第10話 100シルバーの恩と、別れの背中
朝の街は、いつもより少しだけ騒がしかった。
俺は宿を出て、ギルドへ向かおうとしていた。今日もポーションを納品して、少しずつこの街での生活を安定させる——そんな予定だった。
だが、路地裏から聞こえてきた怒声に、俺は足を止めた。
「おいおい、借金踏み倒して逃げるつもりか?」
「踏み倒してないにゃ! ちゃんと返すにゃ!」
「いつだよ。もう待てねえんだよ」
「ご、ごめんにゃ……でも、今はお金がないにゃ……」
——あの声。
俺は慌てて路地へと向かった。
そこには、あの猫耳の少女——ミャルが、壁に追い詰められていた。
彼女の前には、筋骨隆々とした男が二人、腕を組んで立っている。
「お金がないって、お前、借りたのは事実だろ? 100シルバー、今すぐ返せ」
「100シルバーなんて、そんな大金……!」
「知るか。借りたもんは返す。それが世の中のルールだ」
男が一歩、ミャルに近づく。彼女は怯えた顔で後ずさりした。
「ま、待ってにゃ……もう少し時間をくれれば……」
「時間はもうねえんだよ!」
男が腕を振り上げた瞬間——。
「待ってください」
俺は二人の間に割って入った。
「あ、あんた……!」
ミャルが驚いた顔で俺を見た。
「何だお前? 関係ねえなら引っ込んでろ」
「関係あります。彼女の借金、俺が払います」
「は?」
男たちが驚いた顔をした。
「100シルバー、ですよね。これで」
俺は財布から銀貨を取り出し、男に差し出した。
男は銀貨を受け取り、じっくりと確認した。そして——満足そうに頷いた。
「……確かに100シルバーだな。まあ、誰が払おうが関係ねえか」
「にゃっ……え? ええええ!?」
ミャルが大混乱している。
「おい、猫。今回は許してやる。だが、次はねえからな」
男たちはそう言い残して、去っていった。
静かになった路地で、俺とミャルが二人きりになった。
「な、なんで……なんで払ったにゃ……!?」
ミャルは涙目で俺を見つめている。
「見て見ぬふりできなかったんだ」
「でも、100シルバーって……! そんな大金……!」
「大丈夫。俺にとっては、そこまで大きな額じゃないから」
ミャルは唇を震わせた。
「そんな恩……重すぎるにゃ……あたし、なにも返せないにゃ……」
彼女の尻尾が、力なく垂れ下がっている。
「返さなくていいよ」
「え……?」
「困ってる人を助けるのに、見返りなんていらない。それに——」
俺は笑顔を向けた。
「君は自由だよ、ミャル」
彼女は目を見開いた。
「自由……?」
「ああ。借金も返した。これから、好きに生きればいい」
俺はそう言って、背中を向けた。
「じゃあ、俺は行くから。元気でね」
「ま、待ってにゃ!」
ミャルが叫んだ。
「あたし……あたし、絶対に恩返しするにゃ! だから……だから……!」
俺は振り返り、優しく首を横に振った。
「大丈夫。気にしないで。それより、これからは自分のために生きてあげて」
ミャルは、涙を流していた。
「……ありがとう、にゃ」
俺は小さく手を振り、路地を後にした。
再びギルドに着いた俺は、依頼掲示板の前に立っていた。
さまざまな依頼が並んでいる中で、一枚の張り紙が目に留まった。
『緊急依頼:近郊の村に魔物出没。村人避難中。討伐または追い払いを求む。報酬:500シルバー』
「500シルバー……」
高額だ。でも、それだけ危険ということだろう。
「魔物が迫ってる……誰かが行かなきゃ」
だが——俺には戦闘能力がない。
ポーションは作れる。でも、魔物と戦うことはできない。
「一人じゃ足りない……」
俺は拳を握りしめた。
今日、冒険者から聞いた言葉が頭をよぎる。
「戦闘奴隷を買うか、だな」
奴隷契約。
正直、抵抗がある。人を"買う"なんて、地球にいた頃なら考えられなかった。
でも 、この世界では、それが普通らしい。
そして、俺が誰かを救うためには、戦える仲間が必要だ。
「……やるしかない」
俺は静かに、でも確かな意志で、奴隷商の店へと向かった。
誰かを救うために。
この世界で、生きていくために。




