第967話 白亜の領域
「もしそれだけの戦力でもどうにもできないようなら、中間地点に配備した伝令がすぐに撤退して報告する準備まで行いました。定期的に兵士を交替させ、細かな情報も拾うようにした上で」
「念には念を、ですね」
よほどドラゴニュートが消息不明になったのが堪えたのだろう。
過剰とも言うべき対応だった。
獣人にとっては力の象徴で、ある意味信仰に近い対象だったのかもしれない。
その象徴が負けたとなれば、パニックになる姿が想像できた。
「第二陣が現地付近に到着すると、未確認物体の墜落地点を含めて周辺が様変わりしていました。なんといえばいいのか……生態系そのものが変化していたのです」
「魔物にもそういった周囲に影響を及ぼすものもいますが」
毒を扱う蛇や燃え盛るゴーレムなど、自分の属性を周囲に浸食させて自分に有利な場所を生成することがある。
中にはそのまま迷宮を生み出し、その主になることも。
そういった個体は強力だが、討伐すると美味しい。
「ええ。ですが、あまりにも規模が違います。わずか数日で山脈全てが白亜のように染め上げられていたのです。岩や土ですら」
「それは……信じがたいことです。白亜というと真っ白なわけで、雪でも降らせたんですか?」
「報告では冷たくはなかったと。しかも時間と共に広がっているようでした。魔物も全く姿がなく、既存の草木は消え見たことのない木が生えていたそうです」
太陽神が世界を作ったことを思い出す。
空間の中限定ではあったが、あれは乾いた場所だった。
もしあれが現実で行われたら、似たようなことになったのだろうか……。
「魔力があると浸食が止まるようだったので、魔防壁の杭を打ち込むことで一時的に抑えてあります。ただ現状では効果が切れても更新することはできないでしょう。ドラゴニュートが監視しているでしょうし」
「それで、中に入った調査隊は?」
「奥へ奥へと進んでいきました。妨害する魔物もいませんから、進行自体は順調でした。調査という意味ではあまり成果はありませんでしたが。なんせ拾った土を外に持ち出すと粉々になって消えてしまったのですから……、木も同様です。しかも嘘か本当か切った箇所が再生したという報告も」
そこがまともな場所ではないのは確かだ。
まるで極めて異質な迷宮の中にいるような不気味さがある。
「ドラゴニュートの人たちが足を踏み入れると、魔力に反応してかそこだけ元に戻ったとも聞いています。通り過ぎるとまた白くなるようですが」
「ふむ」
魔力に対して反応している感じがする。
嫌がっているような反応だ。
「調査隊が無事奥地に到着したことまでは分かっています。そこで消息不明だったドラゴニュートがいたことも。報告のため兵士が後退したと同時に、襲い掛かってきたと。そしてこれが最後の報告になりました」
「第二陣も帰ってこなかったんですね」
「はい。あれ程の力を持つ方々ですら負けたとは考えられないですが、事実です。それからが地獄でした。白亜の地に行ったドラゴニュートたちが我々を襲い始めたのです。その時すでに対話すらできない状態で、同じドラゴニュートですら構わず攻撃してきました。正気の方々は同族相手に躊躇したのでしょう。被害は拡大していきました」
「ドラゴニュートがいくら少ないとはいえ、数は勝っていたのでしょう? 取り押さえられなかったのですか?」
「試してみました。ですが四肢を失っても止まらない相手にどうしようもなく。加えて殺されてしまったドラゴニュートは身体を連れ去られ、しかも復活して敵としてくるのです」
予想以上に殺伐としていた。
獣人がドラゴニュートを怒らせてしまったのだと思っていたが、それどころではなかったらしい。
未確認物体はなんらかの神で、ドラゴニュートに何かして手駒にしたのだと思われる。
しかし殺した相手を復活させて味方にするなんて、まるでアンデッドだ。
太陽神も似たようなことはしていたが……反則だろう。
摂理に反している。
ああ、そうか。
摂理ですら神が作ったのだから、同格ならば無視できると。
はた迷惑な連中だ。
争うなら勝手に他所で誰にも迷惑をかけずに争って欲しい。
エルザのような有益な神ならともかく。
「我々獣人はどうやってもドラゴニュートに勝てません。ましてやあの状態です。戦いにもならない、かといって座して死を待つわけにもいかず」
「何か考えがあるんですか?」
「……売って頂いた魔石は、魔防壁の維持にだけ使うわけではないのです。彼らがおかしくなったのはあの土地の所為。ならばまるごと吹き飛ばせば、あるいは」
ノラスの声色が変わる。
魔石は純粋な魔力エネルギーそのものだ。
属性などで使い道が変わったりはするが、使い方次第で如何様にもできる。
「ヨハネ閣下。ここまで聞いたからにはこれで終わりとはいきませんよ。ドラゴニュートを撃退できる戦力で、是非とも協力してもらえますか?」
「内容次第ということで」
「ではこれからあるものを見ていただきます。それを見たら本当に引き返せません」
ノラスが立ち上がり、背後の壁の前に立つ。
三回ほど壁を叩くと、機械仕掛けになっていたのか壁が開く。
「ここが元採掘場だったことは知っていますか? 再建する時に色々と細工をしてあるんです」
ノラスは壁の中に入ってしまった。
付いてこいということだろう。
……帰るならこれが最後のチャンスだが、帰っても事態は好転しないだろうな……。
「悪いな、最後まで行く」
「どこまでも付いて行きます」
「そんなことだろうと思った」
「私も気になるから構いませんよ」
アズたち三人は問題なし。
「ここで帰っても後味悪そうだし、いいんじゃない」
「……私も同感です。せめて最後まで見届けたいと思います」
ミーリアはルーケにしがみ付いている。
フィンとルーケも賛成した。
ソファから立ち上がり、壁の中に入る。
全員が入ると壁がまた閉じて、薄っすらと壁の松明が灯っていく。
一体何が待ち受けているのか。




