第12話 三人の秘密と、夜の約束
宿屋の部屋に戻った俺たちは、それぞれベッドに腰を下ろしていた。
部屋は三人部屋で、少し狭いけれど清潔だ。窓からは夕日が差し込んでいて、部屋全体がオレンジ色に染まっている。
「とりあえず……落ち着いたな」
俺は深呼吸をした。
リーシャとクロエは、まだ少し緊張した面持ちで俺を見ている。
「あの……ヒナト様」
リーシャが遠慮がちに口を開いた。
「うん?」
「私たち、本当に自由なんですか?」
「ああ、もちろん」
「契約書には俺の名前が書いてあるけど、それは形だけだ。お前たちは、もう自由だよ」
リーシャの目が潤んだ。
「ありがとうございます……」
クロエも、小さく頷いた。
「……感謝してる」
彼女の声は低く、でも確かな感情がこもっていた。
「それで、これから一緒に行動するなら、お互いのことを知っておきたいんだ」
俺は二人を見た。
「お前たち、どんな戦い方が得意なの?」
クロエが先に答えた。
「私は、肉弾戦が得意。龍神族の血が流れてるから、体を硬化させられる」
「硬化?」
「ああ。こういうことだ」
クロエは拳を握り、腕に意識を集中させた。
次の瞬間——彼女の腕が、まるで金属のように黒く輝いた。
「これが"鋼の体"。龍神族の特性だ」
彼女は軽く壁を叩いた。ゴンッ、と鈍い音が響く。
「すごい……」
「それと、こういうこともできる」
クロエは手のひらを前に向けた。そして——。
「はっ!」
掌から、透明な衝撃波が放たれた。空気が歪み、壁に小さな衝撃が走る。
「気功波……」
「ああ。遠距離攻撃も少しならできる」
俺は驚きを隠せなかった。近接戦闘も遠距離攻撃もできるなんて、まさに万能型だ。
「リーシャは?」
「私は……魔法使いです」
リーシャは少し恥ずかしそうに言った。
「属性は、ほとんど全て使えます」
「全て?」
「はい。火、水、風、土、光、闇……それから、回復魔法も」
「それって……すごくないか?」
「でも、どれも中途半端で……」
「いや、十分すごいよ」
俺は笑った。
「ちょっと見せてもらえる?」
「はい」
リーシャは手を前に掲げた。そして——詠唱なしで、炎が彼女の手のひらに現れた。
炎は鳥の形を取り、部屋の中を一周してから消えた。
「詠唱なしで……!」
「はい。基礎魔法なら、詠唱は必要ありません」
彼女の声には、自信が滲んでいた。
「すごいな、二人とも」
俺は感心した。戦闘能力がないのは俺だけだ。
「じゃあ、俺も見せるよ」
「え?」
二人が驚いた顔をした。
「ヒナト様は、ポーション職人では……?」
「ああ。でも、ちょっと特殊なんだ」
俺は手のひらを前に掲げた。そして、心の中で『Eランクポーション生成』と唱えた。
次の瞬間——。
空中に、淡い緑色の魔法陣が浮かび上がった。魔法陣はゆっくりと回転し、中心から光の粒子が溢れ出す。
そして——手のひらに、ポーションの瓶が現れた。
「……え?」
二人は呆然としていた。
「これが、俺のスキル。【ポーション生成】」
「何も……ない空間から……?」
リーシャが信じられないという顔をしている。
「ああ。材料も工房も必要ない。ただ、MPを消費するだけで、ポーションが作れる」
「そんな……神様の技じゃないですか……!」
リーシャが思わず立ち上がった。
「神様じゃないよ。ただのポーション職人だ」
「いえ、絶対に普通じゃありません!」
クロエも頷いた。
「こんなスキル、聞いたことがない……」
二人は、まるで神を見るような目で俺を見つめていた。
「あの、だからこそ——これは秘密にしたいんだ」
「秘密……?」
「ああ。このスキルが知られたら、面倒なことになる気がする。だから、三人だけの秘密にしてほしい」
リーシャとクロエは、真剣な顔で頷いた。
「わかりました。絶対に誰にも言いません」
「私も、誓う」
「ありがとう」
俺は安心した。
「それに、いずれ工房付きの家が必要になるかもしれないな」
「工房……ですか?」
「ああ。ポーション職人としての体裁を保つためにも、ちゃんとした拠点があった方がいい」
「それは……確かに」
リーシャが納得したように頷いた。
夜になり、部屋は静かになった。
俺たちはそれぞれのベッドに横になっていたが、クロエが突然口を開いた。
「ところで、ご主人様」
「ご主人様って呼ばなくていいよ。ヒナトでいい」
「……ヒナト」
クロエは少し照れたように言い直した。
「夜のお相手は、誰にするの?」
「え?」
俺は思わず起き上がった。
「何言ってるんだ!?」
「だって、私たちは奴隷だったんだから。そういうことも覚悟してる」
「いや、そんなの考えてないから!」
俺は慌てて否定した。
「そういうのは……愛し合って、結婚してからだよ」
部屋が静まり返った。
リーシャが、真っ赤な顔でこちらを見ている。
「け、結婚……」
「ああ。俺は、そういうの大事にしたいんだ」
クロエも、少し驚いた顔をしていた。
「……変わってるな、お前」
「そうかもしれないけど、それが俺のやり方だから」
クロエは小さく笑った。
「……いい奴だな」
「ありがとう」
リーシャも、恥ずかしそうに微笑んだ。
「ヒナト様……優しいんですね」
「そんなことないよ」
俺は照れ臭くて、ベッドに潜り込んだ。
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」
「……おやすみ」
三人の声が重なる。
温かい空気が、部屋を包んでいた。
これから、どんな未来が待っているのかわからない。
でも——この二人となら、きっと乗り越えていける気がした。




