第960話 次の目的地
里に避難組が受け入れられた。
決して楽な生活ではないだろうが、あの山岳地帯で死を待つよりははるかにマシだと思う。
「最初は一つの家に可能な限り大勢で住むことにしました。寝床があるだけマシですし、体力が戻れば自分で自分の家を建ててもいいと許可も貰えましたので。これもイアンさんのおかげです」
「ミーリアがあなたたちの場所を教えてくれたからです」
「……そうですね。ミーリア、両親を失ったばかりのお前につらい思いをさせて悪かった。それなのに助けになってくれてありがとう」
「そうした方がいいと思ったから」
他人の危機に手を差し伸べることは、美徳であり同時に簡単ではない。
自分の身すら危うい時にそれができる人間は多くはないのだ。
「里長。彼らを受け入れてもらってなんですが、本当に問題はありませんか? 話を持ってきた責任があるので、できる限り滞在して協力しますが」
「人手が増えること自体はむしろ歓迎です。大人の男がいればできることはずっと増えます。もちろん問題がないわけではありませんが、それは私たちが解決できるし、するべきことです。イアンさんにはあの凶暴な熊を退治してもらっただけで十分ですよ」
「そうですか。なら、お任せします」
なんでもかんでも人に頼っては、それを覚えてしまい自立に支障が出るというわけか。
納得し、素直に引き下がる。
それなりに長生きして色々と苦労してきたことで知見があるようだ。
自立、か。
スワン公国の住人も自然とそう考えるように、俺たちも意識しないといけないのだろう。
しかし何もしないというわけにもいかない。
簡単な手伝いくらいはさせてくれと頼みこんで、水を運んだり果実や食べられる野菜を森から収穫する。
早速移住組で動ける位回復した者たちが一緒に付いてきて、森を見て回る。
ろくに食べ物が手に入らない所にいたからか、いちいち感動しているようだ。
里の者たちも不思議そうに見ている。
……森の恵みと里に感謝しているのが伝わってくる。
これならしばらくすれば慣れて自然と溶け込むようになるだろう。
様子を見るため一日だけ泊まり込み、次の日の朝を迎える。
移住組は安心して眠れたようで、目に見えて体調が良くなっていた。
空気もこっちの方がずっと奇麗だし、後は時間さえあれば完全に回復するだろう。
「ふぅ」
コップに注いだ水を飲み干す。
この大陸で起きていることはかなり深刻だが、ここはそんなことを忘れるほど平和だ。
懸念していた対立や喧嘩もなかったらしい。
俺たちが立ち去った後もドラゴニュートによる襲撃はなかったようだ。
「どうぞ」
「ありがとう」
保存食として持ってきたクッキーをルーケから貰う。
朝食の代わりだ。
里長にここを発つことを伝える。
「いきなり大変なことを頼み込んで悪かった」
「助け合えばこのくらいなんとかなります。ただこれ以上となると難しいということだけは覚えておいてください」
「分かっている。さすがに二度目はないと思う」
里のキャパシティはもうほぼ限界だ。
いなくなった男手などを今回で余分を含めて補った形になる。
「これからどうするのですか?」
「色々と考えてはいますが……。大陸の主要な場所はもうシージ以外ダメだと感じました」
かなり大きなデーンの町や周辺の町や都市がああなってしまっていた。
他も同じと思っていいだろう。
デーンから避難した者たちが生き残ったのは運がよかっただけで、同じように避難した者が生きているとは思えない。
生き残ったとしても、まともな拠点もなしに長期間過ごすのは難しい。
これを自分の目で確認した。
できればもう少しドラゴニュートに関して情報を得たかったのだが……。
「シージに行くことも考えています。あそこだけがハッキリと健在だと分かっていますから」
「それがいいかもしれません」
握手をし、里を後にする。
「ミーリア。これが最後……というわけじゃないが、ここを離れたら戻るのは難しくなるぞ。本当に俺たちに付いてきていいんだな?」
「はい。……ダメですか?」
「いいさ。最初に助けた時からこうなる可能性は考えてた」
「っ! ありがとうございます」
ミーリアが喜ぶ。
果たしてよかったのかとも思う。
「よかったね」
「はい!」
アズがミーリアに笑顔で声をかけた。
まるで妹でもできたかのような接し方だ。
オルレアンくらいしか年下がいなかったし、もしかしたら嬉しいのかもしれない。
ルーケもちょっと嬉しそうにしていた。
使徒スレイプニールの所まで戻る。
座って寝ていたようで、俺たちが近づくとゆっくりと立ち上がった。
「……ちょっとデカくなってないか?」
「そうですか?」
「たしかにそうかも……」
「言われてみれば」
魔物を貪り食って昼寝していたからか、使徒スレイプニールの身体が成長している。
元からでかいというのに、これ以上大きくなる気か。
太陽神の使徒たちを思い出す。
特にあの天空の鯨。
まさかあのくらい大きくなったりはしないよな?
「で、どうするの?」
馬車に乗り込み、アレクシアが聞いてくる。
「正体を隠して色々と探ろうと思ったが、生存者が少なすぎる。あの里は奇跡みたいなもんだ。シージに行ってそこで話を聞く方が有意義だと思う」
「正体……ですか?」
「ミーリアにはまだ話してなかったな。イアンという名前は偽名なんだ。これからはヨハネと呼んでくれ」
「わ、わかりました」
シージの方向はおおよそだが分かっている。
俺たちがどうしてこの大陸に来たのか、その説明が面倒だが仕方あるまい。
「よし、アズ。スレイプニールに移動するように合図してくれ」
「はーい」
アズの指示で使徒スレイプニールが歩きだす。
ソリは薪として進呈したので軽くなって動きやすそうだ。
「攻撃してきたやつを狙いに行っても面白そうだったけど」
「どれくらい仲間がいるかも分からないんだ。もし似たようなやつが四方から来たらどうする?」
「それはちょっと厳しいかも」
フィンは両手をあげて降参のポーズをする。
一体しかいないという保証がないと、あんな強力な魔法を使う相手に挑むのは無謀だ。
アズがいくら強くても一人しかいない。
アレクシアやエルザも強いのだが、ドラゴニュートはそれ以上の強さだ。




