第965話 ノラスとの再会
「そこで止まれ」
目的地に到着すると、入り口にいた兵士が呼び止めてきた。
険しい顔つきで、もし無視して進もうとすれば剣を抜いてもおかしくない。
騒ぎを起こすのは本意ではないので指示に従い足を止める。
「……先ほどシージに入ったという人間だな。ここに何の用だ」
「もう伝わっていたんですね。なら話は早い」
やはり伝達されていたのか。
ここはもう戦時下のようなものだ。
警戒度は高く、門の出入りには特に気を使っているのだろう。
もしもドラゴニュートが紛れ込んできたら魔防壁は意味をなさず、シージは終わりだからだ。
相手はそういう策を弄するタイプではなさそうだが、可能性は潰さなければならない。
この辺りは俺もユーペの下に就いて身に染みている。
「ノラス殿にお会いしたい。ヨハネが来たといえば伝わると思います」
「参謀殿に……?」
ノラスは思った通りそれなりの地位にいるようだ。
彼女の名を出した途端兵士が戸惑う。
……まだ若いからか、表情に全部でており考えが読み取れる。
怪しいやつが怪しいことを言っている。
だが自分よりずっと地位の高い人物と知り合いだとすれば、無下に扱うわけにはいかない。
そんなところだろう。
「分かった。伝えてくるからここで待て」
「なるべく早くお願いします」
とりあえず最初の一歩は成功した。
これで門前払いされたらそれこそ騒ぎを起こさなければならなくなってしまう。
それは相手の心証も悪くするので避けたかった。
ミーリアがハラハラしながら俺やルーケの顔色を窺っている。
だが他の皆は慣れたもので普段と何も変わらない。
これまで色々と無茶なことをしてきたこともあり、この程度のことではもはや不安を感じないようだ。
……実をいうと俺は結構心臓がバクバクしてるんだけどな。
もしアズたちがいなければ隠しきれなかったかも。
新規の営業先を開拓する時の気持ちに似ている。
やっていることは結構同じだからかもしれない。
「お待たせしました。ノラス参謀殿がお会いになるそうです。中に入って兵士の案内に従うように。勝手に行動はしないでください」
「それはなにより。ええ、もちろん従いますとも」
渋々といった様子で建物の中に入る。
案内役の兵士が先導するのでそれについていく。
元は迷宮の採掘場だったという名残か、普通の館とは間取りが全く違う。
廊下の端などに岩肌が見えていた。
それらを抜きにしても、贅沢な装いなどは見当たらない。
ここの主がよほど質実剛健なのか、あるいはそんな余裕はないのか。
少なくとも俺としては好ましく映る。
……チラリと見えた部屋では怪我をした兵士たちが横になっていた。
耳をすませば、痛みをこらえる様なうめき声が聞こえてくる。
ここを臨時病院にしているのか。
「かなりの数のポーションを提供したはずですけど」
こっそりとエルザが話しかけてきた。
「ああ。売ったのはちょっとやそっとじゃ使い切れない数だ。あれからまだ時間も経ってないし、在庫が切れたとは思えない」
「うーん、気になりますね。人手はいくらでも欲しいはずなのに」
そもそも魔防壁に引きこもっていれば怪我もしないはずだ。
うーん、分からんな。
「この中にノラス参謀殿がいらっしゃいます。本来ならば武器はお預かりしたいところですが、そのままでよいと。ですが決して抜いたりはしないように」
頷く。
襲撃に来たわけではないのだ。
そんなことをする理由はない。
部屋の中にはノラスが座っていた。
見慣れたフード姿ではなく、きちんとした正装をしている。
顔色は悪いが、見た限り不調というほどではない。
ここでは隠す必要がないからか。
むしろ俺たちがフード姿で来た方が面白かっただろう。
失敗した。
「君も下がっていいよ」
「よろしいのですか?」
「ああ。本気でどうこうされたら兵士が何人いたって無意味さ。君も分かるだろ?」
「ですが……。では失礼します」
ノラスが兵士を退室させる。
護衛としては心穏やかではないだろうな。
さて、とノラスは手を叩く。
「まさかここでヨハネ閣下の名を聞くとは思いませんでした。それで、わざわざ海を渡ってどのようなご用事で?」
どう返事をしようか、ここにくるまでの間に考えていた。
だが、やはり単刀直入に言うべきだろう。
ユーペならそうする。
「ハッキリ言えば、シージという国が直面している脅威がどのようなものか見極めるためです。それがいずれ我々の脅威になるのかどうかも含めて」
「……あれだけ魔石や鉄を購入すれば、やはり分かりますか」
「ええ。使い道がやや予想とは違いましたが。魔防壁というものは我々の大陸にはありません」
「そうなのですか? ああ、道理で持ち込んだ結晶をやけに高く買ってくれたんですね。予定以上にポーションを買えて助かりました」
もっと買い叩けばよかったか。
紫水晶が見事すぎて目が眩んでしまった。
「我々は困難に直面しています。もっといえばこの大陸の人類種絶滅の危機に瀕している。まとまった人口のいる都市は魔防壁に守られたシージ以外残っていません。ここが落ちれば見逃されていた小さな集落なども根こそぎやられるでしょう」
「ドラゴニュートに、ですか」
今ならあの時彼らがルーケを見て驚いた理由が分かる。
自分たちを滅ぼそうとしている相手が大陸を渡った先にもいたのだ。
よほど肝を冷やしたのだろう。
「ええ。残念ながら戦力差は圧倒的。あれらを相手に数の差など何の意味もありません。最初こそ上手く対抗できたこともありましたが、こうなるまであっという間でした」
「なぜドラゴニュートは獣人を襲うのですか。我々も三度ほど遭遇しましたが、憤怒の目で獣人を見ていましたよ」
「三回遭遇して犠牲者すらいないのですか? ……凄まじいですね」
うちにはアズがいるからな。
それを抜きにしても、時間稼ぎや逃げるくらいはできる。
「ヨハネ閣下は獣人がドラゴニュートに何かをしたとお考えのようですね」
ノラスが喋るのを止め、長くため息をつく。
心底疲れ切った様子だ。




