第966話 獣人の歴史
「どこから話したものか……。変に端折って誤解が残ってもいけません。我々とドラゴニュートに関して最初からお話ししたいと思います。少し時間がかかりますが、構いませんか?」
「ええ。もちろんです」
ノラスはコップに水が入ったものを兵士に持ってこさせる。
「本当はきちんと持て成したいのですが、今は色々と余裕がありません」
コップを持って一口水を飲むと、ノラスは話し始めた。
「この大陸に獣人が生まれたのはずっと昔になります。ですがそのほとんどの期間は森や川の近くなどに隠れ住み小さな集落を作るのが精一杯で、少しでも勢力を広げると魔物に滅ぼされるといったことを繰り返していました」
「その原因は獣人には魔法が使えないから、ですか」
「ええ。いくら魔力を身体能力に回せるといっても、魔物と戦えば無傷ではいられません。そしてやつらの数は獣人よりずっと多かった。稀に優れた戦士が生まれても、その戦士が死ねば元通り。これではとてもではありませんが、開拓など出来ません」
科学や技術の進歩というものは、集団生活の上に成り立つものだ。
少数が連絡すらできない状態で散らばっていたとしたら、文明が進むことはなかっただろう。
「数を増やせばなんとか対抗できる。ですが、数を増やすには生活圏を拡大せねばならない。その過程で魔物と衝突し、負ければ終わり。そんな時に我々の祖先がドラゴニュートと偶然遭遇したのです」
「たしか獣人はドラゴニュートの傘下に収まったとか」
「はい。彼らは我々獣人とは違い、たった一人でも魔物の群れをせん滅できました。まさに力の象徴と言えばいいのでしょうか。それを熱烈に求めていたのでしょう。当時彼らと遭遇した獣人の代表はすぐさまドラゴニュートに庇護を求めたそうです」
「それでどうなりました?」
「ドラゴニュートは数も少なく、個々で自由に大陸を移動していたようですが……。おそらく暇だったのでしょう。一族を集めて話し合ったうえで承諾してくれました」
力あるものに庇護を求める。
生き抜くための戦術の一つだ。
魔物に脅かされていた獣人にとってはまさに救いだっただろうな。
ここまで聞く限りは、争うような関係には思えない。
獣人からドラゴニュートに何かするとは思えないし、ドラゴニュートからすれば獣人は庇護対象だ。
こういうとあれだが、相手にならないだろう。
ドラゴニュートは肉体的な強度もドラゴン並みで、魔力はエルフに匹敵し、毒も効かない。
しかも友好的ですらある。
「ドラゴニュートによる統治は非常に緩いものでした。魔物から我々を守ってくれるだけで、後は干渉することもなかったほどです。ただ彼らは珍しいものや奇麗な物を好んでいたので、それらを見つければ献上していました。それからは獣人が大陸全土に広がっていったのです。なんせ脅威だった魔物はドラゴニュートが全て倒してくれるのですから。大きな都市がいくつもできました。このシージもその時に生まれたものです」
「まさに繁栄といった感じですね」
「はい。といってもどれだけ獣人が増えようが関係性は変わりません。数を揃えることで小さな脅威は獣人で対処できるようになりましたが、強い魔物に関しては頼りっきりでしたし」
「獣人が増えることに関して、彼らは何も思わなかったんですか?」
「どうでもいいようでした。強者である彼らは住む場所も自分で決められますし、その場所は我々も進んで明け渡しました。前述したように数は少ないですから、共存関係は難しくありません。長い間、ずっと平和でした」
「ではなぜこうなったんですか?」
「……」
一旦ノラスが口を閉じる。
右手で眉間を揉むように触る。
「10年ほど前に、東の果てにある山に何かが飛来してきました。それは空を飛んでどこからか来たのではなく、恐ろしいことに天から降ってきたんです」
天から。
空よりも更に高いところにあるという、星々の世界。
どれだけ魔力があろうと、肉体的に優れていようと天まで飛ぶことはできない。
異常な低温と共に体調が急激に悪化し、それでも上昇すると死に至る。
もし、天から降り注いでくるなにかがあったとすれば、それはやはり神のような異次元の力を持つ存在だろう。
「大きく地面が揺れ、山の形が変わるほどの衝撃。そして落下付近にいた町からは連絡が途絶えました。都市連合はなにが起きたかを確認するために調査隊を派遣することにし、ドラゴニュートに護衛を頼んだんです」
「それで……?」
「信じられないことに、調査隊ですら連絡が途絶えました。獣人だけならまだしも、空を飛べるドラゴニュートまで。信じがたいことでした。我々だけでなく、ドラゴニュートにとっても。ああ、そういえばこの時期から太陽神連合国と貿易が難しくなっていったんです」
「ふむ」
この大陸を覆う雲のようなもの。
あれは神の力だ。
太陽神もなにかに気付いたのかもしれない。
……神を倒したと思ったら、それで終わりではないとは。
「会議は難航しましたが、ドラゴニュートの要請で第二陣の調査隊の派遣が決まりました。今度はより大規模で。ドラゴニュートの中でも、年を重ねて強い力を持つ4人が加わり調査隊というよりはもはや軍隊といってもいい戦力です。これならば、と思うほどの」
ドラゴニュートが4人。
エヴァリンやアレクシアが4人と考えれば迷宮のボスでも苦戦しないぐらいの戦力はある。
普通ならば負けるとは考えないはずだ。
だが、そこにいるのがもし神であったなら、それでも勝ち目はない。
アズの……同じ神の力でなければ。




