャーが無言で扉を開けてくれた。彼の表情は、午前中よりさらに疲れているように見えた。


「また……来てくださったんですね」

「はい。約束は守ります。彼女が拒絶したら、すぐに引きます」


マネージャーが、わずかに目を伏せた。


「実は……あなたが帰った後、彼女が少しだけ口を開いたんです」

「何と?」

「『あの人、優しかったね』って……それだけですが」


俺の胸が、少し温かくなった。


「それなら、もう少しだけ踏み込んでもいいでしょうか」

「……お願いします」



部屋の扉をノックする。


「……また来たの?」


カナリアの声は、やはり掠れている。でも、さっきより少しだけ語尾に力があった。


「はい。でも、治療じゃありません」


俺はゆっくりと扉を開け、蜂蜜茶の香りを部屋に漂わせた。


カナリアが、わずかに顔を上げる。毛布の隙間から、青白い顔が覗いた。目は赤く腫れ、髪は乱れている。


「……それ、何?」

「蜂蜜茶です。喉に優しいハーブを混ぜてあります」


俺はゆっくりと窓際のテーブルにポットを置いた。


「無理に飲まなくても大丈夫です。ただ、湯気を吸うだけでも喉が楽になりますから」

「……なんで、そこまでしてくれるの?」


彼女の声が、震えていた。


「あなた、私のこと知らないでしょう? ファンでもないのに……」

「ええ、知りません」


俺は正直に答えた。


「でも、あなたの歌で救われた人たちを知っています。昨夜の酒場で、みんなが沈んでいた。街全体が、光を失ったようだった」


カナリアが、じっと俺を見つめている。


「それに……」


俺は、カップに蜂蜜茶を注ぎながら続けた。


「俺も、昔……声を失いかけたことがあるんです」

「……え?」

「物理的にじゃありません。心が折れて、誰とも話したくなくなった時期がありました」


カナリアが、毛布の中で少し身じろぎした。


「そんな時、誰かが――俺のことを何も知らない人が、温かいスープを持ってきてくれたんです」


俺はカップを彼女の方へ差し出す。


「『無理に食べなくていい。ただ、匂いを嗅ぐだけでもいいから』って。その優しさが……俺の心を、ほんの少しだけ温めてくれた」


彼女が、警戒しながらも、細い指でカップを受け取った。


「……ありがとう」


小さな、か細い声。でも、そこには確かに感謝の響きがあった。


俺は窓際の椅子に腰を下ろし、カーテンの隙間から差し込む光を眺めた。しばらく沈黙が続く。蜂蜜茶の湯気が、ゆっくりと部屋に広がっていく。


カナリアが、カップを両手で包み込んでいた。まだ口をつけてはいない。ただ、湯気を顔に当てて、目を閉じている。


「……温かい」

「ええ。蜂蜜とカモミール、それからタイムを少し。喉の炎症を抑える効果があります」

「あなた、本当にポーション職人なの?」

「はい。でも、今日はポーション職人としてじゃなく……ただの、一人の人間として来ました」


カナリアが、わずかに首を傾げる。


「どういうこと?」

「ポーション職人としてなら、症状を診て、薬を処方して、それで終わりです。でも……」


俺は彼女の方を向いた。


「今のあなたに必要なのは、薬じゃない。だから、人として――ただ、話を聞いてほしかったんです」


カナリアの目から、一筋の涙が溢れた。


「……みんな、『頑張れ』って言うの。『きっと治る』『また歌える』って……」


彼女の声が震える。


「でも、私……怖いの。もう二度と、歌えないんじゃないかって。声が戻っても、みんなの期待に応えられないんじゃないかって……」


カップを持つ手が、小刻みに震えていた。


「辛い時や寂しい時って、本当に前が見えなくなる」


俺は、静かに言葉を紡ぎ始めた。


「俺にもあった。どうしようもなく孤独で、長い夜にもがいたことが」


カナリアが、じっと俺を見つめている。

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