第11話 壊れた戦士と、再生の契約
奴隷を買うなんて、思ってもいなかった。
胸の奥がずっとザラついていた。それでも、あの冒険者の言葉が頭から離れなかった。
「戦えないポーション職人なんて、格好の餌食だからな」
俺は奴隷商の店の前で、立ち止まっていた。
看板には『奴隷商・鉄鎖亭』と書かれている。建物は古く、窓には鉄格子がはまっていた。
「……入るか」
深呼吸をして、俺は扉を押し開けた。
中は薄暗く、カビ臭い匂いが鼻をつく。奥には太った中年男性が座っていて、俺を見るなり顔を上げた。
「いらっしゃい。奴隷をお探しかね?」
「あ、はい……戦闘奴隷を」
「戦闘奴隷ね。了解だ。予算はどのくらいを想定してる?」
「特に決めてない。ただ、強い仲間がほしい」
「……なるほど、ちょっと変わった客だな」
男はニヤリと笑い、立ち上がった。
「こっちへどうぞ」
案内された奥の廊下はさらに暗く、ひんやりとしていた。
「ここは処分予定の奴隷も含めて全部見せてる。安いが訳ありだ。まあ、見て選んでくれ」
鉄の扉が開くと、そこには——檻が並んでいた。
中には、人間や獣人、エルフらしき人々が座り込んでいる。みんな、無表情で、生気がない。
「これは……」
俺は息を呑んだ。
これは人なのか……? いや、人だ。でも、商品として扱われている。
唇を噛む。胸が痛い。
「戦闘奴隷なら、この奥だ」
男は檻の奥を指差した。
そこには、獣人や人が何人も座っていたが、俺の目に二人の少女が座っていた。
一人は、エルフの少女。長い銀髪に、青白い肌。だが——左腕と左足が、肘から先、膝から先がない。
もう一人は、龍神族らしき少女。黒い髪に、鋭い目つき。だが——右目には布が巻かれ、両腕には重い鎖が巻きつけられている。
「この二人は……」
「ああ、不良在庫だ。エルフの方は戦闘中に腕と足を失った。龍神族の方は反抗的すぎて、目を潰された。どっちも戦闘奴隷としちゃ使い物にならねえ」
「じゃあ、なんでまだ……」
「処刑するのにも金がかかるからな。もうすぐ処分する予定だ」
処分。
その言葉に、俺の心臓が跳ねた。
「でも……まだ、生きてる」
「ああ? 生きてるからって、役に立たなきゃ意味ねえだろ」
男は鼻で笑った。
俺は二人をじっと見つめた。
エルフの少女は、虚ろな目で床を見つめている。龍神族の少女は、鎖に縛られながらも、じっと前を見据えている。
その目に——まだ、何かが残っている気がした。諦めていない、何か。
「……この二人を、買います」
「は?」
男が驚いた顔をした。
「この二人を、買います」
「おい、正気か? こいつら、戦えねえぞ」
「わかってます。でも、買います」
俺は財布から銀貨を取り出した。
「いくらですか?」
「……まあ、どうせ処分するつもりだったからな。二人で100シルバーでいいぜ」
「わかりました」
俺は銀貨を男に渡した。男は満足そうに頷き、檻の鍵を開けた。
「契約書にサインを」
男が書類を差し出した。俺は名前を書き、契約を完了させた。
「……あんた、変わってるな。あとは好きにしろ。こっちの『確認室』を使いな。誰も来ねえし、俺は見ない」
奴隷商はニヤリと笑いながら奥へと消えていった。
——確認室。
俺は二人を連れて、隣の小部屋に入った。
窓もなく、木の机と椅子があるだけの、簡素な部屋だ。ここなら、誰にも見られない。
「……俺は、田中陽斗。ポーション職人だ」
二人は黙っている。
「これは……人助けのつもりだ。お前たちを、自由にするための契約だ」
エルフの少女が、わずかに目を見開いた。
「自由……?」
かすれた声だった。
「ああ。でも、その前に——治療をさせてほしい」
俺はポーチから、魔法の杖のような筒を取り出した。
実際はSランクポーションだが、外見は治癒道具に見えるようにしてある。
「これは、俺の故郷の神術だ。誰にも言わないでくれ」
俺はエルフの少女に近づき、その杖を彼女にかざした。淡い金色の光が杖の先から溢れ出し、彼女を包み込む。
「……!?」
光は螺旋を描きながら彼女の体を包み込み、失われた左腕と左足へと集中していく。
まるで星屑が降り注ぐように、光の粒子が傷口に吸い込まれていった。
そして——失われていた腕と足が、光の中から完全な形で現れた。
光が弾け、消えていく。
彼女は完璧に再生された腕と足を、信じられないという顔で見つめていた。
「嘘……本当に……戻ってる」
彼女は震える手で、自分の左腕を撫でた。指を動かし、足を踏みしめる。
「完璧に……治ってる」
涙が頬を伝った。
「ありがとう……ありがとうございます……!」
俺は龍神族の少女にも、同じように杖をかざした。
瞬間——彼女の体が蒼白い光に包まれた。光は彼女の右目へと収束し、眩い輝きを放つ。
布が自然と解けて落ち、その下から——完全に再生された右目が現れた。
光が消えると、彼女は両目で俺を見つめていた。
「……見える。完全に、見える」
彼女の声には、震えがあった。
「両腕の鎖も……」
見ると、重い鎖が光に包まれて砕け散り、彼女の腕は自由になっていた。傷跡すら残っていない。
「これが……神術……?」
龍神族の少女が呟いた。
「こんなもの、初めて見た……」
エルフの少女も、涙を流しながら俺を見つめていた。
「あなたは……神様ですか?」
「いや、ただのポーション職人だ」
俺は苦笑した。
「でも、これが俺のできることだから」
二人は、俺を見つめていた。その目には——もう、諦めはなかった。希望が、確かに宿っていた。
「これから、よろしく」
俺は手を差し出した。
エルフの少女が、再生された左手で俺の手を握った。龍神族の少女も、無言で頷いた。
「俺たちは……これから、仲間だ」
確認室を出ると、夕日が街を照らしていた。
俺の後ろには、完全に再生された二人の少女がついてきている。
「名前、聞いてなかったな」
「……リーシャです。エルフの、リーシャ・シルフィール」
「私は、クロエ。龍神族の末裔」
「リーシャとクロエか。よろしく」
俺は笑顔で振り返った。
二人も、小さく微笑んだ。
その時——街の角から、見覚えのある姿が飛び出してきた。
「にゃあ!?」
茶色い髪に、猫耳。
「ミャル……?」
あの猫耳の少女だ。
彼女は俺を見て、目を丸くした。
「あ、あんたは……!」
「待って!」
俺が声をかけると、彼女は慌てて走り去った。
「また逃げられた……」
リーシャが小さく笑った。
「知り合い、ですか?」
「まあ……な」
俺は苦笑した。
この街には、まだまだ出会いが待っている気がした。




